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 乗馬を始めてしばらくして、
競技馬術を嚙り出したくらいの方が憧れるものの一つに、馬に顎を譲らせて、頸を屈撓させる、いわゆる「ハミ受け」の技術があると思います。
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  TVで観る競走馬や、クラブの上手な人たちの乗っている馬が、首を屈撓させ、鼻梁が垂直になったような姿勢でいかにも元気よく動いているのを見て、

「どうやら、あれが騎手の技量や馬の調教度をみるバロメーターのようなものらしい」

「どうやったらあんなことが出来るの?」 

「自分も出来るようになりたい! 」

 いうことで、馬に顎を譲らせる、いわゆる「ハミ受け」に興味を持つようになったという方も多いでしょう。



   ところが、指導者に「ハミ受け」を練習したいと言ってみても、何故か否定的な反応をされたりします。

 それで、 見つからないようにコッソリ練習している、というような方もいるのではないでしょうか。


  指導者が安易に「ハミ受け」を教えたがらないのは、未熟な騎手が、馬に顎を譲らせることにこだわるような乗り方をすることで、馬の調教上好ましくない影響が出ることがあるからです。


 ・ 下に向ければいいのか?
  
  馬にハミを咥えさせて、後ろから手綱を引っ張れば、馬は抵抗して、頭が上がるのが自然ですが、騎手か手綱の使い方を工夫することで、抵抗するよりも力を抜いて顎を譲った方が口が楽になる、ということに馬が気づくと、だんだんすんなりと顎を譲るようになります。

   その「やり方」については別のところで説明することとして、とにかく、色々な道具もありますから、馬に顎を引いた姿勢で運動をさせること自体は、それほど難しいものではないと思います。

  しかし、それで「出来た!」と喜んでいると、そのうちに今度は馬が顎を深く巻き込んで、前のめりにハミにもたれて動くようになったり、 あるいは、運動がしんどくなってくると顎を引いてハミを外し、前に出なくなって、ひどい場合には推進しようとするとその場に膠着したり立ち上がったりして、騎手に手綱や脚を使わせないようにしたり、というような「戦術」を覚えてしまうことがあります。

  馬も生き物、楽をする方法を色々考えてこちらの攻めを躱してきますから、なかなか簡単ではありません。

  そうやって、ハミを外してサボることを覚えてしまうと、再びこちらの思うような伸びやかな運動をしてもらうためには、それまで以上に繊細かつ複雑な扶助操作が必要になり、とても初心者の手に負えるものではありません。

  
  そんなわけで、顎の巻き込み、踏み込み不足、というようなことはそうした悪癖の兆候と考えられ、競技馬の調教などでは一般的に非常に嫌われますから、  下手をすると馬がそうなってしまう可能性がある、ということがわかっている指導者は、初心者に対して安易に馬が顎を巻き込んでハミを外すことを覚えるような操作の方法を教えたがらないのです。




  では、そんな弊害にもかかわらず、わざわざ馬に顎を譲らせようとするのは、何故なのでしょうか。

  古来、大勒やカーブビット、ハックモア、折り返し手綱、サイドレーンなど、顎の譲りを促すような馬具が数多く発明されてきたことの目的
は、馬の
扶助への抵抗や無駄な緊張を早く取り去り、余計なことにエネルギーを消費せず、楽に仕事をこなせるようにするためであろうと思われます。

  それは有史以来馬とともに仕事をして生きてきた人間の経験に基づいた、創意工夫の証とも言えるでしょう。
  

  そういう姿勢を覚えることで、頚椎から腰椎にかけて背中がアーチを描き、反撞がゆったりとソフトな感じになりますから、人馬ともに、苦痛が軽減されます。

  馬がこの形を覚えるまでの過程では、とても窮屈そうに見えたりするのですが、慣れると馬が自らこの形になろうとするくらい、比較的楽な姿勢なのだろうと考えられます。

  ですから、馬がこの姿勢で、騎手の扶助に対して悪意を持ってハミを外して膠着したりするのでなく、適度にリラックスしながら素直に指示に応えて動いてくれているのであれば、

競技で喜ばるような、目一杯「ハミに出て」頑張っている状態などよりも、むしろ扱いやすくて、身体への負荷も少なく長続きしやすい、「仕事に適した動き方」だと言えるのではないか、と思うのです。


  

  ところが、近代以降の、たとえばイタリア式障害馬術とか、自然馬術といわれたような方法を学んだ人たちなどの中から、

道具を使って馬を力ずくで無理やり押さえつけて服従させ、そういう姿勢に矯正することは自然なバランスを失わせる、ということで、これを非常に嫌う人たちが出てきました。




  現在の競技馬術の常識でも、
馬が後肢を踏み込む時には、ハミに強くぶつかるものであるから、屈撓すればするほど、竹の棒を撓ませるようにハミへの抵抗が強くなるはずであり、

「手ごたえ」が軽いのは、馬がその抵抗を嫌って顎を巻き込み、ハミを外してしまっているか、あるいは後肢がしっかり踏み込んでいない証拠であるから、そんなものは馬の本来の能力を充分に発揮させているとはいえない、

馬がそのような動き方をすることは、競技でのパフォーマンスを向上させる上で大変な障害になる「悪癖」である、というような考え方が一般的なようです。


  そこには、そんな風に楽をしているような動き方はアスリートの精神に反している、と感じてしまう、いわゆる「
体育会系」の人たち特有の、努力感を尊ぶ精神性のようなものが影響しているような気もします。



  そんなわけで、競技志向の人の間ではとくに、この「顎の巻き込み」を非常に忌み嫌い、とにかく
強い手ごたえでハミにかかって「元気よく」動き続けることを良しとするような傾向があります。

  しかし、そのような競技でみられるような、顎を突っ張ってハミを突き破ろうとしながら後肢を踏ん張り、全身で力み続けるような動き方というのは、ちょっと考えれば、非効率的で長続きしにくいだろうということは容易に想像できます。

  ですから、そういう動き方ではなく、顎や首、背中の力を抜いて、四肢を様々な方向へ素早くスムーズに動かすような動きができた方が、スポーツ競技者というよりも、いわば「職人」として日常の仕事をこなす練習馬たちのためにはずっと有益なのではないかと考えられます。

  それこそ、馬に「譲り」を促すことの目的だったのではないかと思うのです。


  古来から馬に顎の譲りを求めてきたことの本当の意味は、馬を「力づく」で押さえつけて、人間だけが楽をしようというようなことではなく(そういうこともあったのだろうとは思いますが)、

それよりも、馬自身に反抗や無駄な力みを取り去るような「気づき」を促し、実用的でかつ疲労や故障の危険性の少ない、身体に無理のない、長続きする動き方を身につけさせることだったのではないでしょうか。


  騎手の扶助に対していちいち抵抗し、力んで無駄なエナルギーを消費したり、ちょっとしたことでパニックになったりせず、様々な状況に、落ち着いて、居つかずに素早く対応できる、「仕事に使える動き」をさせることが、本来スポーツではなく、「仕事」であった馬術の要旨
であったはずだと思います。


  乗馬クラブの練習馬のような、プロの『職人』たちに適した動き方、という観点で考えれば、

戦前の馬術書に載っている「用役姿勢」のような、いかにもしっかりハミに出ています、という形よりも、
むしろ
競技では
「コンタクト不足」「踏み込み不足」などと言われて嫌われるような形の中に、

疲れにくく、身体を痛めず、状況の変化にも瞬時に対応できるような、「本当に用役に適した動き」を実現するためのヒントが隠されているのではないか、という気がするのです。

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  スポーツ競技の価値観の中での評価は別にして、馬の「譲り」を促し、折り合いをつける技術を身に付けることで、馬との会話を楽しみながら、より安全に、気持ち良く乗馬を楽しむことができるようになるのではないかと思います。



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