本日は参議院審議において「中央公聴会」が開かれました。
メンバーは ※敬称省略
坂元一哉(大阪大学大学院 法学研究科 教授) ※自民・公明推薦
濱田邦夫(弁護士、元最高裁判所判事) ※民主推薦
白石隆(政策研究大学院 大学長) ※自民・公明推薦
小林節(弁護士、慶応義塾大学 名誉教授) ※維新推薦
松井芳郎(名古屋大学 名誉教授) ※共産推薦
奥田愛基(SEALDs、明治学院大学 学生) ※民主推薦
でした。
ご覧のとおり何とあのSEALDsの代表メンバーの方が呼ばれました。
ちなみに2つ前のブログにて私が拝聴したSEALDsメンバーの学生とはこの奥田さんのことでした。
最近では、フジテレビ系列「みんなのニュース」に出演して、ネットでも話題になっていますね。
私も後に動画にて拝見いたしました。
この公聴会を視聴したところ、野党推薦の反対派の方々の意見は「思想」「主観」に基づく「感情的」かつ「憲法・法律論」からの批判のみで、中国や北朝鮮など昨今の世界情勢の変化について一切述べない、あまりに視野の狭いものでした。
これについて自公推薦人の白石隆さんが6つの要求の一つとして取り上げていましたが、小林節さんは「法を第一に考えるものだ」と述べましたが、自民党はこの法案を「合憲」と述べているわけです。
そう述べている以上、法について議論を続けるのはただの水掛け論にしかならないわけです。
そしてこの法案に反対したところで、中国や北朝鮮、そして日本の安全保障問題が解決することはないわけで「同時に」現実的な安全保障の問題を議論しなければならないわけです。
にもかかわらず、反対派は一切触れませんでした。
あまりの徹底ぶりにこれに触れると主張が不利になるからあえて触れないとしか思えません。
また奥田さんは、安保法制についてすら一切語りませんでした。
語ったのはSEALDsの活動報告と誹謗中傷に対する反論、そして活動から得た「世論」と「経験」に基づいて、「廃案にするべきです」ということ。
そして議員に礼節を求め、国民は危機感を抱いているんです、と感情論に基づく非常に稚拙な答弁でした。
以下全文となります
弁護士ドットコム 9月15日
やはり感情論に訴えかける答弁は卑怯です。
それだけで「正論を語っているように見える」のですから。
案の定、民主党の蓮舫さんは大絶賛、審議中も彼の発言に拍手が度々起こるほどです。
しかし彼らのいう「国民」って何なのでしょう。
結局は自分たちに都合の良い声を「国民の声」として思い込んでいるだけではないでしょうか。
特に奥田さんはデモの中心にいる方ですので、参加した人の数を見てそう思い込んでしまうのは致し方ないかもしれません。
しかし、当然私のように安保法制に賛成している有権者はいますし、安保法制賛成派のデモも行われ、今回の自公推薦人の方々のように賛成している知識人の方もいらっしゃいます。
にもかかわらず、自分に都合の良い声だけを受け入れてそれを「国民の総意」というように捉えて語るのは如何なものでしょうか。
安保法制反対派の方々の答弁の端々からそういう思い込みが伺えました。
反対派の方々は「国民の了承を得ていない」から安保法制には反対、「この声を受け入れろ」と言います。
当然受け入れろ、というのは廃案です。
しかし、それこそ「国民の了承を得ていない」わけであり、同じ口上で安保法制の可決を否定している反対派が述べるなどご都合主義にも程があります。
それこそ「民主主義の否定」です。
そんな一部の国民の声よりも、去年の12月に選挙を行い、勝利し信任された。
その上で安保法制の審議・可決を行う、こちらのほうがよほど根拠として成立しています。
憲法論の視点からばかり批判する反対派ですが、白石隆さんの「安全保障に関して法理論上はきれいに分けられるが、現実的にはその区分けは意味を成さない」、これに尽きると思います。
諸外国においても、自衛権をめぐって明確な区分けは成されていません。
そして安全保障とは、「絶対起こるもの」に対して整備するわけではありません。
「起こりえたときに」備えるのでは遅いからこそ今平和な時に整備するのです。
そして「国民の生命を守る」のです。
そうやって諸外国の安全保障も成立しているわけです。
それを整備することのどこが、「戦争するため」「違憲」「横暴」になるのでしょうか。
もはや個人の思想の問題です。
そこに整合性・合理性など毛頭ありません。
安保法制に反対する前に日本のこの70年間の平和を保った結果が何によって、何を伴って成立してきたかに目を向けなければなりません。
そこには、アメリカとの同盟による「抑止力」の話は欠かせないわけです。
これについて現代においてアメリカをはじめとする世界のパワーバランスが変化してきた今「日本の安全保障」について考えないで、何を語るのでしょうか。
結果と目先にある法律論ばかりを見て、何でも反対、対案も何も出さない。
これほど、現実逃避かつ国際認識の欠如なものはありません。