人権外交を超党派で考える議員連盟が本日、議員会館にてアフガン問題について協議された。 | 木下顕伸の日本・中東・世界情勢の解説

木下顕伸の日本・中東・世界情勢の解説

中東情勢を理解すると世界がわかる!日本人は中東問題に無関心だが石油の輸入依存は周知。中東問題、欧米・ロシア・アジアとの関係は、理解不能でも石油利権の考察で、複雑な関係は理解できる。そして、世界から見た日本のあり方も見えてくる。

令和3年8月31日

午前10時より第2衆議院会館

出席者:中谷元代表山尾志桜里共同代表、超党派の議連メンバー及び外務省:防衛省担当者、日本人で唯一、一人自衛隊機でパキスタンに退避した日本ジャーナリスト安井浩美さんが避難先のホテルから会議に参加した。

司会進行は、山尾志桜里議員が努めた。

 


 

1.前回の8月19日の20日の同議員連盟の幹事会にオブザーバーとして出席した。前回の会議に続き本日も参加させていただいた。

 

2.小生が参加した理由:20年近く前、カルザイ暫定政権下で、代々木に臨時アフガニスタン大使館が設置さられた。

 

3.ソ連アフガン侵攻の際、ソ連侵攻を阻止するため、現地に傭兵として参加した拓殖大学出身、NGOアフガンサポートセンター秋山義憲代表が大使館設立に際し尽力されていた。

拓殖大学に於いて、アフガニスタン大使によるダリ語の授業開設の際も尽力された。

 

4.暫定政権下の荒廃したアフガニスタンに寺子屋を各軍閥地域に開設する為、当時、拓殖大学池田憲彦教授に相談し秋山代表と同士を連れ、インド経由でアフガニスタン入した。

 

5.当時のカブール空港には、戦闘機の残骸が残っている有様で、通信網もなく衛生電話を持ち込んでアフガニスタン大使館との遣り取りをする状態であった。

 

6.建設資材の調達のための調査などを現地で行い、当時の閣僚とも会見した。彼らは、地雷のある地域のマークを教えてくれたり、昼時に、農村部の調査も行った。日本でも見られるが、農民が農地で食事をしていたため、そこで、馳走になった。内戦が続いている民とは思えないほど明るかった。タリバン勢力が散兵する地域も視察した。カブール大学の学生にもインタビューした。女子学生に取材する際も男性が付き添いながら、彼女は、裁判官を目剤していると答えた。撮影していたので気づかなかったが、足が震えていたそうだ。申し訳ないことをした。ただし、許可は得ていた。その当時の記録は残っている。

 

7.当時から、治安維持のため連合国が現地入りし、タリバンの警戒にあたっていた。現地では、各国の援助により学校施設や行政施設の建設も徐々に進められていた。電力事情も悪く各地域では、発電機を使っていた。英語学校なども開設されていたが、ごく一部の富裕層が通っている状況であった。

 

8.カブール以外の地方は、まだまだ、遅れている状況で、子どもたちが学校に通う余裕などもなかった。そこで、集会所、学校を自分たちの手で作って欲しいと北部の村で建設することになった。当時の日本円で20万円、約30坪の施設が完成した。

 

9.土地は、村が提供し、そこで養鶏を行い糧にする予定であった。

施設は、現地のレンガ作りで各国が支援する施設には程遠いが、村人には、この考えに賛同してもらった。資金は、特定非営利活動法人国際難民援護協会の有志より提供して頂いた。

 

10.このような縁から、アフガニスタン歴代大使と、秋山代表を通じて交流させていただいた。現在でもその繋がりはある。

 

11.前置きが長くなったが、このような、経験をご理解いただき、おビザーバーとして出席することになった。

 

12.小生は、日本クルド友好協会の代表も努めている。アフガニスタンとクルディスタンの共通点は、港を持たない陸の孤島であり山岳地帯を有する点が共通しており、常に隣国のの影響を受けてきた。また、イスラーム原理主義者と戦ってきた。現在も続いている。唯一の違いは、アフガニスタンは、独立した国であった。米軍撤退後、タリバンが政権樹立を声明したが、無政府状態である。クルド民族は、トルコ、シリア、イラク、イラン、アルメニアに分断されており独立国家を持たない。

 

13.本日の人権外交を超党派で考える会の議題は、日本政府に対するアフガニスタン人の救出支援継続に関する政府への要請がテーマであった。

 

会議の参加者から様々な意見が出た。

 

●要約すると、日本は、他国のように首相自らが日本の国際援助に協力した避難を求めるアフガニスタン人に対する継続的人道的支援行うとの声明を求める

●タリバンとの直接交渉窓口を開き継続的交渉を行うこと。

●タリバンの窓口は、民間人を含めあらゆる関係者に協力を求める

●タリバンと関係のあるパキスタン政府など日本の友好国に陸路空路を問わず避難支援を求めること

●命のビザの発給すること

●反省点としては、情報をいち早く入手していれば、避難が出来たのではないか?

●爆弾テロがなければ、空港入りが出来たかもしれない

●空港だけでなく、米軍基地が利用できなかったのか?

マスコミ各社が会議の模様を撮影していたので、議連の要請文書は、割愛する。

以上の点についいては、様々なハードルがある。今後の課題である。