Journey & Nostalgia ~鉄道と駅とレトロ旅~
  • 09Jul
    • 塩町駅近くの野球ゲーム?付き廃自動販売機

       インスタグラムに上げた矢板駅の廃食料品店が受けている事を、このブログで記事にしました。 昭和の空気を漂わせる街並みや建物、レトロな広告や看板など、全くインスタ映えしなさそうな、ほのかに廃れた空気漂わすレトロなモノを愛好する人は、私以外にも結構いるもの。インスタグラムを始め色々な人の画像を見て、そう感じ入っています。 件の廃商店の画像が予想外に受けて、そこでコレを上げたらきっとまた受けるんだろうなあと、ある画像をアップしました。すると予想通りと言うか、予想以上に受け、廃食料品店を越える最大の「いいね」を獲得し、なおも1日何件かの「いいね」がつき続けています。 何百もいいねが付く有名インスタグラマーに比べれば全然ですが、私には大きな驚きでした。 どんな画像だったかは、記事タイトル通りなのですが、インスタ向けでない、ほぼノートリミングの画像をご覧下さい。 広島県三次市のやや南寄りにあり、JR西日本の福塩線と芸備線の乗換駅、塩町駅の近くで見つけたのが、この缶ジュースの自動販売機。本体も中のサンプルもすっかり色褪せているので、もう使われていなく放置状態なのは一目瞭然。珍しい自販機で、何となく、コカコーラなどメジャーな飲料メーカーのものではない雰囲気… この自販機のとてもユニークなのが、野球ゲームの当たり付きのな点!「BASEBALL RULETTE」とタイトルがあり、球場で選手が試合しているイラストが大きく描かれています。そして、ホームベースからスタンドの方に、ランプの線が点々と4本、放射状に伸びています。「ホームランで当たりで、ジュースもう一本!」だったのでしょう。 側面を見ると、「Fresh ing drinks」とingが強調された表記になっています。freshとingを合わせた造語のようなもので、この自販機の商品名だったのでしょうか? 中には、カネボウのブランドのBelmie(ベルミー)のサンプルが並んでいます。いちばん右が、缶コーヒーのセミブラックコーヒー。セミブラック?? 今で言う微糖のようなものでしょうか。続いてアメリカンの缶コーヒー、ビンの栄養ドリンクっぽいもの、缶のオレンジジュース、缶のレモンジュースと並んでいます。 ベルミーはコカコーラやサントリーのようなトップグループではなく、第二グループでややマイナーだった印象。ですが名だたる企業だったカネボウの商品で、20年位前までは、ベルミーの自動販売機はけっこう見た記憶があります。 しかし、詳細は省きますが、そんなカネボウも21世紀になり数年の頃、経営不振で会社解散となりました。食品事業がクラシエフーズに継承されたましたが、ベルミーブランドは、その過程で消滅したようです。 ダイドードリンコなど、当たり付きの飲料自動販売機は今でもあります。しかし、数十年前は割と見た気がします。今の当たり付きのものは、普通の自販機の片隅にルーレットがこっそり付いている感じです。でも昔のものは、こんなふうに目立つものが多かったような気がします。なので昭和のある時代に流行った様式と言えるのでしょう。記憶は更に曖昧ですが、そのテの自販機は最大手でないメーカに多かったような気がします。きっと競争が激しく、大手に対抗すべく、目立とうと打ち出したアイデアだったのでしょう。 当たり付きの飲料自動販売機で、当りを引き当てる確立はどの位なのでしょう…? 私の経験から言うと、かなり低いのではと思います。ルーレットの数字の残り1つがいつも合わないパターンばかりです。 そんな私が当りを引き当て、もう一本ドリンクをゲットした事が2回あります。その内の1回がつい最近です。全く意識していなかったので、おめでたそうな音が唐突に出てきて、人生2度目の出来事に、当たりって出るものなんだとキョトンとしてしまいました。 もう1回がン十年前の中学生時代、学校の行事の関係で街中に出て、友達と寄り道をした時、缶ジュースを買い見事に当たり。その時の驚きと感激は今でも忘れていません。-----☆にほんブログ村ランキング。よろしければポチッ!!とお願いします★-----

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  • 25Jun
    • 矢板駅近く、食料品店廃墟のレトロな広告看板

       遅ればせながら、数ヶ月からインスタグラムをはじめ、旅の風景やレトロなモノの写真などをUpしています。 その中で、いちばん「いいね」をもらっているのが、栃木県矢板市のJR東北本線・矢板駅近くにある食料品店と思われる廃墟の写真。何がそんなにウケているのか…?順を追って見て行きましょう。 矢板駅には古い木造駅舎が残っているので下車しました。そして、いつも通り街をぶらつきに出ました。 訪問したのは2013年で、事細かな事はもう覚えていません。だけど、商店街から分岐する細い道に魅かれたのでしょう。その道に足を進めました。すると路地裏に廃れた雰囲気の商店街っぽい通りが現れました。 程なくして、例の廃墟? …と言うか空き家…?を発見しました。この出入り口の上に並ぶ、レトロな看板類!!広く開放的な間口に、カゴメソースと言った食料品の広告看板が並んでいる事から察するに、この平屋の木造建物は食料品の商店跡なのでしょう。時代感じる広告が年月を経てかすれた様が、えもいわれぬ郷愁を放ちます。よく見ると看板の裏側に、蛍光灯があるのが見えます。電光式の看板だったようで、行灯広告…、はたまた行灯看板と言った所でしょうか?左側から見ていきましょう。「ヤマサ味噌、益子味噌会社」の行灯看板。「ヤマサ」と言えば、私の地元・愛知では、豊橋名産というキャッチコピーで有名なヤマサちくわがあります。その他、ヤマサ印を掲げる商品では、千葉県銚子のヤマサ醤油もよく知られています。3社は同じような商標を掲げていますが、関係は全く無いそうです。 益子味噌(株)は、看板の小さな「栃木市」の文字から察するに、栃木県内の企業なのでしょう。しかし同社は既に廃業しているとの事。 左から2番目の「カゴメソース」の行灯看板。言うまでもないでしょうが、トマトジュースとかで有名なあのカゴメ(株)です。下部の「愛知トマト株式会社」が気になります。これはカゴメの前の社名で、1949年(昭和24年)から1963年(昭和38年)まではこの社名だったとの事。…とすれば、ここの看板類はその頃のものと察せられます。何と半世紀以上は前のもの!!? 1917年(大正6年)に制定された、星印のような旧商標もいい味出しています。そして1つ脱落していて一番右の「こけし印 ソーセージ ロールハム」の行灯看板。発売元・三井物産(株)、製造元・東洋水産(株)とあります。こけし印は現在でも三井物産が所有する商標です。東洋物産はもうこけし印の製品を製造していないようです。現在では新潟のホリカフーズが、コンビーフなどこけし印の缶詰を製造していて、側面にはこけし印が健在です。さて、この訪問から5年になろうとしていて、この食料品店跡はどうなっているのだろうと思い。Googleのストリートビューで探してみました。写真1枚目の路地裏商店街は、ほぼそのままの風景で健在のよう。住所で言うと、矢板市扇町一丁目。デジカメの撮影時刻が、この約1分後にあの廃食料品店なので、すぐ近くと思われるのですが…。見当たりません。どうやらもう取り壊されてしまったようで、跡地と思われる所は駐車場となっていました。今になって脱落した1枚が何だったのか知りたいと思うようになっていたのですが、もう叶わぬ事となってしまいました。 だけどなんで古い広告はレトロでいい味を出しているのでしょう。素晴らしすぎますね。でも何十年も経って私が生きているか死んでいるかもわからない未来、平成より後に生まれた世代が、平成の広告類を見て「うわ~レトロで味わいあるなぁ…」と思っているかもしれません。今の私と同じように。-----☆にほんブログ村ランキング。よろしければポチッ!!とお願いします★-----

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  • 21Jun
    • イソライトかまどのホーロー看板

       JR西日本・福塩線、上下駅の街並みの中で、「イソライトかまど」のホーロー看板を発見。 「手近かにある燃料で、手軽に使える!」というキャッチコピーもいいですね。 このイソライトかまどの製造元「イソライト工業」は現在も存続していて、かまど事業は、現在では分社化された「イソライトライフ」の住機部が担っています。ホーロー看板で見る企業を調べていくと、毛織の北紡みたいに、もう存在していない会社も少なくなくありません。なので現在まで存続しているという事は、スゴイ事。 イソライト工業は耐火断熱レンガやセラミックと言った製品の製造販売を事業にしてるので、かまどは本業である得意分野を活かした事業だったのでしょう。他にもピザ窯なんかも製造しているよう。「かまど」とは何とも遠い時代の響きですが、前述の通り、イソライトライフのかまど自体は、何とまだ現行品!日本人とお米は切っても切り離せない関係で、炊飯器はますます進化しています。しかしかまどの持つノスタルジックさもまた受けるのでしょう。私はかまどをまじまじと見た事が無いのですが…こんな感じなのでしょうか…。同じく、上下駅前の街並みの中にあった食堂跡にそれらききモノがありました。 こちらがJR西日本・福塩線の上下駅です。改修された木造駅舎が残っています。簡易委託駅で内部は地元名物品などの売店になっているようですが、周辺を歩き回り駅に戻ってきた時は閉店していて、見る事はできませんでした。 上下駅は車内からこんなモノを見つけきまぐれで途中下車しましたが、古い建物がいくつも残るレトロ感漂う街並みは昭和の趣きに溢れ、予定外に時間を取ってしまいました。レトロ好きにはおすすめの街です。(広島県府中市上下町)-----☆にほんブログ村ランキング。よろしければポチッ!!とお願いします★-----

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  • 12Jun
    • この記事は移転しました

      ここにあった記事は移転しました。お手数ですが下記リンクをクリックされ、移転先でお楽しみ下さい。『曳家後の浜寺公園駅旧駅舎、カフェにギャラにーにと工事中でも活用中』

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  • 30May
    • ゴールデンボンバーライブのためか与那原駅のためか!? 1泊2日沖縄の旅

      沖縄に行ってきました!…と言うのも、最近、ゴールデンボンバーに興味がありちょうど今年の全国ライブツアーの真っ最中。とても見たかったのですが、ほとんどの所がチケットが売り切れで、空席があった数少ない場所が沖縄。だけど、それだけのために行くのも何だなと思っていたのですが、駅舎が復元された与那原駅の事を思い出しました。いつか行こうと思っていたのですが、ゆいレール以外の鉄道が無くあまりに遠い沖縄に足が向く機会はありませんでした。だったらこの際、与那原駅とゴールデンボンバーのライブ両方を楽しんじゃおうと沖縄への旅に出る事にしました。金爆ライブへ往路のフライトはスカイマークエアラインズの中部‐那覇線。普段はマイレージを貯めているJALなのですが、JALに比べ約半額の安さとちょうどいい時間にフライトがあったので選択。スカイマークは、数年前の変なサービスコンセプトや、ミニスカアテンダント、身の丈に合わないA380の導入表明と言った話題作り的な施策でいいイメージは無く、今回がはじめての利用だったのですが、きわめて無難なフライトでした。那覇に着くと、リムジンバスでライブ会場近くと便利で、予約していあるラグナガーデンホテルに直行。ライブ前のまで部屋で一休みで、ランチに沖縄そばなどをルームサービスでオーダー。そして重い荷物を置いて、手ぶらで会場の沖縄コンベンションセンターへ。暑い!ツアー中につきネタバレ禁止で内容は書けないのですが、とても楽しかったです。でも研二さんのケツはいいとだけは言わしてもらいます(笑) あとパフォーマンスや面白さが強調される金爆ですが(実際、彼らの良さですが…)、楽曲の良さはもっと評価されていいと思います。そして翌日、与那原駅へ…翌日は与那原駅舎訪問をメインとした沖縄路線バスの旅へ。チケットは前日に空港で沖縄路線バス周遊パスを購入済み。これは沖縄本島主要4社の路線バスが乗り放題になる有難い切符です。3日券やゆいレール付きもあるのですが、今回はバスのみの1日券を購入。正直、今回の経路でモトが取れるかは?なのですが、降車のたびに小銭を気にしなくていいのは大きなメリットです。旅の始まりはホテルの近くにある琉球バス交通の宜野湾営業所から。バスを2本乗り継いで与那原に向かいます。途中、安波茶というバス停で乗り換え。路線バスの旅は時刻や経路、バス停を調べるのが面倒で、鉄道に比べて何かと利用し辛く思うのですが、バスマップ沖縄という便利なウェブサイトのお陰で、今回は割と楽々。そして1時間ちょっとで与那原駅に。沖縄県営鉄道唯一のコンクリート駅舎でしたが、太平洋戦争の沖縄戦で破壊され、その後、残った構造物をもとに修復され農協として利用されてきました。数年前の農協の移転にともない、かつての駅舎が復元されました。内部はかつての与那原駅や沖縄の鉄道に関する写真など資料が展示されています。かつての切符を模した入場券をダッチングマシーンに通し入場。ホーム側には実際に駅舎の柱として使われたコンクリートの柱の残骸が展示され、戦争や駅の歴史を今に伝えます…。(※与那原駅に関して、詳しくはメインサイトで訪問記を作成する予定です。)与那原駅舎を見た後は、街の中をブラブラ。ほとんどが新しい建物ですが、中には赤瓦をのせた沖縄らしい木造の建物がチラホラと。それにしても暑い!街中には他にこれと言った観光スポットがある訳でなく、暑い中、あてもなくふらふらしているのは正直辛いです。しかしメインストリートに「昭和博物館~私はレトロ~」という謎の店舗が…。看板を見ると入場料500円に飲み物が付いてるとの事なので、レトロなモノ好きの私としてはこの暑い中、渡りに船で入場しました。室内にはホーロー看板、キューピーちゃん、古時計、映画のポスターなど「昭和」がぎっしり!店内には蓄音機からの郷愁漂う調べが流れています。昔はこんなガイコツのキーホルダーをよく見たよなぁ…。欲しがったものですが、悪趣味過ぎて親は買ってくれませんでした(笑)ジュースとか詰めて冷凍庫に入れるとアイスクリームになるやつ。子供の頃、家にありました!展示は床から天井まで色々なモノがほんとうにぎっしりで、一つ一つ見たい所ですが、バスの時間が迫っていたため、残念ながら退散。本数がある路線なら、数本遅らせてもうちょっと昭和博物館でゆっくりしていて良かったのですが、今度乗るバスは1日に5本の超閑散路線。次は約2時間半後。そしてそのローカル路線バス・36番糸満方面行きに乗車。東陽バスでした。乗客は私を含めたったの二人。途中でバスを乗り換え、やって来たのが「喜屋武」。ゴールデンボンバーファンの聖地!?!? バスマップ沖縄の路線図で、与那原に比較的近い所にあるのをたまたま発見し、来てみました。キャンさんは「喜矢武」と書きますが、沖縄の友人の名前をかっこいいと思ったのが芸名の由来なのは有名。喜屋武がどんな所かと言うと、坂の上辺りの傾斜のある地で、家や建物が立ち並び小学校もありますが、林が近くやや街外れにあるかなという印象でした。交差点に製糖工場跡という小さな石碑がありました。喜屋武は南風原町(はえばるちょう)にあり、沖縄県で唯一海に面していない自治体です。喜屋武という地名は他にも、うるま市や糸満市にもあり、その二つの方が観光地もあり、どちらかと言うと有名のようです。そしてバスで旭橋駅近くまで行き、ゆいレールに乗り換え那覇空港まで行き、短かった旅も遂に帰路へ…。帰りはJALグループの日本トランスオーシャン(JTA)の中部空港行きの便。搭乗ターミナルに入ると、JGC修行の頃の懐かしい思い出が蘇ってきました。帰りのJTA中部国際空港行きB737-800は二代目ジンベエジェットでした。-----☆にほんブログ村ランキング。よろしければポチッ!!とお願いします★-----

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  • 22May
    • 鷹泊駅跡訪問記Up+厳選??ボツ画像と+α

      古く美しき駅舎に「鷹泊駅 (JR北海道・深名線)~木造駅舎の旅~」を新規掲載しました。謎の更新意欲アップで、メインサイトとしては、今月3本目の新規掲載となります。深名線は20年以上前の1995年(平成7年)に廃線となりました。鷹泊駅は現役時代の下車した事が無く、廃線後から約18年後の2013年(平成25年)の訪問しました。にも関わらず、傷みはみられるものの、木造駅舎は駅らしい雰囲気を残したままいまだ健在のなのは印象深く。いつか記事にしたいと思っていました。厳選!?鷹泊駅ボツ画像集+αいついものように、本編訪問記に掲載とならなかった鷹泊駅の画像を載せていきます。鷹泊駅前の風景。国道275号線沿いに家屋がポツリポツリと並んでいます。この道路沿いに深名線代替バスの鷹泊停留所があります。そして国道275号線から分岐する道道693号線・鷹泊鷹泊停車場線。廃線からかなり経っているのに、いまだ深名線の香りを留める名前。この約200メートル先に鷹泊駅があります。最初、たったこの距離のための道道なのかと思っていましたが、一部、国道275号線と重複し、約6km先の鷹泊ダムまでの道の事をいうそうです。木造駅舎が健在といっても、傷みは隠し切れず、ホーム側の上屋は崩落寸前。同じ深名線の沼牛駅みたいに、きれいに修復されないものでしょうか…駅本屋から少し離れて、封鎖されていましたが木造トイレも残っていました。ですがこのトイレ、その後自然崩壊したみたいで、ウェブ上にぺしゃんこになっている姿を見つけました。おまけ: 深名線の残存駅舎深名線廃線跡には、鷹泊駅と沼牛駅の他に、政和駅、添牛内駅にも駅舎が残存しています。その他にも…幌成駅の貨車駅舎も残っています。元の場所から移設され、建築会社らしき所で再利用されています。深名線代替バス車内から撮影。幌成駅も現役時の画像が残っていました。1989年冬にはじめて深名線に乗車した時に撮影。留萌本線の北一已駅。何で留萌本線なんだ~!と思われるでしょうが、この駅舎、深名線の湖畔駅‐蕗の台駅間にあり、1956年(昭和31年)に廃駅となった宇津内駅の本屋を解体し移設したもの。更に近年では、天塩弥生駅跡地に、往時の木造駅舎を再現した民宿兼飲食店、その名も「天塩弥生駅」がオープンしています。以上!では本編の鷹泊駅訪問記もよろしくお願いします。-----☆にほんブログ村ランキング。よろしければポチッ!!とお願いします★-----

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  • 09May
    • 旅で見つけたオロナミンCの琺瑯看板

       レトロなムード溢れる昔の広告、ホーロー看板(琺瑯看板)と言えば、由美かおるや水原弘でおなじみのハイアースと渦巻香の他に、オロナミンCを思い浮かべる方も多いのではないでしょうか? 黒縁眼鏡が半分ずり落ているひょうきんそうなおじさんの“あの”看板です。これがオロナミンCのホーロー看板です。岡山県津山市、因美線の美作加茂駅前で発見。モデルは俳優・コメディアンの大村崑です。今ならイケメン、美女、スポーツ選手など爽やかなイメージの人が採用されるのでしょうが、ユーモラスで親しみを感じる雰囲気です。私は大村崑の事についてはどんな作品に出てたかとか全く知らなく、完全に大村崑=オロナミンCです。オロナミンCは大塚製薬の製品で、ハイアースと渦巻香は大塚グループ下のアース製薬の商品です。これらの看板は、タレントの写真が前面に出てるなど雰囲気が似通っていたり、どれもホーロー看板の代表的存在と言っても過言で無いほどよく知られて、そして日本全国で見られます。オロナミンCが発売された1965年以降は、TVも普及しCMも放送されていましたが、同時に、大塚グループの当時の広告戦略の一環として、琺瑯看板も広く展開されていたのでしょう。この他にもオロナミンCのホーロー看板にはいくつかのバージョンがあります…鹿児島県霧島市内、肥薩線の大隅横川駅近くで発見したオロナミンCのホーロー看板。写真無しでロゴのみのシンプルバージョン。大村崑+アタックNo1の鮎原こずえバージョン。大分県豊後高田市、昭和の博物館「昭和ロマン蔵」にて。キャッチコピーが一枚目の「おいしいですよ!」と違い「元気ハツラツ!」。私にはこの方が馴染み深いです。アタックNo1は再放送でよくやっていたかなという印象。寺堂院高校の三位一体攻撃とか、マイティ6とか懐かしい…。大村崑+巨人の星バージョン。同じく昭和ロマン蔵にて。こちらは一枚目と同じく「おいしいですよ!」。巨人の星も再放送でちょっと見たかなという印象。巨人の星と言えば、やはり昭和の雷おやじを体現した「ちゃぶ台返し」。でも実際にちゃぶ台返しをしたのはわずか2回らしいですが…。そういえば、私が子供の頃は、夏休みなど学休期間や夕方のアニメの再放送って定番で、放送時間にあわせて急いで帰宅したものですが、最近はめっきり見なくなりましたね。栄養ドリンクだけあって、当時大人気のスポ根漫画とのコラボレーションなのだと納得させられましたが、バカボンバージョンもあるみたいです(笑) それだけでなく、黄金バットバージョンがあったり、初期、後期により違いがあったりと、まだまだ多くのバリエーションがあるみたいです。う~ん、奥が深いですね。蛇足ですが、UAEのドバイを旅行した時、メトロの売店でオロナミンCを見つけ、こんな所で売ってるんだと驚いて衝動買いしてしまいました。公式サイトによると、中東6ヶ国でも発売され、特にUAEでは国民的飲料にまでなっているとの事でした。「ホーロー看板」こちらもどうぞ!北陸本線・北鯖江駅近くの看板屋敷-----☆にほんブログ村ランキング。よろしければポチッ!!とお願いします★-----

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  • 03May
    • JR西日本・奈良線、桃山駅訪問記Up!

      駅と駅舎の旅写真館に「桃山駅 (JR西日本・奈良線)」を新規掲載しました。桃山駅と言えば、近くに明治天皇が埋葬された伏見桃山陵があります。桃山駅は大葬の際、明治天皇の棺をのせた大喪列車が到着した格式高い歴史のある駅で、ここから厳かに桃山陵まで運ばれました。今に残る駅舎は、大喪より後の1935年(昭和10年)に建てられた木造駅舎です。桃山駅ボツ画像集それでは惜しくも本編訪問記には掲載とならなかたボツ画像をゆるゆると掲載していきます。桃山駅車寄せ付近。訪問時、ちょうど飲料業者の人が、駅の自販機の商品補充をしていたため、トラックが駅舎の前にずっと駐車していて、まとまりよく前景が入った写真は撮れず…。まあ、しょうがないので角度をあれこれ変えて撮影しました。散り際の桜の美しさよ…一番ホーム東端沿いにある老人ホームに植えられた桜の木々が駅を彩っていました。その下に花壇のようなスペースがあり、中に記念碑が設置されていました。見ると「自動信号化 1万km達成記念標識」という碑でした。他に1975年11月18日という日付や、日本国有鉄道、天王寺鉄道管理局、大阪電気工事局も書き添えられていました。数十年も昔、チャレンジ20,000kmという国鉄完乗を促し増収を狙ったキャンペーンがあったのを思い出しました。1万キロはその半分。桃山駅にこの碑があるという事は、この駅で達成されたからなのでしょうか…?桃山駅のチャームポイント!? 窓の造りが洒落た古いトイレ。本編にも載せた「ウグイスと桜」別の写真。鳥なんてどこにいるんだと突っ込まないで下さい。駅舎ホーム側。古い木造上屋がレトロ感を添えます。街中の駅だけあって、乗降客は多めです。上屋を支える柱の一部か意図的に四角く削り取られたような箇所がありました。何かが収納されるか引っ掛けられでもしていたのでしょうか…?以上!それでは「本編訪問記」も是非ご覧下さい。」-----☆にほんブログ村ランキング。よろしければポチッ!!とお願いします★-----

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  • 30Apr
    • キリショーとローカル線の旅

      ゴールデンボンバー(金爆)のキリショーこと鬼龍院翔さん。ツアーのために訪れた鳥取で、境線に乗り境港駅と水木しげるロードへ。お金稼いでいるはずなのに、ローカル線に乗って旅を楽しんでくれているって、なんか嬉しいです。ご本人は鉄道ファンって訳ではないのですが、鉄道ファンの私としては、好感度大幅Up!しかも乗った車両がキハ126系の山陰海岸ジオパークラッピング列車。あのカーブは入ったプラットホームの駅は米子空港駅かな…?…と、普通ならどうでもいい事が色々と気になった鉄道ヲタクの私でした(笑)実は2018年のライブツアー・ロボヒップのチケットを取ってあり、金爆ファンになりつつある私。あー、ライブ楽しみ!!-----☆にほんブログ村ランキング。よろしければポチッ!!とお願いします★-----

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  • 25Apr
    • 山陰本線・温泉津駅前のレトロたばこ屋跡

      山陰本線で旅をしている時、乗換えで温泉津駅で下車しました。ふらり駅前に出ると、線路に平行するように、片側一車線の道があり、狭い道の両側には、商店や家屋が建ち並んでいます。ローカル線の昔ながらの駅前らしい、どこか懐かしい雰囲気ですが、家屋の中には「元」商店だった形跡を留めるものがいくつもあり、厳しい現状を窺わせます。 そんな街並みの中、ある住居兼木造商店の片隅に、レトロなたばこ屋の跡が残されているのを発見しました。 とうにこのたばこ売場ショーケースは使われていないようで、木の扉で覆われています。この地方の屋根瓦「石州瓦」のオレンジ色に、使い古した木の扉が映え、加えて土台部分がタイル張りなのも、味わい深さを感じさせます。だけど扉が開いた状態も見てみたいもの…ショーケース上部のガラスの部分は看板で、「TOBACCO」と書かれていました。しかし、長年の放置のためか、もう塗料がボロボロとはげてきています。このガラスの看板の部分はかつて行灯だったのかもしれないと思いました。土台のタイル張りの部分が、またレトロさを引き立てます。波打つようにカーブが入った造りになっているのがユニークで、ショーケース全体のアクセントになっています。温泉津駅の駅舎はこんな感じです。昔ながらの木造駅舎の外観ですが、2004年(平成16年)の改築。JAが入居する合築駅舎で、出札業務はJAに委託された簡易駅舎です。温泉津温泉までは、駅からバスで約5分。隣の湯里駅は、昔の素朴な姿を見事なまでに留めた木造駅舎が残っていましたが、現在では改築されてしまいました。[2011年4月訪問](島根県大田市)-----☆にほんブログ村ランキング。よろしければポチッ!!とお願いします★-----

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プロフィール

Solano

性別:
女性
自己紹介:
鉄道旅行、特に駅巡りの旅が好き。木造駅舎をメインに、秘境駅、ローカル線、無人駅などを巡ります。駅前を...

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