Journey & Nostalgia ~鉄道と駅とレトロ旅~
  • 22May
    • 鷹泊駅跡訪問記Up+厳選??ボツ画像と+α

      古く美しき駅舎に「鷹泊駅 (JR北海道・深名線)~木造駅舎の旅~」を新規掲載しました。謎の更新意欲アップで、メインサイトとしては、今月3本目の新規掲載となります。深名線は20年以上前の1995年(平成7年)に廃線となりました。鷹泊駅は現役時代の下車した事が無く、廃線後から約18年後の2013年(平成25年)の訪問しました。にも関わらず、傷みはみられるものの、木造駅舎は駅らしい雰囲気を残したままいまだ健在のなのは印象深く。いつか記事にしたいと思っていました。厳選!?鷹泊駅ボツ画像集+αいついものように、本編訪問記に掲載とならなかった鷹泊駅の画像を載せていきます。鷹泊駅前の風景。国道275号線沿いに家屋がポツリポツリと並んでいます。この道路沿いに深名線代替バスの鷹泊停留所があります。そして国道275号線から分岐する道道693号線・鷹泊鷹泊停車場線。廃線からかなり経っているのに、いまだ深名線の香りを留める名前。この約200メートル先に鷹泊駅があります。最初、たったこの距離のための道道なのかと思っていましたが、一部、国道275号線と重複し、約6km先の鷹泊ダムまでの道の事をいうそうです。木造駅舎が健在といっても、傷みは隠し切れず、ホーム側の上屋は崩落寸前。同じ深名線の沼牛駅みたいに、きれいに修復されないものでしょうか…駅本屋から少し離れて、封鎖されていましたが木造トイレも残っていました。ですがこのトイレ、その後自然崩壊したみたいで、ウェブ上にぺしゃんこになっている姿を見つけました。おまけ: 深名線の残存駅舎深名線廃線跡には、鷹泊駅と沼牛駅の他に、政和駅、添牛内駅にも駅舎が残存しています。その他にも…幌成駅の貨車駅舎も残っています。元の場所から移設され、建築会社らしき所で再利用されています。深名線代替バス車内から撮影。幌成駅も現役時の画像が残っていました。1989年冬にはじめて深名線に乗車した時に撮影。留萌本線の北一已駅。何で留萌本線なんだ~!と思われるでしょうが、この駅舎、深名線の湖畔駅‐蕗の台駅間にあり、1956年(昭和31年)に廃駅となった宇津内駅の本屋を解体し移設したもの。更に近年では、天塩弥生駅跡地に、往時の木造駅舎を再現した民宿兼飲食店、その名も「天塩弥生駅」がオープンしています。以上!では本編の鷹泊駅訪問記もよろしくお願いします。-----☆にほんブログ村ランキング。よろしければポチッ!!とお願いします★-----

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  • 09May
    • 旅で見つけたオロナミンCの琺瑯看板

       レトロなムード溢れる昔の広告、ホーロー看板(琺瑯看板)と言えば、由美かおるや水原弘でおなじみのハイアースと渦巻香の他に、オロナミンCを思い浮かべる方も多いのではないでしょうか? 黒縁眼鏡が半分ずり落ているひょうきんそうなおじさんの“あの”看板です。これがオロナミンCのホーロー看板です。岡山県津山市、因美線の美作加茂駅前で発見。モデルは俳優・コメディアンの大村崑です。今ならイケメン、美女、スポーツ選手など爽やかなイメージの人が採用されるのでしょうが、ユーモラスで親しみを感じる雰囲気です。私は大村崑の事についてはどんな作品に出てたかとか全く知らなく、完全に大村崑=オロナミンCです。オロナミンCは大塚製薬の製品で、ハイアースと渦巻香は大塚グループ下のアース製薬の商品です。これらの看板は、タレントの写真が前面に出てるなど雰囲気が似通っていたり、どれもホーロー看板の代表的存在と言っても過言で無いほどよく知られて、そして日本全国で見られます。オロナミンCが発売された1965年以降は、TVも普及しCMも放送されていましたが、同時に、大塚グループの当時の広告戦略の一環として、琺瑯看板も広く展開されていたのでしょう。この他にもオロナミンCのホーロー看板にはいくつかのバージョンがあります…鹿児島県霧島市内、肥薩線の大隅横川駅近くで発見したオロナミンCのホーロー看板。写真無しでロゴのみのシンプルバージョン。大村崑+アタックNo1の鮎原こずえバージョン。大分県豊後高田市、昭和の博物館「昭和ロマン蔵」にて。キャッチコピーが一枚目の「おいしいですよ!」と違い「元気ハツラツ!」。私にはこの方が馴染み深いです。アタックNo1は再放送でよくやっていたかなという印象。寺堂院高校の三位一体攻撃とか、マイティ6とか懐かしい…。大村崑+巨人の星バージョン。同じく昭和ロマン蔵にて。こちらは一枚目と同じく「おいしいですよ!」。巨人の星も再放送でちょっと見たかなという印象。巨人の星と言えば、やはり昭和の雷おやじを体現した「ちゃぶ台返し」。でも実際にちゃぶ台返しをしたのはわずか2回らしいですが…。そういえば、私が子供の頃は、夏休みなど学休期間や夕方のアニメの再放送って定番で、放送時間にあわせて急いで帰宅したものですが、最近はめっきり見なくなりましたね。栄養ドリンクだけあって、当時大人気のスポ根漫画とのコラボレーションなのだと納得させられましたが、バカボンバージョンもあるみたいです(笑) それだけでなく、黄金バットバージョンがあったり、初期、後期により違いがあったりと、まだまだ多くのバリエーションがあるみたいです。う~ん、奥が深いですね。蛇足ですが、UAEのドバイを旅行した時、メトロの売店でオロナミンCを見つけ、こんな所で売ってるんだと驚いて衝動買いしてしまいました。公式サイトによると、中東6ヶ国でも発売され、特にUAEでは国民的飲料にまでなっているとの事でした。「ホーロー看板」こちらもどうぞ!北陸本線・北鯖江駅近くの看板屋敷-----☆にほんブログ村ランキング。よろしければポチッ!!とお願いします★-----

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  • 03May
    • JR西日本・奈良線、桃山駅訪問記Up!

      駅と駅舎の旅写真館に「桃山駅 (JR西日本・奈良線)」を新規掲載しました。桃山駅と言えば、近くに明治天皇が埋葬された伏見桃山陵があります。桃山駅は大葬の際、明治天皇の棺をのせた大喪列車が到着した格式高い歴史のある駅で、ここから厳かに桃山陵まで運ばれました。今に残る駅舎は、大喪より後の1935年(昭和10年)に建てられた木造駅舎です。桃山駅ボツ画像集それでは惜しくも本編訪問記には掲載とならなかたボツ画像をゆるゆると掲載していきます。桃山駅車寄せ付近。訪問時、ちょうど飲料業者の人が、駅の自販機の商品補充をしていたため、トラックが駅舎の前にずっと駐車していて、まとまりよく前景が入った写真は撮れず…。まあ、しょうがないので角度をあれこれ変えて撮影しました。散り際の桜の美しさよ…一番ホーム東端沿いにある老人ホームに植えられた桜の木々が駅を彩っていました。その下に花壇のようなスペースがあり、中に記念碑が設置されていました。見ると「自動信号化 1万km達成記念標識」という碑でした。他に1975年11月18日という日付や、日本国有鉄道、天王寺鉄道管理局、大阪電気工事局も書き添えられていました。数十年も昔、チャレンジ20,000kmという国鉄完乗を促し増収を狙ったキャンペーンがあったのを思い出しました。1万キロはその半分。桃山駅にこの碑があるという事は、この駅で達成されたからなのでしょうか…?桃山駅のチャームポイント!? 窓の造りが洒落た古いトイレ。本編にも載せた「ウグイスと桜」別の写真。鳥なんてどこにいるんだと突っ込まないで下さい。駅舎ホーム側。古い木造上屋がレトロ感を添えます。街中の駅だけあって、乗降客は多めです。上屋を支える柱の一部か意図的に四角く削り取られたような箇所がありました。何かが収納されるか引っ掛けられでもしていたのでしょうか…?以上!それでは「本編訪問記」も是非ご覧下さい。」-----☆にほんブログ村ランキング。よろしければポチッ!!とお願いします★-----

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  • 30Apr
    • キリショーとローカル線の旅

      ゴールデンボンバー(金爆)のキリショーこと鬼龍院翔さん。ツアーのために訪れた鳥取で、境線に乗り境港駅と水木しげるロードへ。お金稼いでいるはずなのに、ローカル線に乗って旅を楽しんでくれているって、なんか嬉しいです。ご本人は鉄道ファンって訳ではないのですが、鉄道ファンの私としては、好感度大幅Up!しかも乗った車両がキハ126系の山陰海岸ジオパークラッピング列車。あのカーブは入ったプラットホームの駅は米子空港駅かな…?…と、普通ならどうでもいい事が色々と気になった鉄道ヲタクの私でした(笑)実は2018年のライブツアー・ロボヒップのチケットを取ってあり、金爆ファンになりつつある私。あー、ライブ楽しみ!!-----☆にほんブログ村ランキング。よろしければポチッ!!とお願いします★-----

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  • 25Apr
    • 山陰本線・温泉津駅前のレトロたばこ屋跡

      山陰本線で旅をしている時、乗換えで温泉津駅で下車しました。ふらり駅前に出ると、線路に平行するように、片側一車線の道があり、狭い道の両側には、商店や家屋が建ち並んでいます。ローカル線の昔ながらの駅前らしい、どこか懐かしい雰囲気ですが、家屋の中には「元」商店だった形跡を留めるものがいくつもあり、厳しい現状を窺わせます。 そんな街並みの中、ある住居兼木造商店の片隅に、レトロなたばこ屋の跡が残されているのを発見しました。 とうにこのたばこ売場ショーケースは使われていないようで、木の扉で覆われています。この地方の屋根瓦「石州瓦」のオレンジ色に、使い古した木の扉が映え、加えて土台部分がタイル張りなのも、味わい深さを感じさせます。だけど扉が開いた状態も見てみたいもの…ショーケース上部のガラスの部分は看板で、「TOBACCO」と書かれていました。しかし、長年の放置のためか、もう塗料がボロボロとはげてきています。このガラスの看板の部分はかつて行灯だったのかもしれないと思いました。土台のタイル張りの部分が、またレトロさを引き立てます。波打つようにカーブが入った造りになっているのがユニークで、ショーケース全体のアクセントになっています。温泉津駅の駅舎はこんな感じです。昔ながらの木造駅舎の外観ですが、2004年(平成16年)の改築。JAが入居する合築駅舎で、出札業務はJAに委託された簡易駅舎です。温泉津温泉までは、駅からバスで約5分。隣の湯里駅は、昔の素朴な姿を見事なまでに留めた木造駅舎が残っていましたが、現在では改築されてしまいました。[2011年4月訪問](島根県大田市)-----☆にほんブログ村ランキング。よろしければポチッ!!とお願いします★-----

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  • 18Apr
    • 奥羽本線・羽前中山駅周辺のそこはかとなく古さを残す街並み歩く

      羽前中山駅駅舎取り壊し工事中の奥羽本線・神町駅を見た後、なんとなく羽前中山駅で下車してみました。山中の静かな集落の中にある2面2線の駅。上りホーム側の荒れた空地には、何か線のようなものが張り巡らされていたよう…。鳥獣防止用の電気柵の跡で。ここは元々畑だったのでしょうか?駅は、待合室の機能だけの簡易駅舎がある小さな駅。もちろん無人駅。あれこれ撮影していると、初老のおばさんが駅にやってきました。「こんな所に何しに来たの?」「鉄道で旅行するのが好きで、この駅で降りてみました。」「ああ、そうなの。私なんかこの駅から電車に乗るの年に3,4回位だけど、ポストに手紙出しに来たの。」と言い手にしていた手紙を投函すると、道路を渡り帰って行きました。駅前は国道13号線から分岐する道路が奥羽本線のレールに沿うように伸びています。交通量は少なくは無いけど多くも無く、道の両側には家屋が立ち並びます。しかし、お店の類は至近には無いようです。さっき、おばさんが帰っていった方を見ると、家屋の間に細長い道がひょろりと伸びていました。もしかしたらあっちの方にも何かあるかもしれないと、誘われるように、その道の奥へと進んでみました。宿場町の面影残る駅前を歩くすると車がやっと2台すれ違える程度の細い道がカーブしながら伸びていました。駅前の道路は住宅が並んでいるものの「街」という空気は感じなかったのですが、こちらは街らしさが漂います。ある建物に小さなホーロー看板(琺瑯看板)が掛かっていました。「感冒 ユイツ 仙武丹」ムヒブランドで有名な池田模範堂がかつて販売していた風邪薬のようです。「仙武丹」というのが解りません。薬のパッケージを見ると、製造元と販売元が違う事が多々あるのですが、ユイツも他の製薬会社で製造してたものを池田模範堂が販売していたという事なのでしょうか…?道を進むと、木造土壁造りの古色蒼然とした建物2棟がありました。塔のような煙突を備えています。工場か何かだったのでしょうか…?その工場の手前には折れ曲がった道が伸びる坂がありあました。立看板を見ると「窪坂(久保坂)」と書かれていました。明治の初めまでは主要道路で、荷物の運搬なども行われていたとの事です。道に戻り少し歩くと、古いお寺がありました。西福寺という弘安3年…、鎌倉時代の1280年開山という古刹。現在は無人のようですが、江戸時代の1848年築の本堂が残っています。更に歩くと、小さな川に掛けられた橋がありました。パッと見、アスファルトで、現代の街並みの中にとけこんだただの道なのですが…よく見てみると、とても古めかしい石積みのアーチ橋!近くに看板があり、明治13年(1880年)に竣工した中山橋で、地元産出の中山石を使っているとか。築117年!アスファルト敷かれ普通の道路にすっかり溶け込んでいますが、側面を見ると、風化し古びた様が味わい深く、松の木が積まれた石を裂くように成長しているのが歴史を感じさせます。上山市の指定文化財になっています。石橋の表面も復原されれば面白いと思うのですが…石橋から少し先に歩くと、右側に寺社のの入り口がありました。立て看板を見ると、女性の守護仏・如意輪観音を祭った観音堂があるとの事。家屋の間に伸びる奥まった道に魅かれ行って見る事に。苔むした廃れた階段を上がり…草でぼうぼうの道なき道を進むと…小さなお堂がありました。ここも無人のよう。ヨーロッパを旅している時、列車の車窓から街の真ん中から突き出た教会の尖塔に、教会が必ずあってヨーロッパらしい風景だなと思ったものですが、この日本にも、街の中にひっそりと、お寺や神社あるものだなとしみじみと感じ入ります。列車の時間があり観音堂の入り口辺りまでにし、引き返すことにしました。帰路の途上、公民館の土台も古い石積みである事に気づきました。中山石でしょうか?そして、羽前中山駅前の道を渡り、駅に戻ってきました。帰ってから調べてみると、歩いた一帯は、板谷街道、あるいは米沢街道と呼ばれていた街道の宿場町・中山宿だった所だそうです。古くからの宿場町だったとは、古いものが色々と残っているのも納得です。最初は、簡易駅舎になってしまったつまらない駅と思っていたのですが、思いがけず楽しい時を過ごす事ができました。[2017年10月訪問](山形県上山市)-----☆にほんブログ村ランキング。よろしければポチッ!!とお願いします★-----

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  • 10Apr
    • 古駅巡礼、美祢線の木造駅舎をゆく(2)

      1時間ほどの駅間徒歩の末、四郎ヶ原駅へ…厚保駅から歩き続け、鬱蒼とした道路を抜け、1時間弱で民家が点在する農村に出ました。美祢線のレールが見えると、後は沿って進むだけ。ようやく四郎ヶ原駅の姿が見えました。無人駅でトタンや新建材で修復され継ぎはぎで古い感じはしますが、堂々たる大きさの木造駅舎。美祢線はかつて石灰石や石炭輸送の貨物列車が多数運行されていたので、行き違いなど運行管理のための、途中駅も規模が大きなものとなっていたのでしょうか…?厚保駅が街の外れに追いやられている感があり、やや気の毒の立地ですが、こちらは人里の中にある感。とは言っても、ひっそりとした集落でははありますが。外に地名の由来を標した看板があり、このあたりは広い野原で、そこに四郎という者が住んでいたからとの事。待合室は広く、特に天井の高さが印象的。駅舎ホーム側の上家は木の質感が露の古いまま!古い木造駅舎の風格に溢れます。木目浮き出る柱には国鉄時代の建物財産標が取り付けられたままでした。標された年月は明治38年9月30日!美祢線の栄光盛衰に想いはせつつ古駅巡礼小一時間ほど四郎ヶ原駅に滞在し、長門市方面行きの列車に乗りました。座席が程よく埋まっていたため、列車後部の逆かぶりつきの位置を確保しました。かつて大嶺支線が分岐していた南大嶺駅。列車の両サイドは挟む国鉄・JR系では珍しいプラットホームですが、これは大嶺支線廃線後に駅舎側の1番線を廃し、埋め立て2番線までホームを拡張したため。そして次は、美祢線いちばんの駅、美祢駅。コンクリートの駅舎があり、配線も3線2面と主要駅のいでたちですが、島式の2線は使用停止でレールが虚しく錆び付いています。きっと昔は貨物列車が賑やかに行きかった事でしょう…。私が見る事が無かった美祢線の華やかな時代を思い浮かべていました。そして長門湯本駅へ。十数年前、山陰本線を旅した時、この木造駅舎を見るためちょっと道をそらしやって来たものです。なので、最初はこの駅に訪れる予定は無かったのですが、厚保駅で列車に乗り遅れたためプランを組み直し訪れる事に… 正面からホーム側に巡らされた付け庇が回廊のような印象を与え風格を感じさせるのはあの時のまま!趣き溢れる姿に訪れて良かったと気持ちを新たにしました。「湯本」の名からから連想できるように、この駅は山口県有数の名湯、湯本温泉の玄関口です。湯本温泉は、近年では、安部総理とプーチン大統領の日露首脳会談が開催され、プーチン大統領の宿泊地にもなりました。しかし、駅は無人駅な上、温泉街からやや離れているため、今では寂しげな雰囲気が漂います。…と思っていたら、この日は帰る宿泊客を乗せた旅館の車が乗りつけ、いっとき、観光地の駅らしい賑やかな雰囲気に。この長門湯本駅、将来的には大きく変わるかもしれません。と言うのも、星野リゾートの湯本温泉進出が発表され、それに伴い温泉街のイノベーションも計画され、その中に長門湯本駅をより温泉街近くに移転させる案も出ているからです。美祢線の活性化にはいい案と思いますが、趣きある駅舎の将来も気になります。そして数駅、厚狭方面に戻り、渋木駅で下車しました。すると、ホーム沿いに植えられた柚子並木のお出迎え。反対ホーム側を見ると、先に訪れた3駅よりもだいぶこじんまりとした木造駅舎がありました。外壁が新建材などで補修され、パッと見の木造駅舎らしい趣はいまひとつでしたが…窓枠は古びた木のまま。使い古された質感に深い味わいを感じます。改修されていても侮れません!! しかもかなり古い木の板の建物財産標が付けられたままです。そこには「渋停建第一二号 本屋」と標されていました。「シブテイケン…!?!?」察するに、渋=渋木駅?、停=停車場?、建=建物財産標? 何かと略されたユニークな様式のようです。渋木駅は背後を小高い山に囲まれ、目の前を音信川が横切る、少々隔絶感のある立地。しかし川を越え少し歩けば、家屋が散在する集落があり、国道316号線が通ります。その中に運良く商店があり、パンや飲み物を購入し駅に戻りました。春の訪れを感じる暖かな陽射しの下、誰も来ない静かな駅でのんびりと遅いランチを楽しみました。[2018年2月訪問]※この駅訪問記の前編「意外と木造駅舎銀座のローカル線!? 美祢線の旅(1)~厚保駅とレトロな郵便局跡~」もどうぞ!-----☆にほんブログ村ランキング。よろしければポチッ!!とお願いします★-----

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  • 09Apr
    • 北陸本線・北鯖江駅近くの看板屋敷

      JR西日本・北陸本線の北鯖江駅で下車しました。駅舎から外に出て歩いていると、住宅が少なく空地が多いひっそりとした中、小さな工場がいくつか目に付きました。鯖江市と言えば「めがね」と連想するほど、眼鏡フレーム製造が有名ですが、それらの工場も眼鏡フレーム工場なのでしょうか…?歩いていると、工場らしき木造の建築物が目に入りました。古めかしく年月を感じさせるのですが、通りに面した部分には、ホーロー看板がたくさん張り付けられていました。このようにレトロなホーロー看板(琺瑯看板)がいくつも張り付けられた建物は、その筋の人の間では「看板屋敷」と呼ばれています。ホーロー看板は、半世紀位前までは主要な宣伝手段だったため、古いホーロー看板が残っているような建物は大抵、古色蒼然とした味わいを感じるものとなっています。では1つづつ看板を見て行きましょう。「月虎かとりせんこう」和歌山県の内外除虫菊(株) (現・オズ(株)) の製品で、かつてはムーンタイガーのブランドで、海外にも盛んに輸出されていたそうです。ムーンタイガー…そのまんまのデザインですね。「まるいし学生服」。現在では無くなった会社のようです。「三ツ矢ソース」。明治以来のウスターソースですが、今ではハグルマ株式会社が製造を受け継いでいます。その下の「大」「正」の看板も気になります…角度を変えてみると、3枚あわせて「灘の大正」という看板だと解ります。「灘」と言えば、兵庫県神戸市の酒造で有名な地。今では無くなった会社なのか、存続している会社のブランドなのか…?「月印毛布」。創業450年の寝具メーカー、京都西川の系列会社の月印ローズ(株) (現・西川ローズ(株) )の製品だったようです。色々調べていくと、もう存在していない会社があり、変遷を遂げながらも受け継がれているブランドあったりと、企業の栄枯盛衰の歴史を感じさせます。北鯖江駅駅舎JR西日本・北陸本線。1955年(昭和30年)5月1日開業以来の駅舎。戦前の古くありふれた木造駅舎の要素を残しながら、戦後復興~高度成長期の無機質なコンクリート駅舎の要素が盛り込まれた時代の移り変わりを感じる駅舎です。今回、駅舎のある東側を歩いたのですが、西側の方が市街地に近く、約1km西には福井鉄道の神明駅があります。東側はどちらかと言うと、駅裏的な雰囲気が漂っていました。[2012年4月訪問]「ホーロー看板」こちらもどうぞ近江鉄道・桜川駅側線ホーム跡、アース製薬のホーロー看板と木造駅舎-----にほんブログ村ランキング。よろしければポチッ!!とお願いします。-----

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    • 駅桜旅2018~上越線南部をゆく~

      桜満開の上越線、群馬県内の駅へ…朝早い東海道新幹線で東へ旅立ちました。今年2018年は、桜の開花が例年よりかなり早めのところが多くなっています。はたして桜は待っていてくれているのでしょうか…?心配でしたが、一瞬で流れゆく車窓をいくつもの桜が掠めました。上越新新幹線、上越線と乗り換え、井野駅で下車しました。駅舎横の駅の敷地には濃いピンクに色づいた見事な桜がひっそりと、そして華やかに咲いていました。群馬総社駅。八木原駅。津久田駅。上越線沿線は駅で…、街で…、暖かな春の日差しで満たされ、桜も花盛りでした。「駅・桜旅」こちらもどうぞ2017年の富山「駅・桜旅」を今頃、記事にしてみる

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  • 31Mar
    • 福塩線・道上駅、農業倉庫と謎の古い建物

      福塩線駅巡りの旅の途上、道上駅停車中に車内から見た周辺の建物が妙に気になりました。時刻表で列車を確認すると予定を変更し、数駅過ぎた所で折り返し、道上駅で下車しました。道上駅はホーム1本に線路1線のいわゆる棒線駅で、ローカル線小駅の典型的な配線です。駅舎は無く、ホーム上には小さな上屋が付いた吹きさらしの待合所があるだけの無人駅です。しかし、福山駅から5駅目のためか住宅も多く、都市と田舎の境目のと言った雰囲気を漂わしています。レトロな農業倉庫今でこそ棒線駅ですが、隣には側線用ホーム跡がはっきりと残り、農業用倉庫が隣接しています。古びた木造の建物はどこか風格を感じさせます。鉄道貨物の全盛期は、田舎の駅には、たいていこんな農業倉庫があったのでしょう。何十年も昔は、この駅からも農産物が盛んに出荷されていったのでしょう。かつて貨車が入線していた側線跡は、今では舗装され自転車が自転車置き場にはちょうどいいスペースのようです。小駅ですが側線ホームは幅が広く、十分なスペースがあります。農業倉庫を反対の道路側から見てみました。漆喰の造りが垣間見え、「土蔵」という趣に満ち溢れています。木の柱には「みくに 化成肥料 一号」という、日産化学のホーロー看板(琺瑯看板)が残ったままでした。農業倉庫にふさわしい広告です。錆びつき劣化が進行していますが、それでも色艶を保っています。軒の柱は、切り出した木を完全に真っ直ぐに加工していなく、元々の形が残っているワイルドさ!農業倉庫の端からは側線ホームに続いている階段がありました。かつての駅との繋がりを感じさせます。駅前の謎の建物の正体は…そしてもう一つの気になったものが、駅を出てすぐの所のこの建物。古い土蔵をそのまま店舗にしたような建物です。しかし、木枠の窓や木の玄関が、洋風の雰囲気も醸し出す、不思議な建物です。周囲を見てみると、塀で囲まれた広いお屋敷の一角に、塀と続きでこの建物が建てられています。西の離れ、西口の玄関と言った感じです。玄関横に、昔見たことがあるような看板がありました。その看板には「明日のしあわせ 郵便局の 定額貯金」と…。郵便貯金の古い看板のようです。そう、この建物はかつて郵便局の局舎だったと思われます。土蔵に板張り、洋風の玄関というギャップを感じさせる建物は、年月を経て古び、えも言われぬ雰囲気を放っています。(広島県福山市神辺町字道上)

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プロフィール

Solano

性別:
女性
自己紹介:
鉄道旅行、特に駅巡りの旅が好き。木造駅舎をメインに、秘境駅、ローカル線、無人駅などを巡ります。駅前を...

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