まさし特派員の世界一周だより

人文系旅ブログ。自称特派員という無職に就職した僕が、世界の情報を書くという設定です。最近は世界の墓場がマイブーム。


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アフリカに行こうかと思ったのは、イスラエルから空路イスタンブールへ着いた時だった。
ベングリオン国際空港は常在戦場という言葉がピッタリのこの国らしい厳戒態勢で、先進国らしい豊かさと同時に、ピリピリと張り詰めた空気が漂っていたのだ。
だがイスタンブールの空港に降り立った時、僕は拍子抜けした。
空港職員の表情がイスラエルのそれとは正反対の、欠伸でもしそうな気の抜けた顔だったからだ。
その時僕は思った。ここからヨーロッパを抜けるまでしばらくは生ぬるい退屈な旅になるかもな、と。



長く旅をしていると、退屈と向き合うことになる。
最初のうちは見るものすべて新鮮でも、国を重ねるごとにどれもこれも同じように見え、飽きてくるのだ。感性の摩耗である。
バスに乗って移動というのは大体が疲れるものだし、しんどい思いをして知らない場所に行くストレスに耐えてまで、旅をする価値があるのか?
人によっては一か所にダラダラ長く留まる、つまり沈没することを選ぶ人もいる。僕には変な義務感があって、とにかく前に進もうと思っていたから長い沈没は経験しなかったけど、それでも無理していたのは事実で、グルジアで変なスイッチが入ってしまい、親を思って号泣してしまったのは、それが理由ではなかったかと思う。


まったく、日本での生活を投げ出してまで出てきた旅なのに、それに退屈してしまっているとは!
こんな普通じゃない経験をしているのに、あとはもう死ぬくらいしかやることがないんじゃないかという思い詰めた気持ちがあったのも事実なのだ。
だからとにかく、退屈から逃れなければならぬ。そのためには、多少の危険はあっても刺激的な場所に行かなければならぬ。もちろん危険はなるべく避けるべきではあるが、それ以上に退屈のほうを避けたいという倒錯が旅なのである。


その点、イスラエルという国は危険やトラブルもあったが、刺激的で退屈しない国だった。
ユダヤ人とパレスチナ人という隣人同士が敵意を表し合っているという状況が僕の想像を超えていたし、ヘブロンという街でイスラエルの警備兵をパレスチナ人が挑発するのを見たりもした。僕はこのヘブロンでイスラエル兵と住民の衝突が見られることを密かに期待して一人でうろつきまわったりしたのだが、(非常に不謹慎だけど)残念ながら遭遇することはできなかった。
だが、イスラエルに入る前は旅に疲れ切っていた僕が、イスラエルから出る頃にはすっかり元気になり、旅に対する興味を取り戻していたのである。重ねて非常に不謹慎なのだがこれは事実だ。


坂口安吾の「続堕落論」の中には、井戸端会議でおかみさんが「爆撃のない日は退屈ね」と言って笑われていたという記述があるが、僕はそこにも、旅と同じように、危険があっても退屈より刺激を求める心理を見るのだ。戦争も旅も日常が壊れ非日常が日常になり、感性が摩耗しどこかおかしくなる点では同じなのかもしれない。



同じく坂口安吾は、どの著作かは今思い出せないが、「戦争によって、私は求めていたものを得た」と書いているのが僕は昔から気になっていた。



安吾が得たものが何だったのか。
それを知りたくてなるべく戦争の匂いを感じられそうな国に行ったりした。
たがやはり、戦争の只中と、終わった後では違うとわかった。
これに関しては十分な答えが得られたとは言い難い。


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