在宅勤務をしながら暮らしています。
小学5年生の息子と
2年生の娘、夫、
そしてマルチワのナツと生活中。
このブログでは
手帳に書いていることや日常の小さな出来事、
40代になって感じる体や気持ちの変化などを
ゆるく綴っています。
ふと立ち止まって、自分の気持ちを見つめる時間
そんなきっかけになったらうれしいです。
最近、こんなこと思うことが増えた。
会社って、ある日突然壊れるわけじゃないんだなって。
ドラマみたいに大きな事件が起こるわけでもなくて。
会議室で怒号が飛び交うわけでもない。
むしろその逆で。
本当に静かに、少しずつ揺れ始める気がするんだよね![]()

小さな違和感から始まること
最初は、本当に小さなことだったりする。
「あれ?また言っていること変わった?」
トップが話すゴールが、
気づくと前と少し違っている。
でも、そのときはこう思うんだよね。
状況に合わせて変わることもあるよね
会社だって生き物みたいなものだし、
方向転換することもあるって思った。
だから私は、ずっと
「信じてみよう」って思ってきたんだよね。
でもね。
その「信じてみよう」が
何年も続くと、ふと心の中でこんな言葉が浮かぶ。
——あれ?
私たち、どこに向かっていたんだろう。
言葉は変わるのに、現実は何も変わらない
昨日大事だと言われたことが、
今日はもう話題にも出ない。
全力でやったプロジェクトが、
翌週には静かに消えていたりする。
そんな未来に、
本気で向き合うのって難しくなってくる気がするんだよね。
声が届かなくなる瞬間
もうひとつ、怖いなって思う瞬間がある。
それは、
誰も何も言わなくなるとき。
前は意見を言えば、
ちゃんと何かしら返ってきていた。
「ありがとう」
「検討します」
それだけでも、
ちゃんと循環している感じがあった。
でもある日から、
同じように話しても返事がない。
——あれ?聞こえてなかった?
最初はそう思う。
でも、同僚も同じことを感じていたとき、
なんとなく気づいてしまう。
あ、もう声は届かないんだなって。
強い反発があるわけじゃない。
怒りが爆発するわけでもない。
ただ、みんな静かに話すことをやめていく。
提案が減って、
改善も止まって。
それは反抗じゃなくて、
静かな諦めだったりするんだよね。
ユーザーが見えなくなるとき
そしてもうひとつ。
組織がズレ始めるときって、
ユーザーが見えなくなっている気がする。
気づくと、話の中心は
生活している人じゃなくて数字だけ。
数字を追うことが悪いわけじゃない。
でも、それだけになると何かが消えてしまう。
生活の温度とか、
小さな不便とか。
本当はそこに、ヒントがある気がするのに。
さらに怖いのは、
そこに決めつけが混ざるとき。
「女性はこういうもの」
「主婦はこう考える」
そんな言葉が出始めたとき、
少しずつ現実と離れていく感じがする。
崩壊は静かに始まる
トップのゴールが変わる。
声が届かなくなる。
ユーザーが見えなくなる。
どれも、小さな違和感に見える。
でもその小さな違和感が、
少しずつ積み重なるとどうなるんだろう。
期待が手放されて、
声が消えて、
働く意味が薄れていく。
組織って制度よりも、
人の気持ちで動いているのかもしれないなって思う。
そして心が離れたとき、
崩壊はもう始まっているのかもしれない。
もしかしたらこれは、
会社の話だけじゃないのかもしれないよね。
家庭でも、
人間関係でも。
小さな違和感を、
見ないふりしていないかなって。
そんなことを、ふと考えた日だったりする。
今日も小さな養生を🌿
journal
