在宅勤務をしながら暮らしています。
小学5年生の息子と
2年生の娘、夫、
そしてマルチワのナツと生活中。
このブログでは
手帳に書いていることや日常の小さな出来事、
40代になって感じる体や気持ちの変化などを
ゆるく綴っています。
ふと立ち止まって、自分の気持ちを見つめる時間
そんなきっかけになったらうれしいです。
最近こんな朝ない?
目を開けた瞬間に
「ああ、今日も仕事か…」って思ってしまう日。
体が動かないわけじゃないのに
胸の奥に、薄く張りついた重たい膜みたいなものがある感じ![]()
私、ここ最近ずっとそんな感じだったりする。

仕事も家のことも
やることはちゃんとやっている。
でも、心だけが一歩あとからついてくる感じ。
まるで少し遅れて歩いている自分を
後ろからぼんやり見ているような感覚っていうのかな。
40代に入ってから
体より先に心が疲れてしまう瞬間が増えた気がする。
そんな朝だったんだよね。
「今日は何もしない日にしようかな」
そう思って家を出た日。
ぼんやり過ごすのが得意じゃない私は
気づいたら、いつものお蕎麦屋さんに向かっていた。
ランチの時間でも
あのお店は静かなんだよね。
席に座ると
つゆの香ばしい香りと湯気がふわっと上がってきて
肩の力が少し抜ける感じがする。
結局、頼むのはいつも同じお蕎麦。
「またこれだな」って小さく笑ってしまった。
やっぱり
落ち着くのはいつもの味だったりする。
そして、お会計のとき。
顔なじみの店員さんが
ふっと私を見て言ったんだよね。
「いつもありがとうございます。」
──ただそれだけ。
本当にそれだけの言葉。
なのに、胸の奥がじんわり温かくなった気がした。
仕事では
頑張りが数字になることもあるけれど
誰にも気づかれずに消えていくこともある。
家では
妻だったり
母だったり。
どうしても「役割」が先に立つんだよね![]()
だからなのかもしれない。
「いつもありがとうございます」っていう言葉が
役割じゃない“私”を
そっと見てくれたような気がした。
お店を出る頃には
朝のあの重たい膜が
少し薄くなっていた気がしたんだよね。
帰り道でふと思った。
あの言葉が
どうしてあんなに沁みたんだろうって。
たぶん私は
「ちゃんと見てもらえること」を
求めていたのかもしれない。
派手な励ましじゃなくていい。
大きな言葉じゃなくてもいい。
ただ
「ちゃんと見ていますよ」っていう気配だけで
人の心ってこんなに軽くなるのかもしれない。
40代になって思うのは
疲れって大きな波じゃなくて
静かに積もるものだったりするってこと。
だからこそ
小さな言葉が、すごく沁みたりするんだよね![]()
最近、
誰かの何気ないひと言に
救われたことってある?
もしかしたら
私たちが欲しいのは
大きな励ましじゃなくて
小さな「気づいているよ」の言葉なのかもしれないね。
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