先日新聞に、北九州市が安川電機創始者安川敬一郎の邸宅「旧安川邸」を所有者から無償譲渡されることになったのを受けて、市は老朽化した洋館の解体・撤去を打ち出していたところ、専門家・有識者によりこの建物こそ歴史的価値を最も有していることから、保存すべきだとの意見が出たため、解体は凍結、今後利用方法を再検討するという記事が載っていました。

 

なんでも「旧安川邸整備・活用に関する懇話会」のなかで、洋館の文化財としての価値は、和館よりも時代性を現しすぐれているとの専門家の意見もあり、市が見直すこととなったとのことでした。

 

昨今は近代の歴史的資産が注目され、わが北九州市でも一昨年八幡製鉄所関連の近代化産業遺産が世界遺産に登録されました。大変喜ばしいことで、一市民として感激したのを思い出します。

 

しかし、北九州市は近代の産業遺産だけが優れているわけではありません。

 

なんと、1800年もの昔の弥生時代後期、城野遺跡では九州の他県に先駆けて、石製装飾品の最高工芸品であり、また交易品である玉作りを行っていた工房が見つかっているのです。

 

この遺跡も、北九州市は一旦現地保存の上整備活用するという方針を出しながら、土地取得の問題で国と折り合いが付かず、結局、民間業者に売却されてしまいました。

 

当時の経緯や事情は色々あると思いますが、市が一旦決定し公表した安川邸の取り扱いについて、「懇話会」での専門家や関係者の意見をかんがみ、軌道修正されたことに対し、私たち「すすめる会」は大いに評価致します。そこには、いただいた歴史的建造物をどう生かすのが北九州市にとって最良か、という視点が感じられるからです。

 

私たち日常の生活でも、物事を決定してゆく道筋には様々な要素が加味されることで、当初の予定から変更を余儀なくされ、その時の最前の方向を模索して進めていきますよね。その点、一旦立ち止まり、安川邸洋館の整備・活用方法を考えるのは極めて懸命な判断だったと評価できます。

 

だったら、この城野遺跡、一旦民間に売却されてしまったけれども、やはり北九州市にとって重要な歴史的遺産なのだから、これを整備・活用して市民が集い、憩える遺跡公園にする、現在の方針を変更する、という選択肢を選んでもいいのではないでしょうか。

 

確かに、お金はかかりますが、その資産価値、波及効果、市民賛同、地域環境、まちづくり貢献、避難場所の確保など、どれをとっても先行投資する価値はあるのではないでしょうか。

 

北橋市長にとって、邪馬台国時代に確実に存在した城野遺跡の存在は、あなただけでなく、北九州市民だれもが大切に思える力を持っているのです。

 

今は解明できなくても、将来解明できるように、そこに残しておくことの重要性に気づいてほしいのです。

 

1800年前(邪馬台国時代)の貴重な歴史が刻まれた城野遺跡を「九州最大規模の方形周溝墓と朱塗り石棺のある遺跡公園へ」「北九州市で初めての本格的な遺跡公園へ」と、今、9月議会に向けて市議会あて署名に取り組んでいます。一次締め切りは9月23日です。その後も、審査される委員会(教育文化常任委員会)まで一人でも多く積み上げていきます。

 

みなさんのご協力を心よりお願い致します。

 

 
 
 
 
↓2016.9.8付西日本新聞
 
 
↓1996.2.9付朝日新聞