とても久しぶりに“アメブロ”を開きました!
なんと2年以上も放ったらかしにしていました!!
なんてこった!パンナコッタ!!

昨年の新制作「ロミオとジュリエット」のことや、今年の新企画となった「ジョウくんとメルヘンのおくりもの」開幕のこと…

毎日続けているインスタライブ「とにかく10時の生配信」改め「とにかく“毎日”生配信」が通算で連続1,200日を迎えようとしていることなど…

ここに書きたいことは山程あるのですが、とりいそぎ、このコラムをどうしても今日載せたい!!

“とに生”こと「とにかく“毎日”生配信」で登場した、“マジョリカさん”の話題。このマジョリカさんとの思い出については、当時の記憶をしっかりと書き記しておかねば!という衝動に駆られ、昨日の「夜更かし配信」の後、夜なべしてこの原稿を書きました。少し長い文章ですが、ぜひ最後までお読みいただけると幸いです。

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●特別コラム
『マジョリカさんの思い出』

“お泊まり会”は、子どもにとって初めて味わう魅惑的な体験であり、とても特別なものなのかもしれない。それが幼少期ならなおさらだ。まさしく、非日常という「特別」が凝縮された一夜になる。

そんな“お泊まり会”の洗礼を受けたのは、私が保育園の年長クラスだった夏のこと。

円山北町保育園「ぞう組」恒例の“お泊まり会”。皆で夕食をつくり、銭湯に行き、花火をして、皆で眠る。

それだけでも十分に特別な非日常だが、私には、この“お泊まり会”を生涯忘れることのできない出来事にした、もうひとつの特別な体験がある。

それが、“マジョリカさん”との面会だ。

花火の前の恒例イベントとして、この園で受け継がれてきたらしい。

普段は遊具が仕舞われている仮設倉庫が肝試し会場となる。いつもとは違う雰囲気の扉を開けて中に入ると、そこは“マジョリカさん”の世界。その空間に園児がひとりずつ入り、マジョリカさんと面会をしてお話をするという、幼児にとっては命懸けとも思える肝試しイベントだった。

マジョリカさんの噂は年中クラスの「くま組」時代から聞かされる。先輩「ぞう組」園児の体験談を夢中になって聞いたり、保育士さんも揃って楽しそうに“マジョリカさん”の話をする。

マジョリカさんの姿が記録された「貴重映像」と呼ばれるVHSビデオを、ドキドキしながら鑑賞したこともあった。今思えばその映像もとても良くできていた。不気味なほどに画質の粗い白黒映像。動画としても、園児がギリギリ耐えられる絶妙な短さだった。

「アタシの顔が見たいかい?アタシはこんな顔をしてるんだよ…よくご覧…」と言いながらマジョリカさんが両手で前髪をかき上げたところで映像は終わる。

既にマジョリカさんとの面会を経験している先輩「ぞう組」園児はその映像を見ながら、あれやこれやと後輩園児に説明をしてくれる。それを説明する先輩園児の誇らしげな話し方がまた魅力的だった。

そして遂に自分がマジョリカさんと面会する日がやって来る。

年長クラス「ぞう組」お泊まり会。

マジョリカさんとの面会には素晴らしい特典があった。マジョリカさんとお話をすると、マジョリカペンダントを授けてもらえるのだ。このマジョリカペンダントは「くま組」時代からの憧れだった。お泊まり会を終えた先輩「ぞう組」園児が、お泊まり会の後も“これ見よがし”にそのペンダントを首から下げていたのだ。

これが実にクオリティの高いペンダントで、フェルト人形のキュートなマジョリカさんに星の形の1枚の小さなスパンコールが縫い付けられていた。

その星の色は人形それぞれによって異なる色だった。その色違いを見比べながら、それぞれのマジョリカさんとの思い出に、個別のドラマがあるように感じる高揚感さえあった。

そんな憧れのペンダントを遂に自分も首からぶら下げられる日が来るなんて!!

ひとりで不気味なマジョリカ部屋に入る恐怖よりも、ペンダントゲットへの野心が勝り、不思議と勇気が湧いてきた。

そして…
いざ!入室!
本当にひとりで入るのです。
5〜6歳の幼児が、誰もいない暗い部屋へ入り、これまで会ったこともない“マジョリカさん”に対面する。ドアを開ければすぐにマジョリカさんがいるというわけではない…。ここにも、巧みな仕掛けが用意されていた。

野外にある横長な仮設倉庫の左端に扉があり、その扉の先に“マジョリカさん”がいるわけだが、すぐにマジョリカさんに会うことはできない。

扉を開けるとまずは壁が迫る。
普段は乱雑に遊具が置かれているはずの室内が簾(すだれ)で覆われ壁となり、右へ進む以外の選択肢が与えられない。

心臓をバクバクさせながら、廊下となった細い道をひたすら前に進む。簾の壁にはありとあらゆるホラー装飾が施されていた。忘れられないのは「一つ目のカラ傘お化け」の人形で、ベロンと飛び出た舌の色まで今も脳裏に焼き付いている。そんな装飾を見ては凍りつくように立ち止まるが、早くミッションを果たしたい!という情熱が足を前に進める。

突き当たりを左に曲がれば、そこには“マジョリカさん”がいるだろう…。そのくらいの想像を掻き立てる照明の演出も絶妙で、いかにもそこに“マジョリカさん”がいるだろうという光が壁を照らしている。

その光に導かれるように、突き当たりを左に曲がり、そろりそろりと…その先の突き当たりを目指す。その突き当たりには明らかに“人の気配”…マジョリカ!

レースのような暖簾(のれん)を隔てた向こうに、マジョリカさんはいた。

「よく来たね…。お名前は?」

と言うマジョリカさんからの問いかけに、私は声を震わせながらも精一杯に自己紹介をする。

名前をしこたま褒めてくれた後、マジョリカさんは将来の夢を聞いてくる。ここから先の記憶は曖昧で、私は完全にパニック状態だった。話を終えると、マジョリカさんは手前のテーブルを指差し「好きなペンダントを持ち帰りなさい。」と優しく声を掛けてくれる。

どのペンダントが好みかなど考える余裕もなく、一番上に積み上がっていたペンダントを手に取りながら…

「コレをもらっても良いですか?」

と言ったのを覚えている。

「良いのを選んだね…持っていきなさい。」と、優しく声を掛けられながら、そのペンダントを手に取り、私はマジョリカ部屋を後にした。

ドアを開けると、保育士さんが奇跡を目の当たりにするような面持ちで私を歓迎してくれた。そのときの外の温度、匂い、空の色さえも記憶に残っている。

その後、園児らは全員が誇らしげにマジョリカペンダントを首から下げていた。大人の階段を少しだけ登り、皆、勇者になったかのようだった。

マジョリカ部屋に入るときには泣き叫ぶ子どももいた。けれど皆、マジョリカ部屋を出るときの表情は晴れやかだった。

マジョリカペンダントを皆で首からぶら下げながら、共に手持ち花火をした思い出は忘れられない。その後、園長先生が点火してくれる打ち上げ花火をワクワクしながら見守った記憶も鮮明に焼き付いている。

ペンダントの紐の部分は白い毛糸だった。
その後、毎日のようにぶら下げていたマジョリカペンダントの毛糸の質感。小学校入学後も部屋に飾り続けたマジョリカペンダントの佇まい、紫色の星のスパンコールの輝きがいつまでも記憶に寄り添っている。

幼い頃のたった数分間の体験ながら、記憶を彩る至極の出来事として今なお、度々思い出しては心を躍らせている。

思えば、実に贅沢な没入型演劇体験をさせてもらったのだな…と、当時の園の先生方に感謝の気持ちが高まるばかりだ。

子どもたちの心を育むために、全力でこの体験をつくってくださった大人たちがいたことを、文章に残しておきたい。そんな思いで、記憶の限りを尽くして記してみた。

我々にできることは何か…。

あの日々の大人たちが子どもたちに贈ってくれたものを受け継ぎ、我々にできる形で次の世代へと渡していくことなのだろう。

そんなことを、マジョリカさんとの思い出を振り返りながら考えた。

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コラムは以上です。

写真が何も無いのも寂しいので、アメブロにまだ載せて居ない「ロミオとジュリエット」の舞台写真を!

萩原麻未さんのピアノ演奏が本当に素晴らしく、神々しいものがありました。

チェリストの宮田大さんは「選曲担当」としてスタッフ参加をしてくださいました。この選曲がまたお見事で…。

黒衣(くろこ)の“ごずちゃん”こと牛頭奈織美さん
“あらいちゃん”こと新井彩冬実さん
2人の立ち居振る舞いがまた美しいこと…。

クリエイティブチームの皆様の仕事はどれも感動的で、奇跡のようなカンパニーでした。演出部の皆々様、テクニカルスタッフの皆々様の細やかな仕事っぷりにも感動でした。主催の東京文化会館さんの取り組みに、心より感謝申し上げます。

東京文化会館は現在、大規模改修工事中。
歴史的な文化拠点に新たな風が吹きそうですね。

マジョリカさんとの思い出が、こうして現在の創作活動に繋がっています。

全ての出逢いに…ありがとう!!






ぜひまた再演したい作品です。
叶いますように…。