「毛皮のマリー人形劇版」誕生の経緯。

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新国立劇場での
「女」三部作 一挙上演

開幕を来週末に控え、各作品のメイキングや見どころをお届けしております。

「王女メディアの物語」の美術制作メイキングは全18弾に渡ってお届けしました!沢山ございますが、ぜひご一読を!


昨日は「はなれ瞽女おりん」の魅力を。


そして今日は…

この「女」三部作 一挙上演の最終日を飾る…
「毛皮のマリー」の魅力と、誕生の経緯をお話いたします。


「女」三部作…と言いつつも、マリーさんの実際の性別は男性です。産まれたときは男の子でした。それが何故、女装をして生きるようになったのか…。その壮絶な過去については、物語の後半、マリーさんの口からじっくり語られます。





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今回の…「女」三部作 一挙上演

1日目は「王女メディアの物語」、

2日目は、「はなれ瞽女おりん」ですが…

3日目の「毛皮のマリー」、先に上演される2つの作品と大きく異なる演出がございます。


それが、「毛皮のマリー」の最大の特徴かもしれません。

その異なる点とは…


劇中、音楽を一切使用しません。
そして、休憩は一度も入りません。
黒衣(くろこ)さんも居ません。

使う人形や小道具は極めて簡素なものです。


私は舞台の袖に一度も引っ込むことなく、約2時間、出ずっぱりで演じ続けます。


「毛皮のマリー」は、舞台が始まると、もう全くもって逃げ場が無いのです。この緊張感がたまりません。



冒頭は、手を使って表現する蝶々の演出で始まった後…寺山修司さんの台本をおもむろに読み始めるところから始まります。


この舞台では、台本上に書かれた「ト書き」も全て台詞として舞台に組み込まれています。


本来は、舞台では声に出して読まれることのない部分…

寺山修司さんのト書きが、あまりにも詩的で、まるで音楽…。寺山修司さんの美しい文学世界にどっぷりと浸っていただける演出です。


劇を観たお客様の感想でよく耳にするのが…音楽が聞こえていた…言われなきゃ音楽がないことに気がつかなかった…という声。戯曲があまりにも素晴らしいため、まるで音楽が聴こえてくるようなのです。


劇中、いくつかのア・カペラの歌や、効果音的なものを口で出したりはしますが、所謂、SEと呼ばれるものは劇中は一切存在しません。ひとつひとつの宝石のような言葉をじっくりと拾い集めながら芝居を進める感じです。



原作戯曲は、寺山修司さんが美輪明宏さんに当てて書かれたもので、1967年に初演されました。新宿文化センターでの伝説の公演として、今も語り継がれています。近年でも、美輪明宏さんご自身の演出による上演が行われております。美輪明宏さん演出による「毛皮のマリー」は、美輪さん独自の解釈により、終幕部分が新たに書き変えられています。寺山さんご本人に、好きにやってもらって良いですよ…と言われていたそうです…。



今回の人形劇版はというと…

ほぼ一語一句、寺山修司さんの戯曲の言葉、そのままに演じています。ほんの一部だけ、観客に伝わりやすくするために言葉を付け加えている部分はありますが、基本的には原作のままです。


この台本の言葉が…

何度も言いますが…


素晴らしいのです。





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「毛皮のマリー」の主なテーマは、母と息子の愛憎です。

親子関係にまつわる永遠の問いかけが随所に散りばめられ、ラストシーンでは極めて考えさせられる展開となります。


劇の冒頭から登場する、美少年の「欣也(きんや)」18歳…

マリーは欣也を自宅の部屋に閉じ込め、監禁しながら育てています。

欣也を閉じ込めてまで育てることになった経緯は劇の後半で語られるのでここでは伏せておきましょう。


欣也の他にも、マリーに忠実な下男も冒頭から登場します。

マリーの外出中、夜な夜なこっそりと女装を始める下男のシーンはなんとも危険な香りがする不思議な場面です。





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欣也を誘惑する美少女の紋白も魅力的なキャラクターです。こちらは小さな人形で表現されています。単純な造りですが、とてもよく動く人形です。彼女の衝撃的な運命の末路は舞台でご覧いただきましょう。





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マリーが外から連れて来た男…水夫(マドロス)は、劇後半になくてはならない存在です。

トルソーで表現しました。
お顔は…、あなたの思う一番良い男をここに想像してください。


そのほか、マリーをひたすら賛美する2人の詩人、6人の美女の亡霊など、魅惑的なキャラクターが次々と登場します。



…と、ざっくり人物を紹介したところで…、この人形劇版の生まれた頃のお話を…、





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今から14年前のノートを発掘…

2003年の初め頃、私が21歳のときでした。

当時、寺山修司さんのお母様(寺山ハツさん)が住んでいたお宅に下宿をしていた私。そのお家は、寺山ハツさん亡き後、寺山修司さんの義弟である森崎偏陸(へんりく)さんが管理をされていました。



では、このお宅に下宿をすることになったきっかけに遡りましょう…



私が9歳のとき、当時小学4年生、もうすぐ10歳…という頃、私はある映画に子役として出演をしました。

パルコ配給の「プ」という映画です。

主演は佐藤浩市さん。(佐藤浩市さん、現場でもとても優しく、待ち時間はずっと、子どもの私の話し相手をしてくださっていました。忘れられない思い出です。)

ロケは主に北海道と伊豆でした。

山崎幹夫監督が、北海道在住の子どもを起用したい…と、子役オーディションが札幌で行われました。

演じることや人形劇こそ好きではありましたが、映像での演技経験など全くありません。しかしながら、とにかく演じることが大好きだった私は、緊張しながらも、希望に胸を膨らませながらオーディションを受けました。

待合室に居るのは事務所に所属しているような子ばかりで、自分に勝ち目はない?…と思いました。けれども、オーディションはとにかく真剣に臨みました。と言うよりも、見たことのない世界になんだかとにかくワクワクしていたのを覚えています。

鳥かイルカ、生まれ変わるならどっち?その理由は?…など、オーディションの面接中、大人の人達に聞かれる質問が面白く、またそのほかにも、これをやってみて、あれをやってみて…という指示も、何もかもが自分にとっては刺激的な体験でした。

3つのパイプ椅子の周りをこんな風に歩いてこっちに行ったら今度はこっちに行って…など、それを覚えてすぐにその場でやる。

それが終わると次はけん玉…。大きな大人達に囲まれながら、やったこともないけん玉をする。とても緊張しました。全くもってうまくできなかった私…

9歳の無知なジョウくんは帰宅後、…けん玉が一度も成功しなかったからオーディションは落ちた!…と母に言いました。すっかり落ち込んでいたのです。

母は言います。…けん玉の出来る出来ないじゃないのよ。あなたの集中力を見てたのよ。

それを聴いても不安だらけな9歳のジョウくん、…生まれ変わったらイルカか鳥どっちって聞かれて鳥って言っちゃったの。正解はイルカだったんじゃないかなあ?オーディション落ちたかなあ?

母は言います。…あなたがどれだけ素直なのかを確かめたかったのよ。答えはどっちでも良いの。答え方がどうだったかを見てたのよ。



母はよくぞ私の落ち込みに付き合ってくれたものです。



そして、オーディションにはおかげさまで合格。数ヶ月後、夕張での撮影が始まりました。


ここから先は箇条書きにして話を早く進めます!

・このときこの映画で助監督をされていたのが森崎偏陸さん
・色々あって映画はいったん撮影中止に
・2年後、撮影再開
・偏陸さんとも再会
・映画完成
・偏陸さんに今すぐの上京を進められる
    人形劇を本格的に始めていた私
    全国一人形劇が盛んな北海道
    人形劇をもう少し続けたい
    ひとまず、小6での上京を見送る
・中・高、北海道で人形劇に没頭する
・札幌の定時制高校を卒業
・19歳で上京→偏陸さんが下宿させてくれる。



はい、話が繋がり戻りました!

そういうわけなのです。



こうして、高校を卒業した私は偏陸さんのお家(寺山ハツさんのかつてのお家)に下宿をさせていただき、お世話になるのです。


小学生のとき、映画のアフレコ(声の吹き込み)の仕事などで東京に来た際、偏陸さんのお宅に伺うこともありました。その頃から、お宅にあった寺山ハツさんの遺影がとても好きでした。知らない人の遺影なんてむしろ怖がっていた小学生のジョウくんですが、何故か、寺山ハツさんの遺影は見ているとホッとするものがあり、その遺影のある部屋に行きたがる程でした。このお宅に下宿する様になった頃は、なんだか故郷に戻る様な不思議な安心感がありました。



そんな偏陸さんのお宅でお世話になりながら創作活動を2年程続けた後…、偏陸さんのお宅で、1冊の戯曲と出会います。


それが「毛皮のマリー」でした。


寺山修司さんの本に囲まれて生活をしていたのに、寺山さんの本に見向きもしなかった19歳,20歳の頃…。しかし、この「毛皮のマリー」には、何故か吸い寄せられました。「毛皮のマリー」というタイトルが発する不思議な匂いのようなものに惹かれる感じでした。


読み始めた私は大変なことになってしまいました。ジェットコースターに乗っているような感覚になりました。これを「ひとり人形劇」に演出してみたい!!

そしてすぐに大学ノートを開いて描き殴ったのがこのスケッチなのです。


早速、偏陸さんに相談すると…「うん、…面白いかもしれない…。」と返答。

当時、寺山さんの作品の版権を管理されていた九条今日子さんを偏陸さんにご紹介いただき、快く許諾をいただきました。そして、その年の年末、沢山の方々にお世話になりながら、ギャラリーで初演を迎えた…というわけです。


その年は、寺山修司没後20年の年でした。


年末年始の2ヶ月に渡る上演。
前半は観客が数名という日々が続きましたが、後半は口コミに助けられ、会場の外には行列も出来、立ち見も出る程でした。


「大人の人形劇」という活動に、しばし諦めの気持ちを抱いていた私に希望の光を見せてくれたのがこの「毛皮のマリー」なのです。


その後、この「毛皮のマリー人形劇版」は各地で上演され、2011年からは新国立劇場でも度々上演させていただいております。

長く上演をしていると、昔では到底見えなかったものが色々と見えてきます。時にそれは、恐ろしい波の様に押し寄せてきたり、そっと忍び寄ってきたり…。


自分の成長が如実に反映される舞台…

それが…

「毛皮のマリー」なのです。




初演の頃、欣也の設定年齢と差ほど変わらなかった私の実年齢は、現在、マリーの設定年齢に近付こうとしています。今になってようやくお見せ出来る表現があります。生きてて良かった…。





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こちらは当時描いた毛皮のマリーのデザイン画です。自分の生き様を全うする彼女の人間性を表すべく、最初の殴り書きのスケッチからこの様に変化しました。

水夫は当初は顔ありのプランでした。そこから無駄が削ぎ落とされ、マネキンプランから、トルソーのみとなりました。


原作にある下男の蝋燭の演出も、当初は実際の蝋燭を使う予定でした。しかし、監修を務めてくださった偏陸さんに…蝋燭使わなくていいよ、ジョウくんの手で蝋燭表現出来るでしょ…と言われ、小道具の類いは極力減らされてゆきました。


ことき偏陸さんに言われた言葉は今も私の表現スタイルの肝となっています…


「ひとり芝居は引き算の芸術なんだよ。引き算すればするほど、観客の想像力が入り込んで足し算が生まれるんだよ。余計なものは何も要らない。必要なのは表現力。それが演劇。それが役者。」





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「毛皮のマリー」後半の壮絶な場面は劇場でお楽しみいただくことにしましょう。





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ご来場、お待ちしております。




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公演情報
詳しくは…
をご覧ください。




人形劇俳優 たいらじょうの世界
「女」三部作 一挙上演
於:新国立劇場 小劇場

開幕まであと…8日!


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