目覚めの予備段階で否応なしに訪れる『命の執着』に対する手放し
それが出来なければ【目覚め】には至れぬ
ゆえに目覚めたものは一目でわかる
『命の大切さ』は【魂】の目から見た大切さ
それが出来なければ【自己実現】には至れない
そしてさらに
【神】の目から見た大切さ
それがなければ【お役目】には至れない
慾が穢れているのは
慾を発する心が曇っているから
心が曇っているのは
自分に対する『情け』の水ゆえ
その曇りを晴らすため
『命の執着』を手放す
されどそれは
心に【魂】の光が現れねばかなわぬ
身の心は【情け心】
魂の心は【愛の心】
魂に目覚めた者は
【魂】の尊さに目覚める
ゆえに【魂の心】を尊ぶ
そして
『魂の乗り物』としての
『命の大切さ』を知る
その【魂】は何を欲しているか?
それを『身の心』で見れば再び曇り
『慾』は穢れる
【魂】の欲求は
『魂の心』で見なければならない
だから一度『命の執着』から離れる
それは魂の『第一の要求』
それに逆らえば再び『夢の中』
目覚めることは無い
『命の執着』から離れて自らの心を見れば
その真ん中に灯る『火明り』
その『火明り』が【神心】
神と魂を繋ぐ真っすぐな【縦糸】
【厳の聖母】から真っすぐに繋がる『へその緒』
その【神心】に気付かねば
【お役目】には至れぬ
自らが持って生まれ来た
【お役目】には至れぬ
【神心】の『お役目』があるから
【魂】の『自己実現』があり
だからこそ
【命の大切】がわかる
【命】を尊ぶとき
【魂】も尊ばれ
【神】も尊ばれる
それが
天上天下唯我独尊
三界(天上天下)真っすぐに繋がるからこそ
天下の我を尊ぶとき
天上の我も尊ばれる
三界(天上天下)の【我】が一致した
ただ我ひとりを尊べば(唯我独尊)
宇宙にあるものすべてが尊い
ゆえにこの身は神の手足
神の道具となるもの
この世を彩る一本の糸
使わねば意味は無し
『命の大切』は
『命を使う大切』
【命】とは
【神】のひとつの【顕れ】そのもの
神が仏と顕れる
神が霊と顕れる
神が人と顕れる
神が木々と顕れる
すべては【神の顕れ】
その身に【神心】の霊を顕すか
【身心】の霊(蛭子)を顕すか
一目瞭然の分かれ道
『命の大切』の分かれ道
【神懸かり】と【獣懸かり】の分かれ道
進む道は【自由】である
【魂のイワトアケ】 龍神会【奥宮】
Yuragi Zero ーSaraki 【沙羅樹】
龍人和合 『魂結-Tamayui-』