人が「正しさ」でジャッジをするとき・・・
それは「正しさ」に逃げ込んでいる場合がある
人を傷つけたなら
そこには正しいとか間違っているとか
そんなものはどうでもいい
「自分は間違っていない」
そんな正しさの鎧を着込んだところで
人を傷つけた事実は変わらない
「いきなり飛び出してきたから私は悪くない」
そんなことを言う交通事故の加害者と同じである
大事なのは、傷つけた「理由」でもなければ、傷つけたという事実でもない
相手が確かに「傷ついた」という事実から逃げないこと
そして、傷を癒すにはどうしたらいいか?ということ
正義でなく
責任でなく
評価でなく
ただ「想い」が大切なだけ
誰もがその想いを持つ
でも逃げる・・・
そして「正義の鎧」を着込む
人の目を欺くために
自分も欺く・・・
自分の「想い」に誠実であれ・・・