大五郎通信 15

テーマ:

 

 

 

夕方、保育園のお迎えに私が行っているあいだ、

冬休み中の娘(小1)が、ばあちゃんのお手伝いをする、

と言って、大五郎を玄関内のケージに入れるのを手伝ってくれていたようなのです。

庭から玄関までの数メートルのあいだに、外遊びの遊具が落ちていたらしく、

ばあちゃんがその遊具をよけようと引きずった拍子に「ずるずる」という大きな音が出て、

音に驚いた大五郎はすごい強さでワイヤーリードをつけたまま家から逃げ出したとのことでした。  

おもちゃをよけるためにばあちゃんは一時的に娘にワイヤーリードを預けていたらしく、

娘もリードを一重に手に巻きつけていたようなのですが、

それを振り切って走り去ったとのことでした。

自分の不注意でこんなことになってしまって、とばあちゃんも娘もとても落ち込んでいました。

 

大五郎が逃げたとの報を私は保育園の迎えの途中で聞き、

園児2人を載せたその足で、いつもの散歩コースに車でかけつけると、

ばあちゃんと娘がすでに自転車で捜索に来ていて、

「さっき、あの場所を歩いてた。呼んだらこちらを見たけど、走って行ってしまった」

と。

そのあと、1時間ほどかけて自転車で手分けして探し、

帰宅した父さんも6時くらいまで軽トラで回ってくれましたが

見つけることができませんでした。

 

夜になり、玄関のケージの中に大五郎がいないという現実に、

家族みんなが心の中がからっぽになった気持ちでごはんを食べました。

外の小屋にもしかして帰っているかもしれないと思い、

何度も外に見に行ったりしましたが、残念ながら戻っていず。

とくにばあちゃんは、自分の不注意でという気持ちが強く、

相当にこたえていたようです。

 

私は、夏ごろに、2歳の男の子が海に行く途中で数メートルの場所にある祖父宅に戻って、

その途中で行方不明になってしまった件を思い出していました。

スーパーボランティアの元気なおじさんが山の中で見つけてくれたあの出来事です。

わが家は大五郎がいなくなって、こんなふうに懸命に探したり、心配したり、

なんとも言葉にしがたいこの気持ちでいて、

じっさいに、人間の子どもが行方知れずになって夜になってしまったら、

家族はご飯も水ものどを通らないだろう、と思いました。

 

娘は、寝る前に私に、

「だいちゃんがいなくなって、だいちゃんのことばかり考えていたら、

 わたし、どれだけだいちゃんのことすきなんだろう、ってはじめて思った」

と話してくれました。

「それがわかっただけで、じゅうぶんいいよ。だいちゃんきっと見つかるよ」

と言うと、娘はうなづいていました。

ふだん、大五郎には恐れられているやんちゃな四番目(3歳)も、

「だいちゃん、早くかえってきてほしいね」

と何度も言っていました。

とくに、普段から良く世話をしている長男(小4)と3番目(5歳)は

とてもさびしかったようで、

「だいちゃん、今ごろ何しているんだろうなあ・・・」

「だいちゃん、帰ってこないといやだなあ。かなしいねえ」

と口ぐちに言っていました。

長男はさすがに10歳なだけあって

「1ヵ月ちょっと(一緒に暮らしていたの)だってこんなにさびしいんだもん、

 長年飼っていた犬で、ついにおじいさんになって死んだってなったら、

 こたえるよね。小屋の中に、いつもいたのがいないってのはね」

と言ったので、

”犬がいる”というそのことそのものが、自分にとってどういうことなのか、

しっかり感じてくれているな、大五郎に感謝だな、と親の私は思いました。

 

夜中、私は大五郎が「ワン!」と啼いたような気がして3度目が覚め、

醒めては眠るたびに、庭に大五郎がきょとんとした顔で戻っているという夢を見ました。

そうしたら朝、父さんも

「おれ、夜中に大五郎が啼いたような気がして何回も目が覚めた」

と言って起きてきました。

朝にっても庭に戻っていないのを確認すると父さんは軽トラで捜索に出かけました。

すると、いつもの散歩コースでいつもしているみたいにくんくんと道を嗅いで歩いている大五郎をすぐに発見したそうです。

おやつを見せて名前を呼ぶもチラリと一瞥しただけで、

すぐに別の方向へ走って行ってしまったとのこと。

父さんもここで逃してはなるまいと必死で追いかけ(追いかけるのは良くなかったと思いますが・・・)

大五郎は走って逃げ・・・・

父さんは追いかけ、

と何度も繰り返し、

盛大な追いかけっこの末に

(父さんは当たり前ですが自分の足では間に合わなくて、軽トラに乗り換えて追いかけたそうで・・・

 大五郎の足の速さはすごくて、時速30kmも出ていたのでは、とあとから父さんが振り返っていましたが)

大五郎は時速30kmで全力疾走し走り疲れた末に、

露地栽培のレタスだか何かのトンネル(かまぼこ型のビニール)の間に入り、身をひそめていたそうです。

トンネルと言っても高さは大人のひざ丈程度ですから、耳は見えていて、

そこから父さんは私に電話をかけ場所を説明し、

「いま、そこの露地畑のトンネルで大五郎とにらみ合いをしてるから、

 反対側から母さんが来てくれたら、大五郎をあっちとこっちで挟んで捕まえられると思う。来てくれ」

と。

私は、大五郎の好物のササミ巻きジャーキーをひっつかんで現場へ。

すると、白い露地トンネルのはざまに確かに大五郎の耳が見えました。

驚かせて逃げてしまったら元も子もないと思い、

「だいちゃ~ん、おはよ~ 今日はさむいね~」

とできるだけいつも通りの声のトーンで話しかけたところ、

トンネルのところから「おや?」と耳が動き、そのあと大五郎の顔がにょきっと見えました。

大五郎の表情が見えたときに、警戒している感じではなくて、

『あ、おかあさんだ~』

という顔と耳の動きをしたので、私はなるべくゆっくり、そっと寄って行き、

「だい、ジャーキーあげるね~。昨日、ご飯たべてないもんね~」

と8mくらいの距離のところで呼びました。

父さんがそっとその場を離れるのを大五郎はさっと警戒して見逃さなかったのですが、

父さんが離れたのを見計らって、私のところへ歩いてトコトコ寄ってきてくれ、

そのまま、リードを掴むことができました。

はああああ~~~~~~よかったああああああ~~~

 

大五郎は、ジャーキーを口で受け取ったあとも、

よほど緊張していたのか、その場では食べることなく、

くわえては落とし、くわえては落とししていました。

案外と車にはすんなり乗ってくれ、

家に着くと、自分で玄関のケージの中へ入っていきました。

お腹もすいているだろうと思ってドライフードを置いたら、ものすごい勢いで食べました。

 

 

 

どうも、夜通しウロウロ遊んでいたのか、もしくは父さんとの追いかけっこが相当こたえたのか、

写真のとおり眠そうな顔で半日ほどケージの奥でうずくまっていた大五郎。

夕方、散歩に連れ出すと、いつもは大はしゃぎなのにこの日ばかりは私のほうが歩くのが早いくらいで、

『おかあさん、おれはそんな気分じゃないんだよねー・・・』というリアクション。

歩きながらもあくびばかり。

「だいちゃん、疲れているの?徹夜で遊んでた?」

と話しかけたら、

じっと私の顔を見て、耳だけは動いておりました。

 

 

このたびは本当にお騒がせし、スタッフのみなさまにもご心配とご迷惑をおかけしまして心からお詫び申し上げます。

 

大五郎の逃走で、私もほんとうにいろいろ考えさせられました。

犬が自然の中で、なににもとらわれず、ひとえに「動物」として生きることができるとしたら

それはじっさいいちばん幸せなんだろうな、と感じもしました。

アフリカのゾウやチーター、

ヨーロッパの森のリスやウサギ、

そういう動物みたいに、命のまっとうのためだけに、生きる。

人間だって、ゲゲゲの鬼太郎じゃありませんが、”試験もなんにもない”ほうがいい。

会社も仕事もないほうが、いい。

でも、人間社会はそうはいかない。

よくよく考えたら、人間が、犬があるがままに生きるのをさまたげているのかな・・・・

などなど、ほんとうに、哲学的な気持ちで色々と考えさせられました。

しかし、最終的にやっぱり、

今は江戸時代でも昭和初期でもないのだし、繋がれずに自由に暮らすことは不可能で、

大五郎はこの現代で、この土地で、私たち家族と暮らしていくということになったのだから、

家族として、おしみなくみんなで”だいちゃん大好きだよ”って伝えていきたい、

それで、”飼い犬としてしあわせだ”と大五郎に少しでも感じてもらえるなら、

”飼い主としてしあわせだ”と私自身も思えるんじゃないか・・・と。

もちろん、私は飼い主としてじゅうぶん今も幸せです。

大五郎がいてくれることが幸せです。

 

 

 

文責、サッシーさん。  転載、こおり