ふと見ておりました落語のTV放送。
五街道雲助師匠による「菊江の仏壇」という噺はどうやら昨今珍しい演目だったようです。
あまり取り上げられない作品ということは、今のご時世には馴染まないとか、
はっきりと面白くないとか、それなりの理由があって廃れていったものと思うところながら、
この「菊江の仏壇」が演じらないのは「難しいから」というのが理由であるらしいのですな。
登場人物が多く、それぞれの心理描写を演じ分け、そうした話に元々笑いが少ないので
下手をうつとただだらだらした噺になってしまうといったことでもありましょうか。
Wikipediaには「妻を亡くした若旦那が豪遊するという、描写が賛否を分けることもあり、
近年は殆ど寄席や落語会で演じられることはないという」との記載もありましたけれど、
今回聴いた雲助師匠による語りはそうした点に独自のアレンジを加えてあったのか、
およそ賛否を分けるようなものではなかったのではなかろうかと。
もっとも若旦那が心中を漏らすあたり、「男の理屈」でしかないといえばそれまででもありますが。
とまれ、全く聞き飽きるでなく、ところどころに差し挟まれるくすぐりも効いていて、
「ああ、話芸だなあ」と思いましたですね。
ともすると顔つきや体じゅうでもって爆笑にもっていく噺家がいて、
それも芸ではありましょうけれど、この雲助師匠は一見したところ、
噺家というより講釈師のようでもあるような風貌で、じっくりと落ち着いた語り口。
大きい噺を独演会でも聴いてみたくなりますなあ。
落語好きでホール落語には出かけているらしい両親も、
こうしたじっくり聴ける噺を聴いているだろうかと思うと
機会を窺って連れていってやろうと思ったりするうわけですが、
そんなことも話題のひとつとしてこの週末は両親のところへ行ってまいります。
一番の目的はすでにひと月近く経ってしまっている高知の土産を携えていくことなんですがね。
つうことで、しばしのご無沙汰となりますのでご容赦のほどを。
