マルハバラブラブ

 

 

 

 

ヨルダンでも自粛規制がかかる中、

みんな必死に生きているようです。

 

 

日中の車の運転は禁止

➡長距離移動はダメNG

 

 

金曜日(休日)の外出は禁止

➡親戚・家族・友人と集まって昼食をとるのが、

 中東式金曜日の過ごし方だが、

 「集まってはダメ」NG

 

 

 

こんなに徹底しているヨルダンは

正直、初めて見ますびっくり

 

 

 

多分、私以上に、

ヨルダン人がびっくりしているのではないでしょうか。

 

 

桜 桜 桜 桜 桜

 

 

さて、私とヨルダンの出会いについて

今日から少し書いてみます。

 

 

私は、2013年より、

認定NPO法人 国境なき子どもたち』に就職しました。.

 

 

 

 

 

当時は、日本オフィスでの勤務を希望していました。

 

 

というのも、4年半イギリスで大学院→就職、

その後1年日本にいたものの、

ケニアで6カ月のインターン。

 

 

そろそろ、両親と一緒に住んでもいいのかな、と

思い始めていたころでした。

 

 

『国境なき子どもたち』では、

ちょうどその年からあるプロジェクトが始まろうと

していました。

 

 

2012年7月に設置された

ヨルダンの『ザアタリ難民キャンプ』でのプロジェクト。

 

 

2011年で始まったシリア紛争。

 

 

続々と隣国ヨルダンに流れてくるシリア難民。

 

 

『国境なき子どもたち』は

主にアジアで、教育を受けられない子どもたち、

路上で生活している子どもたちが

子どもらしく成長できるような施設や

プロジェクトを提供しています。

 

 

 

2013年1月、ザアタリ難民キャンプが設立されて半年、

難民キャンプ内に公立学校が一校開設されました。

 

 

公立学校というのは、国が運営するもので、

カリキュラムも教員も決められた運営方法を

実施しています。

 

 

 

なんと、国境なき子どもたちは、

そのカリキュラムの中に、

プロジェクトを入れてしまう、という

なんとも斬新な計画がありました。

 

 

 

というのも、

シリアでは、

学校が空爆された、

・通学路が破壊された、

・家を爆撃されて、

親戚に家に身を隠していた

など、様々な理由によって

長い間学校に通えていない子どもたちが

沢山いたのです。

 

 

そして、紛争からのストレス、

家族を失ったストレスを抱える子どもたちで

溢れかえっていました。

 

 

 

 

 

 

難民キャンプの学校が設立された1月、

ヨルダンで大雪が降りました雪雪の結晶

 

 

 

布一枚のテントで生活する

難民たちは、寒さのあまり、

学校に侵入し、

学校の中で生活するようになりました。

 

 

バーレーンの支援によって建てられた学校には、

電気があり、エアコンがあり

そして机やいすも完備されていました。

 

 

彼らは、机で仕切りを作り、

余った机を燃やして暖を取りました

 

 

 

各施設に配線された電気は、

なんと、電線を切り繋げて

自分のテントまで引き、

電気を家の中に送りました。

 

 

 

本当に、カオスです。

 

 

 

東京勤務の希望をだしていた私でしたが、

ケニアでの半年間生活経験のある私に、

ヨルダンでの事業立ち上げを任され、

派遣されることになったのが3月。

 

 

 

私を待ち受けていたヨルダンとは・・・

 

 

 

to be continued...

 

 

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