2018-01-27

マルクス・エンゲルス

テーマ:映画

ラウル・ペック監督『マルクス・エンゲルス』をマスコミ試写会で拝見。カール・マルクス生誕200周年記念作品だそうです。経済学にはまるで暗く、「資本論」など一行も読んだことのないわたし(「カール・」マルクスはさすがに知っていたものの、エンゲルスのファースト・ネームがフリードリヒだということを今回初めて認識したというレベル。)は、「難しかったらどうしよう…」とやや不安な思いで試写室に入っていったのですが、結果的には「青春映画!」と叫びたくなるほど痛快な映画でした。冒頭の、森で枝を拾う貧乏人たちが馬に乗った権力者に蹴散らされる、というところが、昔見た阪東妻三郎主演の『国定忠治』というモノクロ映画で、飢饉下の農民たちが年貢を払えと馬に乗った権力者に蹴散らされ、「あ、あんまりだー!」と叫ぶ場面にそっくり(たぶん両作の設定時代は誤差10年以内ぐらいだと思います)。すべてこの伝でわかりやすく、決して難しくなく観せてくれます。1840年代から映画が始まるので、日本でいうとまだ江戸時代。マンチェスターの紡績工場の経営者の息子がエンゲルスで、大規模近代工業で労働者を搾取する側の出身なので、いわば「パンク・ロック・バンドを始めた人が実はワーキング・クラス出身ではなくミドル出身だった!」というような感じ(なんとなく「お里の知れる」説明になってしまいました)なのも面白い。原題は”The Young Karl Marx"で、この映画ではマルクスもエンゲルスも若くてイケメンで、その後のコミュニズムの行方など一切知らない状態&純粋な気持ちで、演説・アジテーション・討論をしている――そのさまが、朗誦調のフランス語(この映画には独、英、仏三か国語が出てきますがフランス語がいちばん多い)で酔わせるラシーヌの芝居でも見ているかのようでした。


今なぜこの映画か、ということが、とても説得力をもって受け入れられると思いました。デモクラシーから逆行してしまうヴェネズエラのような国が出てきたり、またラウル・ペック監督の出身地であるハイチを「シットホール」と言い放つような人間がアメリカ大統領の座にいたり、というポラライゼーションの世の中で、若き日の「無謀な」マルクスやエンゲルスらの心に触れてみるのは意義深いことでしょう。


『マルクス・エンゲルス』は4月28日よりロードショーだそうです。








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