謹んでご冥福をお祈り致します。
鳥山明氏は、日本の漫画、アニメ、ゲームの世界に於いて、多大な貢献をなさりました。
2024年3月1日が、命日だったと伺っております。
春になって、暖かくなって来た頃合でした。
鳥山明さん、そちら側は、肌寒くありませんか?
私が、鳥山明氏の事を見知ったのは、かの有名なゲームソフト、ファミリーコンピューターの、ドラゴンクエストです。
キャラクターデザインを手がけられていたのを知っております。
私は、あのゲームの中の、取扱説明書を見て、兄弟に尋ねた事があります。
「こんな大きなドラゴンに、勝てるん?」
「レベルを上げたら勝てる。」
そして、最初に現れるのは、スライムです。
家族みんなで、やったー、スライム倒したーとか、そんな事を言ってました。
そして、ラダトームの城付近をうろうろして、やくそうを買い込んでは戦いを繰り返す。
そのうちに、回復呪文のホイミを覚えます。
おー、これで、やくそうが要らなくなったー、やったー。
途中でローラ姫を救出します。
私は、ローラ姫の質問には素直に「はい」と答えました。
実際には、「はい」か「イエス」で答えろという、中々怖いお姫様だったようですがね。
そして、少しずつ、冒険を進めて、最後のりゅうおうの所に行きます。
「ワシのしもべになれば、世界の半分をくれてやろう。」
私は、何も考えずに、「はい」を押して、画面が真っ赤になったのを覚えています。
兄弟に、詰め寄られました。
「どう考えてもいいえだろ? なんで?」
「えっ? そうなん?」
今にして思えば、アスペルガー症の一端だったのでしょう。
そして、再戦。
今度はちゃんと、いいえを選びました。
この時、りゅうおうの城の地下に、ダースドラゴンというのが居るのを知らず、ロトのつるぎを持たずに挑戦。
ボコボコにやられたのを覚えています。
そして、三度目の正直で、りゅうおうを倒したと思ったら、りゅうおうがドラゴンになります。
はげしいほのおを、ガンガン吐かれて、苦戦しながらも、やっつけました。
やったー。クリアしたぞー。
そして、世界の毒の沼が、お花畑になっていたのを覚えています。
世界は平和になった、でクリアですね。
懐かしい思い出です。
その後、ドラゴンクエストは、ナンバリングがたくさん出て、さらに複雑化していきました。
私がメインでやったのは、ドラクエ1、ドラクエ3、ドラクエ5、ぐらいまでです。
あとは、ドラゴンクエストモンスターズ1、こちらもやりました。
あの特徴的な画風の、デザインに、今も親近感を覚えます。
でも、もう、鳥山明さんが、新しいデザインやイラストを描くことは、もうありません。
悲しみの大きさは、喜びの大きさに同じです。
ありがとう。さようなら。