丘 奈凰妃(おか なおひ)が、

「見えないものを見る人」
「ほんとうのこころの声を通訳する人」
「あなたのこころをぽんと押す、ヒーラー兼石屋」
にころがるまでのストーリー。

前回の記事は 33. 素晴らしき日本語・日本文学コースでの学び でした。

 

 

* * * * * * * * *

 

 

素晴らしい環境、学友に囲まれていたわたし。

 

さぞ順調に学業に打ち込んでいたかと思いきや、授業にサークル活動と、大学生活をエンジョイしはじめ、段々と朝も起きられなくなってまいります。

 

そして、眠い一限から、段々フェードアウトしていくわたし……。

 

2年の頃にはおそらく、「いつも遅刻してくる子ね」という教授の覚えめでたい(ちっともめでたくない)ポジションを確立しておりました。

 

しかも、最初に住んでいた部屋は大学から徒歩5分ちょっとだったのに、家と学校の往復がつまらなくなり、3年の時に池袋に引っ越すわたくし。

 

サンシャインシティの脇を通り抜けながら、マウンテンバイクで通学するという自由っぷりでした。

 

「家が大学に近いからといって、遅刻しないわけではない(つまり距離ではなく、気持ちの問題だ)」ということに気がついてしまったんだね。

 

 

自堕落でいたい自分と、真面目だとほめられたい自分のせめぎ合い。

 

大きな葛藤がありつつ、結局「起きられない」がまさって、一限は出られず、落とした単位もあったかと思います。

 

しかしまあ、そんなの、大学生によくある話だし、極論、授業なんて、出ても出なくてもいいじゃんね。

 

出なかったら勿論、単位は取れないわけで、それは自己責任、と。

 

でもさ、そこで「自己責任」で、落ちるところまで落ちることも、怖くてできなかった

 

 

わたし、高校生までずっと、いい子ちゃんをやってきたでしょう?

 

・決められたルールを破ってはいけない

 

・きちんとしなくてはいけない

 

を、当たり前にやり切ってきたの。

 

 

でも、一人暮らしをしてどんどんと出てくる自分は、

 

・朝が起きられない

 

・だらだらしたい

 

・好きなことを好きなようにしたい

 

これって、今までの生き方と、真反対だった。

 

選択が自分の意思に委ねられた結果、いい子は苦しいけれど、悪い子になるのも怖かったんだね。

 

 

結果、

 

・朝は起きたくないけど、単位を落とすのは怖いなあ

 

・課題は面倒だけど、なんとか形にはしなくちゃなあ

 

というせめぎ合いが起こり、授業の成績はそこそこ悪くない線をキープする、という。

 

 

そんなことをしながら、こころの中には常に、強烈な「罪悪感」がありました。

 

常にいい子でいたいから、そうでない自分を常に罰する。

 

だらしない、やる気がない、面倒くさがり、そんな自分を、どこかでいつも、強烈に叱責してた(この時はまだ、無自覚だったと思うけれど)。

 

 

今なら、

 

「人間だし、面倒くさがるのなんて当たり前」

 

って思うし、

 

「で、そもそもやりたいことじゃないんなら、やめちゃえば?」って思う

 

 

でも、その当時の自分に、大学というレールから外れる選択肢は存在しなかった。

 

昔の世界地図で、端っこまでいったら世界の終わりがあって、滝から落ちちゃって終わりみたいな描かれ方されてたやつ、あるじゃない?

 

地球平面説っていうらしい。おーちーるー

 

 

そんなふうに、レール外のことを考えるのも恐ろしかったんだと思うよ。

 

 

そして、2年までは何とか適当に立ち回っていても、3年生になって、本格的に演習が始まると、ごまかしがきかなくなります。

 

前回書いた通り、各時代ごとに素晴らしい専門の先生がずらりと揃っていらして、授業はわたしにとってはハイレベルだし、圧倒的に、周りの学友が優秀に見えていたから。

 

学友の演習の発表も素晴らしかったし、何より彼女達から、日本文学へのひたむきな情熱を感じていたのです。

 

 

そんな中、わたしは、わたしは、、、

 

今まで書くのすっげ怖くて書いたことがなかったけれど、

 

そもそも、日本文学への興味がさほどなかったのではないだろうか!

 

…………

 

…………

 

うわー! 

書いちゃった!

 

こえええええ。

ごめんなさいごめんなさい!!

 

って今思いました。

 

超絶今更だよ、卒業して何年経ってると思っとるね。

 

 

…………

 

…………

でも、それくらい、罪悪感があったんだなって、改めて自覚しました。

 

 

この罪悪感、一体、誰に対してだろうね?

 

両親や家族に対して、学費や生活費を出してくれたのに、こんなにいい加減な思いでいてごめんなさい、っていうのはあったな。

 

それから、「周りの子達みたいに、優秀でいられなくてごめんなさい」かな。

 

 

わたし、いつだって優秀でいたかったよ。

 

「きちんとする」「ちゃんとする」これはわたしを育ててくれたおばあちゃんの口癖だったんじゃないかと思う。

 

つい最近、妹と話していたら、私たちが小さい頃、おばあちゃんがたびたび「あんたらは、だらしないから」って言っていた、という話になったのね。

 

祖母と母の間柄のことは、初めの方に書いたとおりで、つまりこれは暗に、母を批判した言葉だったのだと思うの。

 

ここから、わたし、「だらしないのは悪だ」って、ずっと思い込んで、そうならないようにしなくちゃ、って思っていたんじゃないかと思う。

 

そして、だらしない自分を、ずっと我慢して抑圧していた。

 

いつもおばあちゃんが自慢する「できのいい孫」になりたくて、そうすればいつか、振り向いてもらえると思っていたんじゃないかな。

 

ママがもどってくる、と思ったのか、そうすれば家族が平和になる、と思ったのか、いずれにしても、きっとそうしたら愛がもらえるって思ったんじゃないかな、って。

 

だからさ、結局、自分で自分を罰してしまうのね、ずっとね。

 

この時は、そんなことにはまったく気づいていなかったけれど、この「自責」と「罪悪感」がわたしの人生を貫く大きなテーマだと、後々自覚することになります。

 

これはわたしだけの話ではなく、セッションをさせていただいていても、優秀なひとほど、この自責をやり続けていて人生が苦しい方が多いように思います(他ならぬ、わたし自身の投影でもあるけれど)。

 

その自責が、自分を苦しめているのだと本格的に気づくのは、社会に出て本格的な挫折を味わうようになってから。

 

 

……それにしても、

 

大学時代の自分の自己評価、低っ! 

 

ってことに、大学生編を書いていて、気づいたよ。

 

もういいよ、ゆるしたいね。

 

と思いました。


 

 

* * * * * * * * *


 

次回、

35. 大学生時代のアルバイト小話

の予定です。

いつもは20時に更新していますが、明日は12時と20時に2本の更新予定♪おたのしみに。

 

 

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