丘 奈凰妃(おか なおひ)が、

「見えないものを見る人」
「ほんとうのこころの声を通訳する人」
「あなたのこころをぽんと押す、ヒーラー兼石屋」
にころがるまでのストーリー。


前回の記事は 8. そしてわたしは、選ばれし者ではないのだ。いや、知ってたけど。でした。

 

 

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わたし、めっちゃ、本読む子だったんです。

 

母が国語の教師だったこともあり、家には「児童文学全集」的なシリーズが取り揃えられていました。

 

年齢に合わせて本が届くコースで買い与えてくれていたのだと思いますが、自分が望まなくても、まだ読んでいない本が、本棚にぎっしり詰まっている状態だったのですね。

 

そして、特に「読みなさい」と勧められるでもなく、幼稚園のころの絵本から、小学6年生に至るまで、ずっと自発的に本を読んでいたように思います。

 

学校でも、教室にある本を片っ端から読破していました。

 

クラスの壁に張り出されている読書記録グラフでは常にトップかその次あたり。

 

あれ、もしかして、休み時間も本を読んでいたからぼっち状態でも平気だったのかな……?

 

詳しくは覚えていないのですが、間違いなく一生で一番ハイペースで本を読んでいたと思います。

 

そもそも、国語の教科書とかさ、4月とか5月のうちに大抵最後まで読んじゃうよね? という子でした(あとで聞いたら、どうやら多くの方はそうではないらしいですね)。

 

とにかく、あるものは片っ端から読むという姿勢で、家の本棚のあらかたのものは読み、対象年齢が高くてちょっと難解な、分厚くて字が小さくて読むのに骨が折れそうな本も、果敢に攻めていたように思います。


その当時の自分とくらべたら恥ずかしいほどに、今は全くといっていいほど本を読まない大人になってしまいました。

 

が、今こうやって文字を綴るための語彙力や文章力の礎を育ててくれたのは、きっとこの時期の読書だったのだろうなと思います。

 

 

本の世界の何が楽しかったのだろう? と言うと、思い出せないのですが、なんというか、息をするのと同じくらいの自然な感じで読んでいたと思います。

 

「そこに本があるから」的な。

 

ちょっと話は逸れるかもなのですが、わたし、国語はほぼ勉強しなくても常に成績が良く、大学入試に至るまで、テストでも苦労をしたことがなくてですね。

 

なんで? と言われると「感覚としてわかるから」としか言いようがないのですが……。

 

それくらい、言葉を扱う作業は、わたしにとっては苦のないことでした。

 

それこそ、小学校時代に考えていた国語の先生にはならなかったわけですが、言葉を扱うエッセンスは今に至るまでずっと自分を貫いていると感じます。

 

「感じている何か」を「言葉にして伝える」ことは、今のお仕事になくてはならないものと言いますか、見えない世界のことを伝えるリーディングは、まさに、「それそのもの」だと思うからです。

 

そして、これはだいぶ先の話になりますが、その「なんでかわからないけど、わかる」という感覚が2度目にやってくるのは、大人になって、宝石鑑別の専門学校で、石の勉強をしはじめた時なのでした。

 

 

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ばらばらに見えるピースも、どこかでうまいことつながっているものですねえ〜。

 

次回、

10. 求められ わからぬままに 書いていた(ら、ハイスコア)

につづきます(20時に更新しています。更新したらリンクを貼りますね)。

 

また近々お会いしましょう♪

 

 

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