笑いは0円で作れる
By 松本人志
~プロローグ~
二年ぶりに故郷へ帰った僕。
実家で過ごすゆったりと流れる時間。
ふと喉の渇きをおぼえ開けた冷蔵庫、そこにあったのは怪しげな1本のペットボトル…
このお話は、その1本のペットボトルに秘められた婆ちゃんの深い愛に包まれたちょっぴり切ない物語。
~第一章・婆ちゃん~
実家に帰る度、誰よりも早く出迎えてくれるのは婆ちゃん。
病気したなんてことは一度も聞いた事がないし、賞味期限切れの食品を何食わぬ顔でバクバク喰らい尽くす様はとても77歳には見えない。
彼女の中にある免疫細胞は77年の時を経て、人間の度を超えた最終形態と化してしまったようだ。
婆ちゃんは父方の祖母で、僕等姉弟が幼い頃から両親が仕事でいない間、毎日のように面倒を見てくれていた。
ボーイッシュでやんちゃな姉貴。
コロポックルのような両親からは想像もできないような巨体の僕。
泣き虫で親にべったりのチビ。
この全く統一性のない姉弟の中で、婆ちゃんは特に姉貴を溺愛していた。
そのイキすぎた愛情は姉貴の成長と共にどんどんエスカレートしていく。
~第二章・イキすぎた愛~
中学生になった姉貴はやんちゃ度を増し、高校にあがると夜な夜な家を抜け出し遊び回るようになった。
それからというもの。
皆が寝静まった深夜、我が家にモンスターが姿を現すようになる。
「ズッ…ズッ…」と廊下を擦る奇妙な音。
その音は隣の姉貴の部屋を開け何かボソッと発した後、必ず僕の部屋へ向かって近づいてくる。
音が僕の部屋の前でピタッと止む。
「ギイイィィィィィ…」
静かに開いた扉の前に立っていたのは、酔っ払い衣服が乱れ、垂れきった片乳をあらわにした婆ちゃんの姿だった。
この奇怪な行動は姉貴が帰って来るまで終わることはなく、30分置きに繰り返され姉貴が友達の家に泊まろうもんなら朝までエンドレスに行われた。
しかし、当の本人にこの話をすると全く覚えちゃいない。
無意識な中でも、姉貴に対する愛情は本物以外の何物でもなかったようだ。
~第三章・酒豪伝説~
モンスターはほぼ毎晩現れ僕を苦しめたが、僕が上京した後のターゲットは自然と弟へ引き継がれた。
そんなモンスターは4リットルの大五郎を一週間で飲み干してしまうほどの酒好き。
冷蔵庫にあるものはなんでも割ってのむ。
飲む量がすごい分、それ相当の酔っ払い振りを発揮する。
N一族の酒癖の悪さは代々引き継がれてきたものなのだろう。
毎晩のように酒を飲み、酔っ払い、泥酔状態で家中を徘徊する。
これが彼女の生活サイクルとなっていた。
僕がまだ高校生だった頃、居間で1人テレビを見ていた僕は、彼女の恐るべき習性を目にした事がある。
「ガタンガタガタゴンガラガッチャーン!!!!」
突然の騒音に驚いた僕は居間から飛び出し廊下を見渡した。
そこにはトイレのドアを開けたまま用をたしている婆ちゃんがいるだけ。
僕が聞いたのは明らかに二階から誰かが転げ落ちた音。
婆ちゃんは何もないと言い張ると、また階段を登り何事もなかったかのようにすっと自分の部屋へと消えてていった。
翌日、僕以外の家族全員が同じ体験をしている事を知る。
泥酔した婆ちゃんが階段から転げ落ちているのは確かだった。
しかし、無傷でピンピンしている姿に対し事実を裏付けるものが何もなく、素面の婆ちゃんは何も聞き入れようとはしない。
そんな中、とうとう僕たち家族が恐れていた事故は起きてしまった。
弟と婆ちゃんが二人きりで留守番をしていた時の事。
弟が居間でテレビを見ていると、例の如く廊下から騒音が聞こえてきたという。
慌てて廊下に飛び出した弟が見たものは、頭から血を流し廊下にぐったり倒れている婆ちゃんの悲惨な姿だった。
弟はパニックを起こし、婆ちゃんに必死で呼びかけた。
しかし転げ落ちた当の本人は、弟の呼びかけに対し「いびき」で答えたそうだ。
転げ落ちたまま爆睡していることに気付いた弟は言葉もなく、しばらく婆ちゃんを見下ろしていたという。
この一件以来、実家の階段にテスリが備えられたのは言うまでもないが、その後も元気に階段を転げ落ちては平然を装っているなんとも天晴れな婆ちゃんである。
彼女は言う。
「酒がなきゃ死んじまうよ。」
不死身なのは間違いなさそうだ。
~第三章・いつまでたっても~
凸凹3兄弟もやがて大人になり、僕は東京、姉・弟は地元でとそれぞれの道を歩み始めた。
それでも婆ちゃんの姉貴へ対する溺愛っぷりは変わらない。
姉貴は少し面倒くさがっているようだったが、唯一の婆ちゃんの楽しみでもある「お世話」に付き合ってあげているようだった。
婆ちゃんはほぼ毎日姉ちゃんの部屋の掃除をする。
その日課とも言える行動が、時に奇跡を呼び起こす。
久々に会った友人と酒を酌み交わし帰宅した僕は、そのまま深い眠りへと落ちた。
翌朝、喉の渇きで目覚めた僕は無意識に冷蔵庫へと手を伸ばす。
テキトウに飲み物を探していると一本のペットボトルが僕の目に止まった。
そこにはあるはずのないペットボトル。
若干二日酔いでガンガンする頭を振り絞りしばらく考えてみる。
結果、いらない想像が頭の中を埋めつくす。
一旦頭を整理し落ち着きを取り戻した僕は、恐らく…持ち主であろう姉貴に話を聞いてみることにした。
「あー、また入ってんの?欲しかったらやんよ。」
話を聞くと何かのイベントにて景品としてもらったソレは、蓋を開けずにずっと部屋に保管していたものらしい。
だが婆ちゃんが部屋を掃除中にソレを見つけると、持ち出して冷蔵庫の中にしまう。
姉貴は冷蔵庫でソレを見つける度に部屋に持ち帰るのだが、気付けばいつも冷蔵庫の中にあるのだという。
東京へ戻り荷物整理をしていた時に、面倒だから持っていってと渡されたソレを見てある事実に気付いてしまう。
蓋が開いて中身が若干減っている。
僕が聞いた時にはハッキリ未使用と言っていた姉貴。
そう、答えは一つ。
~エピローグ~
真実なんて分からない。
知りたくもない。
ただ…
彼女の周りにはいつも笑いの神様が微笑んでいるのは確かだろう。
あんたの孫でよかったぜ。
でも、いくら元気とはいえ、何でもかんでも焼酎で割っちゃダメねぇ。
でもそんなイカれた婆ちゃん、愛してるぜ。
次はいつ帰れるかな。

END
By 松本人志
~プロローグ~
二年ぶりに故郷へ帰った僕。
実家で過ごすゆったりと流れる時間。
ふと喉の渇きをおぼえ開けた冷蔵庫、そこにあったのは怪しげな1本のペットボトル…
このお話は、その1本のペットボトルに秘められた婆ちゃんの深い愛に包まれたちょっぴり切ない物語。
~第一章・婆ちゃん~
実家に帰る度、誰よりも早く出迎えてくれるのは婆ちゃん。
病気したなんてことは一度も聞いた事がないし、賞味期限切れの食品を何食わぬ顔でバクバク喰らい尽くす様はとても77歳には見えない。
彼女の中にある免疫細胞は77年の時を経て、人間の度を超えた最終形態と化してしまったようだ。
婆ちゃんは父方の祖母で、僕等姉弟が幼い頃から両親が仕事でいない間、毎日のように面倒を見てくれていた。
ボーイッシュでやんちゃな姉貴。
コロポックルのような両親からは想像もできないような巨体の僕。
泣き虫で親にべったりのチビ。
この全く統一性のない姉弟の中で、婆ちゃんは特に姉貴を溺愛していた。
そのイキすぎた愛情は姉貴の成長と共にどんどんエスカレートしていく。
~第二章・イキすぎた愛~
中学生になった姉貴はやんちゃ度を増し、高校にあがると夜な夜な家を抜け出し遊び回るようになった。
それからというもの。
皆が寝静まった深夜、我が家にモンスターが姿を現すようになる。
「ズッ…ズッ…」と廊下を擦る奇妙な音。
その音は隣の姉貴の部屋を開け何かボソッと発した後、必ず僕の部屋へ向かって近づいてくる。
音が僕の部屋の前でピタッと止む。
「ギイイィィィィィ…」
静かに開いた扉の前に立っていたのは、酔っ払い衣服が乱れ、垂れきった片乳をあらわにした婆ちゃんの姿だった。
この奇怪な行動は姉貴が帰って来るまで終わることはなく、30分置きに繰り返され姉貴が友達の家に泊まろうもんなら朝までエンドレスに行われた。
しかし、当の本人にこの話をすると全く覚えちゃいない。
無意識な中でも、姉貴に対する愛情は本物以外の何物でもなかったようだ。
~第三章・酒豪伝説~
モンスターはほぼ毎晩現れ僕を苦しめたが、僕が上京した後のターゲットは自然と弟へ引き継がれた。
そんなモンスターは4リットルの大五郎を一週間で飲み干してしまうほどの酒好き。
冷蔵庫にあるものはなんでも割ってのむ。
飲む量がすごい分、それ相当の酔っ払い振りを発揮する。
N一族の酒癖の悪さは代々引き継がれてきたものなのだろう。
毎晩のように酒を飲み、酔っ払い、泥酔状態で家中を徘徊する。
これが彼女の生活サイクルとなっていた。
僕がまだ高校生だった頃、居間で1人テレビを見ていた僕は、彼女の恐るべき習性を目にした事がある。
「ガタンガタガタゴンガラガッチャーン!!!!」
突然の騒音に驚いた僕は居間から飛び出し廊下を見渡した。
そこにはトイレのドアを開けたまま用をたしている婆ちゃんがいるだけ。
僕が聞いたのは明らかに二階から誰かが転げ落ちた音。
婆ちゃんは何もないと言い張ると、また階段を登り何事もなかったかのようにすっと自分の部屋へと消えてていった。
翌日、僕以外の家族全員が同じ体験をしている事を知る。
泥酔した婆ちゃんが階段から転げ落ちているのは確かだった。
しかし、無傷でピンピンしている姿に対し事実を裏付けるものが何もなく、素面の婆ちゃんは何も聞き入れようとはしない。
そんな中、とうとう僕たち家族が恐れていた事故は起きてしまった。
弟と婆ちゃんが二人きりで留守番をしていた時の事。
弟が居間でテレビを見ていると、例の如く廊下から騒音が聞こえてきたという。
慌てて廊下に飛び出した弟が見たものは、頭から血を流し廊下にぐったり倒れている婆ちゃんの悲惨な姿だった。
弟はパニックを起こし、婆ちゃんに必死で呼びかけた。
しかし転げ落ちた当の本人は、弟の呼びかけに対し「いびき」で答えたそうだ。
転げ落ちたまま爆睡していることに気付いた弟は言葉もなく、しばらく婆ちゃんを見下ろしていたという。
この一件以来、実家の階段にテスリが備えられたのは言うまでもないが、その後も元気に階段を転げ落ちては平然を装っているなんとも天晴れな婆ちゃんである。
彼女は言う。
「酒がなきゃ死んじまうよ。」
不死身なのは間違いなさそうだ。
~第三章・いつまでたっても~
凸凹3兄弟もやがて大人になり、僕は東京、姉・弟は地元でとそれぞれの道を歩み始めた。
それでも婆ちゃんの姉貴へ対する溺愛っぷりは変わらない。
姉貴は少し面倒くさがっているようだったが、唯一の婆ちゃんの楽しみでもある「お世話」に付き合ってあげているようだった。
婆ちゃんはほぼ毎日姉ちゃんの部屋の掃除をする。
その日課とも言える行動が、時に奇跡を呼び起こす。
久々に会った友人と酒を酌み交わし帰宅した僕は、そのまま深い眠りへと落ちた。
翌朝、喉の渇きで目覚めた僕は無意識に冷蔵庫へと手を伸ばす。
テキトウに飲み物を探していると一本のペットボトルが僕の目に止まった。
そこにはあるはずのないペットボトル。
若干二日酔いでガンガンする頭を振り絞りしばらく考えてみる。
結果、いらない想像が頭の中を埋めつくす。
一旦頭を整理し落ち着きを取り戻した僕は、恐らく…持ち主であろう姉貴に話を聞いてみることにした。
「あー、また入ってんの?欲しかったらやんよ。」
話を聞くと何かのイベントにて景品としてもらったソレは、蓋を開けずにずっと部屋に保管していたものらしい。
だが婆ちゃんが部屋を掃除中にソレを見つけると、持ち出して冷蔵庫の中にしまう。
姉貴は冷蔵庫でソレを見つける度に部屋に持ち帰るのだが、気付けばいつも冷蔵庫の中にあるのだという。
東京へ戻り荷物整理をしていた時に、面倒だから持っていってと渡されたソレを見てある事実に気付いてしまう。
蓋が開いて中身が若干減っている。
僕が聞いた時にはハッキリ未使用と言っていた姉貴。
そう、答えは一つ。
~エピローグ~
真実なんて分からない。
知りたくもない。
ただ…
彼女の周りにはいつも笑いの神様が微笑んでいるのは確かだろう。
あんたの孫でよかったぜ。
でも、いくら元気とはいえ、何でもかんでも焼酎で割っちゃダメねぇ。
でもそんなイカれた婆ちゃん、愛してるぜ。
次はいつ帰れるかな。

END