大槌城戦

大槌城戦

今まで600年近く語られる事のなかった大槌城の永亨の戦い(大槌氏VS南部氏)を中心に、深い歴史とこの地に宿る大槌という名前の力、今も脈々と続く堅固な大槌人の魂を現世に伝えたい。
東日本大震災からの復興に願いをこめて。
(歴史小説.フィクション)

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釜石湾を眼下にのぞむ狐崎舘、厳冬の太陽が扇型の海岸線を真珠色に照らす。扇の要にあたる場所にある狐崎舘は大槌と釜石を結ぶ浜街道の鳥谷坂を釜石側に降って直ぐ東真上にのぞむことが出来る。山肌には郭があり、その下には河口付近の砂浜近くまで堀切、空堀が棚田のように整列していた。大槌同様に海と山が交差する要所であることが舘の様相をみて分かる。

永享八年、八代将軍足利義政が生まれてまもなくの時勢、狐崎舘の山側にある荒屋敷に修行僧らしき風貌の男が小袖の脇をしめらせながら駆け込んできた。
『気仙の岳波太郎と申しまする。荒谷玄蕃様にお会いしたい、何卒お目通りをお願いいたしまする。』
ちょうど屋敷内で槍の朝稽古をしていた荒谷玄蕃が自ら十反もあろうかと思われる敷地内に聞こえるような大声で返した。
『おう、儂はここじゃ。何用か。』
『玄蕃様、初めてお目にかかります岳波太郎にござりまする。我が主君千葉伯耆守様の振る舞い眼にあまり、領主としての見識なく暴挙を見かねております。』
岳波は引きちぎれそうな盛り上がる二の腕を地面に立てながら話を続ける。
『伯耆守様は酒を飲む度に異を唱える従者は槍で刺し殺し、客人までも殺めること限りなし。このままでは国滅びること間違いなし、お助けいただきたく馳せ参じた次第でございます。』
玄蕃は岳波太郎の二の腕と山脈のように尖って隆起する背中と鋭い眼光に眼が止まった。齢二十、六尺程の背丈だろうか、鷲が一町上空から地面の土竜を捕えに行くような恐れを知らない真っ直ぐな眼をしている。
『岳波殿、伯耆守殿の暴挙は聞き及んでいるが主君が思うようにいかないから助けてという事は、それなりの覚悟があるのかのう。』
『御意、生涯玄蕃様に尽くす所存でございます。』
『岳波殿、初対面で生涯尽くすはないであろう。そなた千葉にはかられたか!』
『違いまする!伯耆守様は尋常あらずもはや生きるに値せず。誅さねば民は生きていけませぬ。』
岳波太郎は鷲の眼をひんむいて赤黒い頰を上下に揺らしながら叫ぶ。岳波には只々民を守りたい一心で十里はなれた荒屋敷に駆け込んできたのだ。

岳波が発する声の振動を、自身の背骨で感じとった玄蕃は静かに話しはじめる。
『あいわかった、政次殿に申し伝える。して、事が終わったら弥生に援軍をいただくことは可能だろうか?』
玄蕃の即答に岳波は唾を呑み込んだ後、一息で吐き出すように答えた。
『もちろんにございます。しかし我らは唐鍬崎四郎とあわせて兄弟でも二十人しか兵を動かせませぬ。援軍といっても役に立ちますでしょうか。』
『気仙の軍があるであろう。二百は下らないのではないか、大きな力になる。』
岳波は眼を見開いて平伏した。玄蕃の期待が自身の考えを大きく超えていたことに、情けなさと想いも知れない湧き上がる嬉しさを感じた。
『承知いたしました。弥生までに気仙軍を引き連れてまいります。して、どちらに戦を?』
『そなたも気が早いのう、それは気仙で話そう。』
玄蕃はそう一言だけ言い放った。

弥生までは二ヶ月を切っている。釜石一帯を領する荒谷玄蕃は大槌政次と同盟関係、玄蕃もまた十里先を見据えるような鷲の眼をしていた。