元WBA世界ミニマム級王者・星野敬太郎さん死去 52歳 師匠・花形会長「残念としか…」 | ボクシング・メタボリック
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ボクシングに魅せられて40年。阪神タイガースファン歴40年世界戦初生観戦は1983年西は熊本・福岡・沖縄とおそらく300試合は越えている。海外デラ・ホーヤとトリニダード戦を観に行っただけ。ニューヨークの殿堂はたった2回。現地速報や新聞情報貼り感想書いてます。

星野敬太郎さん(03年撮影)
Photo By スポニチ

元WBA世界ミニマム級王者・星野敬太郎さん死去 52歳 師匠・花形会長「残念としか…」

 プロボクシングの元WBA世界ミニマム級王者・星野敬太郎さんが死去していたことが10日までに分かった。関係者によると、沖縄県那覇市内の自宅アパートで死亡しているのが9日に発見されたという。死亡日時や死因などは不明。8月14日が52歳の誕生日だった。

 星野さんは横浜市出身で、1988年11月に花形ジムからプロデビュー。96年8月に日本ミニマム級王座獲得し、5度防衛した。00年12月にWBA世界同級王座を獲得。現役時代にWBA世界フライ級王者となった花形進会長と国内では史上初の師弟世界王者になり、話題を集めた。初防衛戦で敗れ、王座から陥落したものの、02年1月に王座返り咲き。初防衛に再び失敗し、03年6月にWBC世界同級王者ホセ・アントニオ・アギーレ(メキシコ)に敗れたのが最後の試合となった。プロ通算戦績は23勝(6KO)10敗だった。

 引退後は岐阜県各務原市にコパン星野敬太郎ジムを設立し、後進を指導していたが、18年ごろにボクシング界を離れ、沖縄県に在住していたという。

 師匠の花形進会長(74)はスポーツニッポン新聞社の取材に「亡くなったことは聞いた。詳しいことは分からない。星野とは5、6年連絡を取っていないけど、沖縄に住んでいることは聞いていた」と明かし、「あれだけ頑張ってきたのに残念。52歳は早すぎるよ。まだまだ若くて、これからなのに…残念としか言いようがない」と悼んだ。

 

星野さんの試合はパシフィコ横浜で初めて開催された世界戦じゃなかったかな?記憶曖昧ですが、会場着いた時ホントにここ?と思いました。小気味いいボクシングでガンボアに自分のボクシングさせなかったですね。あっという間の12R終了って感じでした。パンチはなかったですがやはり上手いってのが感想です。そのごはこれで負け?って試合もありましたが、とにかく引退と復帰が多くレナード張りと思いましたが。

最後に御見かけしたのは、名古屋でのポンサクレックと浅井の世界戦の帰りの電車で偶然席の横に座ってました。(ちょうど写真の時期かな?)

ご冥福をお祈りいたします

 

 

 

フューリーがワイルダーに11回KO勝ち 3度ダウン奪い、リング上で歌って勝利に酔う

スポーツ報知

 

# スポーツ# ボクシング

ワイルダー㊨に攻めこむフューリー(ロイター)

 

◆プロボクシング ▽WBC世界ヘビー級タイトルマッチ12回戦 〇正規王者タイソン・フューリー(11回TKO)デオンティ・ワイルダー●(9日=日本時間10日、米国ネバダ州ラスベガス T―モバイル・アリーナ)

 WBC世界ヘビー級正規王者タイソン・フューリー(英国)が前王者で同級1位デオンティ・ワイルダー(米国)に11回1分10秒、KO勝ち。初防衛に成功した。戦績はフューリーが31勝(22KO)1分け、ワイルダーが42勝(41KO)2敗1分け。

 序盤、ワイルダーが積極的に前に出たが、フューリーは3回、右フック、右アッパーでダウンを奪う。だが、4回、今度はワイルダーが王者を2度強烈な右で倒した。激しい打ち合いは終盤へ。共にダメージが残る中、フューリーがワンツー、左ボディーなどで確実にポイントを重ねると10回、振り下ろすような右フックがワイルダーにヒット。2度目のダウンを奪った。さらに11回、左から強烈な右を振り下ろすと、倒れ込んだワイルダーは立ち上がれない。レフェリーが挑戦者を守るように試合を止めた。

 両者は過去2度対戦。2018年12月の初対戦では、ワイルダーが最終回に2度のダウンを奪い12回引き分けに持ち込んでWBC王座V8を達成したが、20年2月の再戦では、フューリーが2度のダウンを奪い7回TKO勝ち。ワイルダーの11度目防衛を阻止し、WBC王座奪取に成功した。

 今回の試合は当初、7月24日に行われる予定だったが、王者の新型コロナウィルス感染を受けて2か月半延期された。

 前日計量では身長206センチ、リーチ216センチのフューリーが125・6キロ、ワイルダーが107・9キロで、ともにさらなるパワーアップを予感させた。

 フューリーは1988年、450グラムの超未熟児で生まれ、父親が当時統一世界ヘビー級王者マイク・タイソン(米国)にあやかって名付けられた。2006年世界ジュニア選手権スーパーヘビー級3位。アマ戦績は31勝(26KO)4敗。2008年12月にプロデビュー。15年11月にはウラディミール・クリチコ(ウクライナ)に判定勝ちして、WBAスーパー、IBF、WBOのタイトルを奪取している。同年秋に一度引退したが、18年6月に2年7か月ぶりに復帰した。

 「ワイルダーはタフガイで、強いパンチを当ててきた。歴史に残る3連戦だった。私は世界最強王者だ。歴史に残る夜であることを願っている」とフューリー。リング上では勝利に酔いしれた王者は、インタビューの最後に自ら歌を歌って自慢ののどまで披露した。

 

いや~まさに画面越しから伝わるド迫力、65インチのテレビでみると更にでした。試合前のWOWOWのインタビューも日本のファンに向けたメッセージも両者好感もてました。この世界に日本人が踏み込むのは何百年先になるんでしょうかね?

しかし両者とも良くあれだけ倒れて起き上がってくるな~、ゾンビか?と思ったかと思った方も多いのでは、敗れたワイルダーもまだまだいけます。ジョシュアとやって勝者がウシク、フューリの勝者に挑戦というのもまた観たいものです。

しかしあれだけボディーだぶついててすげ~試合します。