三迫氏は愛媛・新居浜市生まれで、50年に明治高へ転校して野口ジムからプロデビュー。明大在学中の55年に日本フライ級王者、2カ月後に東洋同級王者となった。世界ランク4位までいったが、世界挑戦のチャンスに恵まれなかった。

58年に現役を引退し、60年に三迫ジムを開設した。桜井孝雄が64年東京五輪で日本初の金メダリストとなると、大争奪戦の末に獲得してプロデビューさせた。71年には土木作業員で25歳デビューの輪島功一に、WBA・WBC世界スーパーウエルター級王座を獲得させ、その後も2度王座に返り咲かせた。さらに三原正、友利正と3人の世界王者を育てた。WBA世界ミドル級王者の村田諒太は、三迫ジムから12年にプロデビューした(のちに帝拳ジムへ移籍)。

三迫氏はプロモーターとしても数多くの世界戦を手掛け、日本ボクシング界の発展に尽力し、日本プロボクシング協会会長も務めた。現在のジムは東武東上線東武練馬駅近くにあり、10年に道路拡張でガラス張りに建て直すと11年グッドデザイン賞を受賞している。

通夜は9日午後6時、告別式は10日午前10時から、桐ケ谷斎場(東京都品川区西五反田5の32の20)にて。喪主は妻の三迫久子さん。

 

はじめてホールへ観戦に行った三原対トリッキー川口戦の時に勝利者インタビューを受ける三原さんを見ながら「もうだめだな」と呟いた一言が記憶に残ってます。友利さん以降世界チャンピオンが誕生しないままお亡くなりになられたのは心残りでしょう。ご冥福をお祈りいたします。