ノートは上手く取れなくても良いんじゃないかと思った | 使える英語をモノにする!
2005年11月14日(月)

ノートは上手く取れなくても良いんじゃないかと思った

テーマ:K/Hシステム
KHの教材でノートテーキングの練習を細々とやっていますが、ふと、ノートは別に上手く取れなくても良いんじゃないかと思いました。いつまでたっても全然上手く取れるようにならないので、半ばやけになったというわけではありません。こういう風に思うのには理由があります。

今日は、ノートテーキングの練習をしている時に、適切な記号を選ぶことよりも、理解した意味を何でも良いから書くということに集中してみました。その時に、「あれ、これって同時通訳風意味落しをやっている感覚じゃない?」と思ったんですよね。どういうことかと言うと、聞いた塊の意味を考えて、何らかのアウトプットをするというところが似ている気がしました。

そこで、同時通訳風意味落しの作業のコツに「通訳の練習ではないので、きれいな日本語で話す必要はまったくない!」というのがあったことを思い出しました。ノートテーキングもこれと一緒かもしれません。上手くノートが書けるにこしたことはありませんが、当面は意味を理解するための補助手段と考えると、綺麗なノートにこだわる必要はなかったのかなと思います。

綺麗なノートでなくても、ノートテーキングすることに利点があります。それは、構造を考えながら聞くことが出来る点です。同時通訳風意味落しもシャドーイングもどうしても目先の音に気をとられますが、ノートなら構造に意識が向かいますし、逆に、そこは意識すべきところかと思います。

将来的には、英語戻しが出来るようなノートを取ることが理想ですが、今のところ、『意味を理解すること』、『構造を理解すること』の2点を強化するためにノートテーキングの練習を使ってみようかと思います。

それと・・・
「もっと勉強時間とろうよ」って感じです。
ノートテーキングなんて、週3日で1日10分くらいっすから・・・


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