筆跡鑑定の事件にかかわっている人々や法曹関係者で問題となるのが「そもそも筆跡鑑定は信憑性があるのか」「裁判所は筆跡鑑定を信用しているのか」ということである。

 

このような問題を,ああだこうだといって議論することは非常にバカバカしく意味のないことであると申し上げる。

 

結論から申しあげよう。筆跡鑑定は本来信憑性が高いのである。では,何故このようなくだらない論議が絶えないのか説明しよう。

 

まず,この議論の要となるのが筆跡鑑定人の資格制度にある。筆跡鑑定人は,筆跡鑑定に関わる資格などを持っていない。つまり誰でもが筆跡鑑定人と名乗れるのである。

 

要するに、本来、筆跡鑑定を行う者はセンスなどの素養に加え,数多くの知識や高い技術を必要とすることは言うまでもないが、そうとは限らないのである。


資格制度があれば,高い水準の知識や技術,そして高い正答率を持った者がその仕事に従事することになる。つまり、このような条件があって始めて筆跡鑑定の信ぴょう性が高いか否かを判断することが可能となるのである。

 

ところが,資格制度のない鑑定人は素養,知識,技術のすべてにおいて大きな乖離があるのだ。それぞれの鑑定人の鑑定結果に対する正答率も高いのか低いのかさえも見当がつかない。したがって筆跡鑑定の信憑性は,鑑定書の内容で判断せざるを得ないのである。その鑑定書はというと大半が非常に稚拙なものであり、このことに辟易している法曹関係者も多い。つまり,このような鑑定書では意味がないと判断されているのである。

 

私でも,これらの鑑定書の内容を判断する立場であれば,同様に筆跡鑑定は信憑性はないと主張している。裁判所に提出される鑑定書の大半が稚拙で意味のないものであるから,一部の裁判官は信用などしていないのはむしろ当然である。

 

つまり,裁判に用いられた鑑定書が決して技術の優れた鑑定人が作成したものとは限らないのである。信じられない事であるが、筆跡鑑定に関していえば、長い期間、鑑定職に携わっていたかなど全く関係がない。裁判に提出されるほとんどが警察OBの鑑定書であるが,似せて書いた筆跡はほとんど真筆と判断されるような技術レベルであることは意外と知られていない。つまり,彼らの鑑定書が提出されるほど,筆跡鑑定の信憑性は低くなっていくのである。

 

それでも,科捜研出身の鑑定人だから信頼できるとか,その出身者でさえこのレベルであるから筆跡鑑定は信憑性がないなどと思っていたら,それは大きな間違いである。科捜研の指紋やDNA鑑定は世界的に見ても非常に優秀であることは認めるが,人が手を加えることのできる筆跡鑑定においては非常にレベルが低いというのが実態である。

 

なぜなら,指紋やDNAなどの「類似性」を追求する日本の鑑定技術は,先述した通り極めて優秀であるのだが,同様の方法を筆跡鑑定にも当てはめていることに大きな問題がある。筆跡は,作為を施せるのであるから類似性をいくら追求しても筆者識別などできないことは何度もこのブログに書き続けているので参照願いたい。

 

以上の現状からこの議論の正解をいうとすれば,筆跡鑑定そのものの信憑性が低いとはいえないが,「多くの筆跡鑑定人の筆跡鑑定結果には信憑性がない(低い)」ということになる。

 

繰り返すが,信ぴょう性が低いと言われる理由は,筆跡鑑定のそのものの信憑性が低いのではなく,筆跡鑑定人の能力や技術の低い鑑定人が数多く存在していることに他ならない。

 

また,筆跡鑑定は科学の分野であり進歩し続けるものなのである。いくら過去の判例を持ち出したところで新しい鑑定手法とは無縁であり意味など持たない。

 

技術の高い鑑定人のみが鑑定を行い,法曹関係者がこの議論をすれば,その正答率の高さから「信憑性は高い」という全く正反対の答えが出てくることは間違いない。また,納得性の高いまともな鑑定書が数多く裁判に用いられれば,自ずと筆跡鑑定の信憑性の評価は大きく向上するのである。

 

法曹関係者の方々は,先入観にとらわれずこのような事実があるといことを忘れないでほしい。筆跡鑑定の貢献により勝訴を勝ち取った依頼人も存在するのである。個人の先入観で,筆跡鑑定そのものの信憑性が低いとか,裁判所は筆跡鑑定を信用していないなどと一部の事例のみで判断することは依頼人にとってマイナスになることもあり得るのではなかろうか。

 

このことに疑義があるかたは当研究所にご連絡いただきたい。きっちりとご説明申し上げる。

 

次回は,『筆跡は時と場合によって異なるし,似せて書くことができるので本人筆跡と比較しても意味がない』という筆跡鑑定の間違った認識について述べてみる。