【ソード☆ビート本編】Chapter13-act2 | 魔人の記

魔人の記

ここに記された物語はすべてフィクションであり、登場する団体・人物などの名称はすべて架空のものです。オリジナル小説の著作権は、著者である「びー」に帰属します。マナーなきAI学習は禁止です。

★act2 過去と未来★

フィロンの部屋、ベッドの上。
レインは彼女に、優しく抱きしめられている。

「ギャングの家に生まれるってのも、なかなかしんどいもんでねェ…」

フィロンは、ゆっくりとレインから離れながら言う。

「小さい頃は、いつも護衛…いや、監視の目があったのさ。危ない目に遭わせられないってね」

「…うん」

レインはうなずく。
彼女は、これからフィロンが話そうとしていることを、真正面から聞こうとしている。

その瞳には、もう涙はなかった。

(子ども好きなはずのおばさんに、子どもがいない理由…)

レインも既に、子どもを産める体にまでは成長している。
フィロンに子どもがいない理由を、想像できないわけではない。

今は、ヴォルトが兄たちの記憶を失い、大変な時である。
言ってみればフィロンの話は、このタイミングで話すべきことではないのかもしれない。

(でもおばさんは、いい機会だって言った…だったらボクはちゃんと聞く。あそこまでニングさんの気持ちがわかったおばさんなんだもん、こんな時に、意味がない話なんてするわけない)

3兄妹の中では最初に目覚め、テンガイ…父親であるガリオンから話を聞いたニング。
あまりのことに激昂した彼を、フィロンはきっちり諭して部屋に戻らせることができた。

もともとレインはフィロンが好きだが、真正面から話を聞こうと思ったのは好きだからという気持ちだけではない。
フィロンがどれだけ自分たちのことを考えてくれているか、ニングへの言葉からも彼女は再確認することができたのである。

だから聞く。
とても重要な、意味あるものとして。

(おばさん…)

レインの瞳の奥に、強い光が宿る。
フィロンはそんな彼女の気持ちもわかるのか、小さく微笑みながら…どこか軽く彼女に言った。

「…小さい頃はそれでもよかったんだ。ギャングがどんなものかは知らなかったけど、両親が自分を守るために部下の人をつけてくれている…守られてるんだなって、感謝もしたよ」

「うん」

「だがねェ、それがずっと続くようじゃ、さすがにウンザリしてくるのさ」

フィロンは苦笑する。

「箱入り娘として育てられたって、あたしはギャングの娘。誰の血を引いたんだか、ケンカっぱやくてねェ…守られ続けてるだけ、ってのがストレスだったんだろうね」

「うん」

「何度も護衛の目を盗んで逃げたり、勝手気ままに遊んだりしてたよ。親はもちろん口うるさく言ってくる…なんだかイヤになっちまってね」

そして彼女は、グルティスに入るとだけ言い残して家を出た。
何度か使いの者が来たこともあったが、彼女は頑として家に戻ることはなかった。

「そこでしばらく仕事して…んで、アレラに出会って。その頃のあたしは今以上にツンツンしてたけど、あの子も負けてなかったね」

「え…母さんが、ツンツンしてたの? ケンカとか…?」

自分が知っている母親とは全く違うのだろう、レインが尋ねる。
フィロンは笑いながら首を横に振った。

「グルティス内じゃケンカはなかったよ。ただ、あたしたちは例外だった…よく意見がぶつかって、食堂でもめてたもんだよ」

「そうなんだ…なんか意外だなぁ。母さん、どっちかっていえばぼんやりしてる感じだから…」

「あははっ、その片鱗はその頃からあったよ。妙なトコでいきなり説教が始まったり、お前が見たら絶叫しそうな気味悪い魔物を見て『かわいい』って言ったり…どっかつかめない子だったね」

「うわぁ…」

レインは絶句してしまう。
どうやらアレラの若い頃は、彼女の想像を遥かに超えているようだ。

フィロンは話を戻す。

「それからしばらくして、ソラルとも出会った…すぐにあたしたちふたりはシビレちまってね。性悪な話だけど、アイツに近づこうとする女たちを、ふたりして遠ざけるように仕向けてたね」

「え」

「それだけアイツはすごかったのさ…昔話に出てくるような、心が真っ直ぐなヒーローって感じだったよ。オマケに強かった」

フィロンは少しだけ遠い目をしながら、ソラルについて話す。
戦闘タイプは万能型であり、魔法も使えれば肉弾戦もこなせるという、誰が見てもすごいハンターだったようだ。

「…ただね、色恋に関してだけはてんで鈍感だったのさ。いつもあたしたちがいっしょにいるのに、アイツはあたしたちを女としては見てなかった。頼れる仲間だとは、いつも言ってくれてたけどね」

「…そうなんだ」

「ただ、妙なトコで抜けてるっていうのはアレラと共通しててねェ。笑いの趣味も人とは違ってたよ。よくふたりで爆笑してたけど、あたしには何がおかしいのかさっぱりわからなかったね」

そう言って、フィロンは肩をすくめてみせる。
そんな彼女にレインも苦笑した。

「ま、そうやってソラルやアレラと一緒に何度か仕事をしてるうちに、ガリオンとも組むことがあったわけだけど…あたしはその仕事が終わった少し後に、ふたりとは別れたんだよ」

「え? どうして?」

「昨日も話したと思うけど、親が倒れてねェ…さすがに家に戻らなきゃならなくなっちまったんだ」

フィロンの表情が少し沈む。
それを見たレインは、何かを感じ取った。

(…きっと、ここから…)

いつも本質をずばり言ってしまうようなフィロンが、前置きを長くしていることもわかっていた。
つまりフィロン自身でさえ、ここから先のことはあまり言いたくはないはず。

(受け止めなきゃ)

両親の話を聞いて、少しゆるんでいた心が引き締まる。
彼女はまた真剣な表情で、フィロンの話を聞いた。

「あたしたちギャングってのは、ナメられたら終わり…それはお前ももう、重々わかってると思う」

「うん」

部下にハッタリを言ったライトが、どれだけの危機に瀕したか。
その記憶は、レインの中ではまだ新しい。

「あたしの親はギャングのボス…それが倒れたとなれば、他のギャングたちはこぞってつぶしにかかる。今までは仲良くしていたところにさえ、平然と裏切られるようになってくる」

「うん…」

「さらにタイミングの悪いことに、フィグローネに恨みを持ったヤツがそういう連中と組んじまってねェ…当時の幹部の子どもをさらっちまいやがったのさ」

フィグローネのボスにとって、部下は家族。
その家族も、また同じ家族なのだ。

家族に手を出されれば、黙っているわけにはいかない。
しかしボスであるフィロンの親は、病にふせってしまっていた。

「正直、戻りたくはなかったよ。あたしはギャングとして生きたことなんてないから、言ってみれば修行不足でもあるしね。だけどあたしは戻った」

「…」

「病気で動けない親の代わりに、あたしを『とりあえずのボス』にするつもりなんだろうっていうのもわかってた。ハンターの自由な暮らしから一転、人形にされちまうんだ。戻りたくなんてなかったさ」

しかし、と彼女は言う。

「さらわれた子どもは、昔からあたしの護衛をしてくれてた人の子どもだった。そして、曲りなりにもあたしを育ててくれたフィグローネ…あたしの『家』は、内部分裂を起こしかけてた」

「…」

「あたしはギャングの家に生まれた者。そして守ってもらった恩もある…病気で口うるさくなくなっちまった親を見て、あたしは決めたんだよ。全部守ろうって」

「おばさん…」

それはどれだけの決意だっただろう。
彼女は軽く言っているが、ソラルに対して並々ならぬ想いがあったことは間違いない。

家に戻るということは、ソラルへの想いを捨てること。
そしてそれを守るということは、もう守ることしかできなくなるということである。

「だけど、あたしの自慢はスピードとケンカの腕だけ。そんなもんじゃ、さらわれた子どもを助け出すことも、内部分裂を止めることだってできやしない…前にも言ったけど、単純な力なら警士団やハンターの方がよっぽど強いんだ」

ではギャングの強みというのは何か?という話になる。
フィロンは、それは組織戦ができることだと語った。

「1対1じゃ負ける。でも、数で様々な攻撃をしかけていけば、相手がどんなに強かろうと勝てるんだよ。もっとわかりやすく言えば、四六時中相手を張ってればいい」

相手がひとりの場合、こちらは交代制でプレッシャーをかけ続けることができる。
どんなに強い者でも、眠らないわけにはいかない…そこを突けば勝てるという計算である。

「だけど、内部分裂を起こしかけたフィグローネじゃ、組織戦はできない。それじゃ戦っても死人が出るだけだし、子どもを救うこともできない…だから、あたしは」

スーツをはだける。
そこには、つると花のタトゥーがあった。

「この力を刻み込んだのさ。自分の体にね」

「おばさん、それってまさか…!」

レインは気付く。
子ども好きであるフィロンになぜ、子どもがいないのかを。

「…物事ってのは、そう都合よく済ませてくれないもんだよ」

フィロンは笑う。

「お前も知っての通り、このタトゥーには『与えすぎる力』が宿ってる。だが、与えるってことはどっかから『与えるモノを持ってこなきゃ』いけない」

「…!」

レインは、ただ絶句している。
開ききった目から、涙がこぼれた。

フィロンは、そんなレインの頭をなでながら言う。

「あたしはね、母親になることを捨てたのさ…今まで自分を守ってくれたものたちを、守るためにね」

「おばさん…!」

もう彼女は耐えられなかった。
涙があふれ、フィロンに抱きつくことしかできない。

彼女は笑顔で、その頭をなでてやる。

「効果はテキメン…もともと女が多かったフィグローネだ、あたしの覚悟を理解する者の方が多かったよ。それで内部分裂はすぐに収まった」

「うううっ…!」

「そうなれば組織戦ができる…あたしが母親になることを捨てたことで、みんなはこれ以上ないくらい団結してくれたよ。子どもも救い出せたし、さらったヤツももう、あたしたちに恨みなんて持たないって言ってくれた…」

そして彼女は小さく笑う。

「ついでに、そいつをそそのかした他のギャングたちも締め上げてやったけどねェ。ふふふっ」

「ううっ、うううぅ…!」

(だけど、だけどおばさん…っ!)

嗚咽をこらえるために、レインは歯を強く食いしばる。
フィロンは明るく言っているが、女性が母親になることを捨てるなど、並大抵のことではない。

(小さい頃から守ってくれたからって、だからって…そんな…!)

頭をふるふると振る。
とてもではないが、レインにそんな覚悟を決められる自信はない。

(ボクは…おばさんに子どもができないのは、体質のせいだって思ってた…父さんとの子どもができないから、だから父さんをあきらめたのかなって…でも、違う…!)

不妊体質で子どもができないこと。
それも確かに大変なことであり、女性としては最もひどい苦しみのひとつだろう。

だがフィロンは違う。
「家族」を守るため、それを自ら捨てたのだ。

その決断を、まだ若い、未婚の女性がしたというのだ。
フィロンの覚悟、苦しみがどれほどのものか、レインには全く想像がつかない。

彼女の頭をなでながら、フィロンはまた軽く言う。

「そんなに泣かなくてもいいよ…レイン。どうせあと10年とそこらたてば、どっちにしたってあたしは子どもを産めなくなる。それが早いか遅いかの違い…そんなもんさ」

(違う…!)

レインは、そう叫ぼうと顔を上げる。
フィロンを見つめるが、涙に邪魔されて言葉が出ない。

(そんなことじゃない…! そういうことじゃない! おばさんだってわかってるのにっ!)

叫びたいのだが、言葉はノドに詰まっている。
どこか悔しそうな表情さえ浮かべながら、レインは頭を横に振ることしかできない。

(お母さんになることを、自分から捨てるなんて…! そんな大切なものを、自分から捨てるなんて…!)

彼女は強く思う。
そう心に思い浮かべた時だった。

「…!?」

ぴたりと涙は止まる。
レインの顔は、驚きに包まれていた。

(大切なものを、自分から、捨てる…?)

そしてフィロンを見る。
彼女は、まるで母親のような顔でうなずいた。

「わかったかい? レイン…あたしにはね、あの子の、ヴォルトの気持ちがわかるんだよ」

(おばさん…!)

フィロンが伝えたかったこと。
それをレインは、言葉にならないながらも感じ取った気がした。

「レギィスから聞いたよ…あの子は、兄貴たちとの大切な思い出をレギィスに喰わせたってね。本当なら別の記憶を使うつもりだったらしいけど、ヴォルトが敢えてそれを選んだらしいよ」

(え…?)

レインはレギィスを見る。
それまでずっと黙っていた魔剣は、静かにこう語った。

”記憶が上質…つまり、大切であればあるほど生み出される力は強くなる。それはつまり、奇跡の度合いが高まるということだ。私は、ヴォルトがこれから生きる上で支障のない記憶をいくつか集め、それで力を高めようとした”

「…う、うん…」

”記憶の中には、自分が忘れているような記憶もある。思い出せば郷愁を感じるだろうが、普段は忘れている…そんな記憶をいくつか使い、力を作り出そうとした。しかし…”

ヴォルトが、シシリッカの攻撃を避けてレギィスに触れた時。
彼女は自ら、兄たちへの想い…憶え続けている大切な記憶を、魔剣に差し出した。

”想いの速度は、とてつもなく速い…どんなに精密な測定器でも測ることなどできん。ヴォルトが私に触れた一瞬の間に、ヴォルトはその記憶を使えと言い、私は止めたが選択せざるを得なかった。そして結果的には…ヴォルトが正しかった”

「そう…なの?」

”私に触れた直後、ヴォルトもシシリッカに攻撃され…致命傷を受けた。もし私の考えで力を作り上げていたら、ヴォルトまでは助けられなかっただろう”

それはつまり、ヴォルトの記憶を使ってライトたちを助けながらも、自身は死んでしまうということになる。
だがヴォルトは、決して自分が助かりたいために、それを見越して兄たちへの想いを差し出したわけではない。

”自分たちは助かり、ヴォルトだけが死ぬ…そんな結果になれば、兄たちの心はどうなるか? どうやらヴォルトは、そこまで見通していたようだ”

「ヴォルトちゃん…!」

もしそれでシシリッカを撃退できたとしても、残るのはヴォルトの遺体と悲しみ。
そして無力感と絶望である。

そうなってしまえば他人であるレインですら、心がどうなるかわからないというのに…
今まで助け合って生きてきたライトとニングの心が、壊れないはずがない。

レインが見たヴォルトの記憶、そしてこの行動は、ライトたち3兄妹の絆がそれだけ強いということを、如実に物語っていたのだ。

(ヴォルトちゃん…キミは…!)

「だからね、レイン」

また泣き出しそうになる彼女を、フィロンが抱きしめる。

「記憶をなくして戸惑うあの子を、ちゃんとサポートしてやるんだよ。お前はシンプルな考えで突っ走るのがいいトコだけど、これからはもっと考えなきゃいけないんだ」

「おばさん…」

「あの子に救われた、命なんだからね」

「うん…!」

大切な記憶を、完全に失うとわかっていながら差し出したヴォルト。
そして母親になるという、女性にとって大切なものを「家族」のために捨てたフィロン。

フィロンが語るからこそ、レインの中にはこれ以上なくしっかりと刻み込まれる。
大切なものを犠牲にして、助けてもらったということを。

「ただね、レイン」

フィロンは、抱きしめていた体を離し、今度は顔を近づける。

「大切なものを捨てて守ってもらったこと…それを気に病んじゃいけないよ。気にしすぎてもいけない。あくまでも、今までよりちょっとだけ、ちょっとだけ考えていくっていう程度でいいんだ」

「ちょっとだけ…?」

「そうさ。あまり気にされすぎると、こっちだってなんだか悲しい気分になっちまう。あたしが助けたかったのが、『気を遣ってくれる家族じゃない』のと同じように…」

レインの頬に、軽く指を当てる。

「あの子が、ヴォルトが助けたかったのは、今まであの子と一緒に歩いてきたライトたち、そしてお前なんだからね」

「う…うん」

フィロンの言葉に、レインは戸惑う。
彼女の言っている意味がわからないのだ。

しかしそれを感じないフィロンではない。

「そうだねェ…ああ、そーいやお前、前にリグーアスタ家のお嬢ちゃんに薬届けてやったろう?」

「え? フルーレさんのこと?」

レインは目を丸くする。
部下から報告を受けているとは言っていたが、まさかフィロンがそこまで知っているとは思わなかったのだ。

しかしフィロンは、彼女の驚きに構わず続ける。

「それでお嬢ちゃんの病気が治って、お礼を言われる…まあ、ここまではいいだろうさ」

「う、うん」

「だけど、それからも会う度にずっとお礼言われ続けるってのは…いい気分かい?」

「え、それは…」

レインは困った顔になる。
それを見て、フィロンはうなずいた。

「そうさ、それが普通の反応だよ。礼がないのはムカつくけど、一度言ってもらえればそれでいい。仲良くなれるようなら、普通に仲良くしたい…そうだろ?」

「うん」

シンプルな話に、レインは納得してうなずく。
フィロンは彼女の頬に当てた指を離しながら、笑顔で言った。

「ヴォルトに対しても、そういうふうに接してやりなって言ってるのさ。兄貴たちの記憶はなくなったようだが、お前の記憶はあるらしいからね」

「え、そうなの? レギィス」

”ああ。少しばかり失われてはいるが、お前のことは憶えている。目覚めれば、今まで通りお前に接してくるだろう”

「そうなんだ…」

(それは嬉しいけど…でも、ライトくんたちのことを考えると…)

やはり表情は沈む。
そんな彼女の両肩を、フィロンは強めに叩いた。

「レイン」

「え」

「お前はそういう顔をしちゃいけない…そういう顔をするのは、あのふたりに譲ってやんな。そしてヴォルトに、ちゃんとふたりのことを教えてやるんだ」

「教える…?」

「ガリオンに似ちまったのか、どこかひねくれてるからねェ、あのふたりは。本当の気持ちなんて、ヴォルトに言いやしないよ。だから、お前が教えてやるんだ…少しずつね」

「で、でもボク、まだそんなにライトくんやニングさんのこと、知ってるわけじゃ…」

「だからちょっとずつでいいのさ。今までのことを教えたって、その記憶がないヴォルトは信じないかもしれない。だけど、しばらく一緒にいてちょっとくらいは性格もわかっただろう?」

「う、うん…ライトくんは冷静で頭がいいし、ニングさんはおちゃらけてるけどマジメな時はマジメ…」

考えながら言うレインに、フィロンは笑う。

「冷静で頭がいい、ってのは性格とはちょっと違うがねェ…まあいい。そういうことを、ちょっとだけ教えてやるのさ」

「う、うーん…?」

「ヴォルトにとっては、いきなり知らない男ふたりと、しゃべる魔剣に取り囲まれて起きることになる。そんなわけわかんない状況から逃げ出さないように、ちゃんとヴォルトを安心させてやるんだよ」

「安心させてあげればいいの?」

「そうさ。そうしてやれば、また一緒に行動するようになる。妹という記憶はなくても、ライトとニングを『仲間』と思える記憶を作ってやることはできるさ」

「だけど、それじゃライトくんとニングさんが…」

「あれだけ優しい子だ。親密になれば、妹あつかいされても別に気にしなくなるよ。もしかしたら、本当に妹なのかもって『勘違い』するかもしれない」

つまりフィロンは、まずはヴォルトを安心させることで、ライトやニングとともに行動させることができるようにしろと、レインに言っている。
そしてまず、「新たな仲間」という意識を芽生えさせろと言っているのだ。

完全に取り出され、消えてしまった記憶は戻らない。
だが、また新たに…ともに生きていくという選択肢は残っている。

フィロンが「家族」を守ることを決め、母親になることを捨て…しかしそれを後悔することなく生きてきたように、ヴォルトにも「新たな記憶」を作ってやればいい。

彼女はレインに、そう伝えたかったのだ。

「…うん…」

最初はそれがわからなかったレインも、フィロンの話をしっかり聞き、考えていくうちにそれを理解するようになってくる。

「そうだよね…ボクまで落ち込んでちゃダメなんだ。ヴォルトちゃんは生きてる…そして、後悔だってないはず」

「ああ、そうさ。もし記憶を使ったってことをあの子が理解したとしても、きっと後悔なんてしない…それどころか胸を張るよ。あたしみたいにね」

そう言った直後、フィロンはいたずらっぽく笑う。

「ま、あたしはギャングだから、胸張らなきゃ商売あがったりなんだがねェ」

「あははっ」

レインの顔に、笑顔が戻る。
彼女は今、自分がすべきことを…しっかりとその胸に刻みつけた。

(そうだよ、メソメソなんてしてられない! ヴォルトちゃんに助けてもらったんなら、ヴォルトちゃんのためにがんばろう!)

レインの想いは、とてもシンプルだった。
だが、だからこそ力がわいてくる。

彼女はその想いのまま、フィロンから少し離れてベッドから降りた。

「…行くのかい?」

「うん」

ベッドに座っているフィロンに振り返ることなく、彼女はドアに向かって歩き始める。
その背中に、フィロンの言葉が飛んだ。

「わかってるとは思うけど、最初はハードだよ…しっかりやんな」

「うん!」

そしてレインは、振り返らないままドアを開き、部屋の外に出た。
そこには世話係の女性が立っている。

「こちら、です…」

フィロンの話が聞こえたのだろう、彼女は目に涙を浮かべていた。
レインは、涙をふく彼女に案内され、ヴォルトたちのいる部屋へと向かう。

(ヴォルトちゃん…またいっしょに行こう。ライトくんやニングさんといっしょに、みんなでいっしょに、どこだって行こう!)

もう、思い出すことはなくても。
それでも、生きていれば未来はある。

レインはそれをはっきりと感じながら、広い廊下を歩いていくのだった。

>act3へ続く

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