今年は23年ぶりに『男はつらいよ』の新作が公開されたので、「お正月には寅さん」を実践できる千載一遇のチャンスだったのに、昨年4月より始めた「月に一度は劇場映画観賞」の新年1月にチョイスしたのは、なんと『フォードvsフェラーリ』だった。わが”邦画離れ”を嘆くのみだが、本作を選んだ理由は、きっと単純なスカッとする、新年にふさわしい映画と思ったからだ。しかし、実際観賞してみると、思いがけず後味の悪い、気が重くなるような映画だった。

 

 

 タイトルこそ『フォードvsフェラーリ』だが、本作は単なるルマン24時間耐久レースにおける両社の戦いのみならず、本来ならば更に”vs”をつけて、フォードに雇われた、かつてのルマン優勝の経験を持つカーデザイナーであるキャロル・シェルビーと、彼が見初めた名ドライバーのケン・マイルズが、大企業に”エクスペンダブル”(使い捨て)されていく上での戦いも、物語の中心となっている。

 

 1960年代にフォード(アメリカ)がフェラーリ(イタリア)にルマンでなかなか勝てなかった、っていっても、そもそもアメリカは、世界の富と栄光を片っ端から搾取し続けた国なんだから、これくらいよその国にくれてやってもいいだろう、ってまず思ってしまう。しかしそんな些末なことさえも実に屈辱的に描かれるところにハリウッド映画(アメリカ)の驕りが感じられる。それでいうと、ルマンの栄光とは裏腹に経営不振に陥ったフェラーリをフォードが買収に行く件は、例えば「3連覇したが独立採算制で経営母体が脆弱な広島東洋カープを讀賣が買収する」ような話で(フェラーリもカープも赤基調だし、フェラーリを買収に行くフォードの幹部を乗せた車は黒塗りだった(;^_^A)、むしろ、大企業のフォードを追い返して、同国のフィアットに買収されるなんて、本当は痛快な話のはずだ。しかしこのことで、劇中フェラーリはすっかりヒールになってしまう。

 

 とはいっても、何とかしてフェラーリにフォードが勝つという結末を良しとしなければ、物語は楽しめないから、一応フォードが白羽の矢を立てたキャロル・シェルビーの活躍を期待することとなる。この役を演じるのがマット・デイモンで、劇中認識できた唯一の俳優だった。彼が見初めたのは、腕は確かだが行動も発言も粗暴な自動車整備士のケン・マイルズ。彼に関しては、あまりにも無軌道というか”KY”なキャラ設定だっただけに、中盤まで感情移入できなかった。のちに本作最大のヒールとなるフォード副社長のレオ・ビーブとのファーストコンタクトでも、彼の自慢のフォード車を無粋に完膚なきほどにこき下ろすなど、常識人がやってはならないことを平気でやってのける”イカれた男”ぶりを発揮し、彼を演じていたのが『リベリオン』のクリスチャン・ベールとは、パンフレットを見るまで気づかなかったくらいだ(だから最初はむしろビーフ副社長に同情した)。

 

※ここから先はネタバレも含みます。ご注意ください。

 

 そんな訳で、ナンバー2からすっかり嫌われてしまったマイルズと、彼を雇うシェルビーだが、やがて車の開発と実績を積み、ついに66年のルマンにチャレンジする。そこでマイルズは神がかり的な走行を披露し、フェラーリの2台を見事追い越す。直後2台のフェラーリはすべてトラブルでリタイヤし、マイルズを含むフォードの3台が1・2・3を独占する。大差をつけて先頭を行くマイルズに、その後を追うマクラーレンともう一台。そこで件の副社長が3台同時にゴールインすることをフォード社長に提案する。その連絡はピッチのシェルビーにも伝えられ、もちろん彼はその提案を一蹴するが、一応マイルズにも伺いを立てる。すると今まで全く無軌道ぶりを発揮していたはずのマイルズは、よりによってこの提案を飲んでしまい、ゴール間近で減速、他の2台と並んでゴールインする。

 

 そこからが問題。3台同時ゴールながら、先頭を走っていたマイルズが優勝なのは自明なのにも関わらず、マスコミは彼ではなく2番手のマクラーレンの方へ向かう。なんでも同時ゴールの場合は、スタート時より後だった者が優勝するという”影のルール”が存在していたというのだ。それによって、まんまと嵌められたようなマイルズは、優勝を逃しただけでなく、その直後のテスト走行で事故死してしまい、そのまま何の起伏もなく映画は終わってしまう。この後味の悪さは、『徳川女刑罰絵巻牛裂きの刑』に匹敵する。それまで2時間以上見続けて、「これはなんだったんだ!」って叫びたくなるような虚しさだった。

 

 もちろんこれは史実なのだろうから、変えようもなかったんだろうけど、なんでこんなカタルシスのない物語をわざわざハリウッドで撮ったのだろう。それこそ、ヒトラーやシャロン・テートの運命に抗ったタランティーノが監督だったら、もっと気の利いたフィクションを用意してくれたろうに………

 

 レースの重量感は半端なく、文字通り歯を食いしばり手に汗握って観るような迫力があった。劇場でレースを体感したい人にはお勧めの作品かもしれない