自死遺族が始まった日のことを振り返り
学んだことも含めてアウトプットしている
「自死遺族が始まった」シリーズです。
前回はこちら↓
死の現場で
学んだことを書きました
でも良かったなと思うのは
「自分で死んだ」と理解すると
なんで,死んじゃったの?
どうしてこうなったの?
という
なぜなぜ迷路に行かなくて済んだことです。
なんで、じゃなくて
自分で死を選んだ
なんででだろうが
かんでであろうが
彼がその選択をした
と言う
シンプルな答えであることを
理解したおかげで
美化もしなければ
恐怖にも陥らなくていいから
ある意味
楽でした。
ここに至るまで
実際に当日の夜
家に居るのがすごい怖かったです。
人が自死した所にいるって。
物音ひとつ
すごい怖かったです
でも、
それすら
自分のなかの
死や
自死に関する
偏った発想だったなぁと
気づかせてもらえる
キッカケになりました。
今では
同じ格好で
彼の家のその場所で
毎回寝っ転がったりしています。
なんも伝わってこないけど
最後がこんな景色だったんだなぁを
みることは出来ました。
でもね、
シンプルなぶん
事実とダイレクトに
直面し続けるわけで、
ある意味そっちのがキツいんですよね。
続きます↓

