ふと、思い返したことを

つらつらと書いてみたいと思います。

 

 

 

 

 

16歳で妊娠した時に

 

初めから終わりまで

 

親に相談するつもりは全くなかったんです。

 

 

 

 

 

 

なんでかといえば

 

 

・怒られる

 

・嫌われる

 

・家に居場所がなくなる(そもそもない)

 

・頼りにならない

 

・産みたいのを応援してくれると思えない

(世間体・外面気にする)

 

 

 

助けてくれる守ってくれる気が

全くしなかった。

 

 

 

 

 

 

何より親自身が

不仲で離婚直前で

 

自分のことで目いっぱいで余裕がない

 

 

 

 

お世話はしてくれた

 

 

 

 

でも、

 

義務だからと言われてされる

お世話に

 

嬉しくはなく

 

 

 

今となれば

それでも出してくれ続けていた

 

たくさんのご飯に

寄せられていた思いや愛情は

 

 

 

 

あの時分からなかったし

感じられなかった。。。

 

 

 

 

 

 

家族といても

ぬくもりをかんじられずに

 

 

 

お腹の子だけが

 

初めて

温かく血の通った存在だったからこそ

 

 

 

あのとき

命をかけても

 

本当は守りたかったんだよね。

 

 

 

 

 

だから親は

 

あの時私がずっと死にたかったなんて

 

死ぬことばかり

考えていたなんて

なんならリストカットしてたなんて

 

これっぽっちも知らないんだと思う

 

 

 

 

 

どこかで

 

こっちから言わなくても

気づいたら声かけて来るかも

 

と、

 

 

願っていた節もあったかもしれません。

 

 

叶わなかったな🤣

 

 

 

 

 

分かってくれないを

握りしめていた反面

 

 

でもどこかで

 

 

 

自分のことに巻き込んで

これ以上苦しめたくなかった

 

 

子どもなりの優しさも

あったのですよ。

 

 

(日記読まれて全部バレたあとの

ぼろぼろだった母を思い出すだけで、

 

今でも蘇る

死にたいくらいの罪悪感😢が、

 

自分の体験よりひどかった。

 

 

ショックで生理が

10ヶ月止まったと言われて申し訳がなさすぎた😢)

 

 

 

 

 

子どもというのは

 

なんだかんだ言いながらも

 

やっぱりある程度は

親をかばう本能があるんでしょうね。

 

 

↑色を付けた分は追記分です

 

 

 

 

 

で、実はこの伏線が

 

兄の死が引き金となって

すべて回収されることになるなんて

 

 

 

 

夢にも思っていなかったし

 

すべてが解き明かされるまでに

28年の月日がそこまでかかるのです。

 

 

 

 

長いので明日に続きます↓