いまをいきる〜白金台の人材研究所編~

いまをいきる〜白金台の人材研究所編~

東京港区白金台にある株式会社人材研究所代表取締役社長の曽和利光のブログです。主に、起業日記と、人と組織について思うことなどを書き連ねたいと思います。

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さみしがりやだといろいろなところで言いながら、実は最近自分はむしろ自己完結をしている人間なのではないかと思うようになってきた。



まず、親に依存していない。自分をよく知る人からは、「あなたからは親のにおいがしない」と言われる。日常的に親のことを誰かに話すということがない。というか、皆さんは親の話題をよくするのだろうか。小さい頃からそうだったような気がする。たぶんかわいくない生意気なガキだったのかな・・・。頼ってくれる子どもの方がかわいいだろうし。


そして、18歳の頃から家を出て一人暮らしを続けている。以来、実家には年に1回か2回帰るかどうか。結婚してからも、妻子は京都で、自分は東京と、かなり長い間単身赴任している。そしてそれはこれからもずっと続くだろう。もちろんできるだけ帰りたいと思う。しかし、帰る最適でスケジューリングするかというとしていない。仕事などを優先してしまうことが多い。家族には迷惑をかけっぱなしだ。


友人や仲間たちと大勢で飲むことは大好き。お酒を飲んでいても、いろんな人を呼んで、最終的に大変な人数になっていることも多い。しかし、場を盛り上げねばという役割意識から(という言い訳で)、結局自分が話しているような気がする。人の話を聞いていない。何回も会っているのに、結局この人はどんな人なのかわからないという人もいるし、質問して答えてもらったことをきちんと覚えていないこともある。だから何回も同じ質問をしてしまう。


独立するのではなく、会社を立ち上げたのは、仲間と一緒に仕事がしたいからという理由。しかし、現在では8割以上個人プレイヤーで経営者としての仕事は2割以下しかできておらず、きちんと役割を果たせていない。仲間にも迷惑をかけている。プレイヤーとしての仕事を絞る選択肢もあるが、講演などの仕事を断らないでいるとこうなる(断れる身分でもないですが・・・)。会社にいると「珍しいですね」と言われる始末・・・嗚呼。


そうして・・・こうやってまた「オレ話」をしている。自己完結、自己中な自分。



しかし、一人で山にこもって、隠遁生活ができるような自己完結とは全然違う。自分の中が豊穣であれば、きっとそういうことができるのだろう。一人旅でさえしたいなどと思ったことは一度もないし、一度もしていない。みんなはなんで一人旅なんてしたいのだろう。気持ちがわからない。


袖触れ合うも他生の縁。知り合った人とは深く分かり合いたい。通り一遍のドライな付き合いではなく、その人が大事にしているもの、生きている理由を知りたいし、知ってほしい。人事をしていると、人は結構いろいろ抱えて生きていることを知ることが多い。そしてそんなことは微塵もみせずに、平気な顔で日々を送っていることも知っている。そういうけなげな生き方が好きだ。そして、なんとなく、自分にだけは、ぼそっと打ち明けて欲しいと思ったりする。そういう人になれたらいいなと思う。


自分には究極的にはやりたいことがない(もちろん、今は「できること」がいろいろできて、その能力を生かして「ふつうの意味では」やりたいことはたくさんある)。人の役に立ちたいという貢献欲求がすべて。18歳の頃、河合隼雄先生が授業で言っていた「触媒」という言葉が好き。自分の人生は人の「触媒」でありたい。誰かが何かを実現するための捨石、踏み台。化学反応を起こすそのものではなく、触媒というところが重要。自分自身は何も変わらない。



そうだ、自分は触媒だったっけ。


自己完結しているが、誰かに何か貢献したい。でも誰かと交わるわけではなく、自分は一人でそのままでいる。何も変わらない。たぶん本当は誰の影響も受けたくない。針ねずみとも違うが、近づきたいが、近づきたくないジレンマ。混じり合いたい、化合物の人からは、クールでドライだと感じられるのだろう。冷酷な男のように(顔はこんなですが)思われているかもしれない。そんなことないんだけど、その声は内にこもったままで相手には届かない。


自己完結しているのにさみしいというのはそういうことなんじゃないかと思いました。


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けして提灯文章を書くつもりではないが




神の啓示のように




「お前の今があるのは、過去の上司たちのおかげだ」




と今更ながら気づいて




感謝の気持ちがぶわーっと湧き起ってきたので




忘れないようにメモとして残す。








まだまだ若造な自分が言うのもなんだが




思えば、上司に恵まれた人生だった。




こんなめちゃくちゃな自分が生きて来れたのも




彼らが自分を守り、引き上げてくれたからだと




今更ながらに思う。






最初の上司群。 


 ※公人っぽい人のみ実名です・・・みなさん偉いので全員公人と言えば公人ですが・・・




まず、マネジャーだったIさん(現・Rグループ某社人事部長)。




弓道日本一。武道をやっていただけあり、当時のリクルートでは珍しいまともな方で、リクルートのやんちゃな雰囲気に戸惑っていた自分には本当にオアシスのような方であった。彼の庇護がなければ、あの当時の戦闘的なリクルートでは、普通にすぐつぶれていたかもしれない。自分を理解してくださり、その安心感の下で、がむしゃらに採用活動にまい進できた。最初の直の上司がIさんで本当によかった。






その上のシニアマネジャーのTさん(元リンモチ常務、現・某NPO理事長)。




その後、彼の下で、一時一緒にベンチャーを立ち上げることになる方。人との交流の経験豊富な方で、人間に対する洞察が深く、僕が社会的望ましさに引きずられた建前で話をしてしまうと、「ほんまにお前そんな風に思ってるか?」とずばっと見抜かれた。きれいな部分も汚い部分も含めて、人間を見ていこうと思うきっかけになった方。大変フランクな方で、今もフラットにお付き合いさせていただいている。実はいろいろ迷惑もかけたのだが、全然気にせず、水に流してくれている度量の広い方。






その上の部長。今をときめく、Jリーグ新チェアマンの村井さん。




村井さんは、尊敬しかない。まさに「自由闊達」を体現された方。「大人なのに自由」というのに強く惹かれた。尾崎豊的な自由ではない。例えば、最終面接の時、ふっと気づくといない。大騒ぎでいると、「晴れていたから、日比谷公園で学生と話していた」と。自由だ。別に行こうと思えば、日比谷公園に行って話すことはできる。しかし、普通の人は最終面接中にそんなことは99%しない。というかできない。でも、考えれば、その人の素を見たければ、人と人として話したければ、そういうやり方もいい。それができる人と、できない人がいる。村井さんの本質的な自由さには今でも憧れる。ああなりたい。






その上の役員。現在は弊社の社外取締役でもある、関一郎さん。




関さんはリクルートでは常務までつとめられ、その後、松竹の取締役となって、歌舞伎の世界展開などにも関わられた方。大変文化に造詣の深い方で、「エグゼクティブは教養あるもの」というイメージの基礎となっている。関さんの前では知ったかぶりはできない。勉強しなくてはと思う。関さんは、今でもお世話になっているが、ずーーーーーーーっと自分の庇護者であった。リクルートの中では外れものの自分を評価してくれていた(と感じた)。関さんの期待を超えようとして、僕は頑張ってきたかもしれない。それで、今の自分を律したいと思い、今も無理を言って自分を取り締まっていただいている。ある意味、自分にとって、一番怖い人。この人に「つまらんやつだ」と思われたくない。






その後の上司陣。






人事を出たいとわがままを言って出してもらった時、引き受けていただいたのが、先日も弊社で人事向け勉強会講師をしていただいたリクルート組織行動研究所所長の古野庸一さん。その知性に敬服するしかない。豊富な知見をもとに、物事を様々な角度から見て、通常とは異なる見方を次々と提示される姿を見て、「知性とは相対化である」ということを肌身で感じさせていただいた。それとともに、実は学者になりたいとか思っていた自分が、絶対に学者には向いていない、と深く諦めることができたのもよかった。それ以降、学者になりたい病、亡霊は出ていない。






ただいまさぼり中の剣道の師匠(七段!)でもあるのが、某IT会社人事部長のYさん。半年ほどの上司だったが、それまで「効率」ということを全く考えずに全方位的に仕事をしていた自分を戒めてくださった。また、その後のマネジメント要諦と思っている「自分がいなくても回る組織を作る」という考え方は、この方から授かった。あと八方美人だった自分に、時には悪者になる必要性を教えてくださった。でも、本当に優しい方というのはこういう人なのだと思う。あと、酒もめっぽう強い。女性にももてる。まねできません!






もともとリクルートに入る時の採用担当だったSさん。私が採用マネジャーだった時の人事部長で、自由に思い切りやらせていただいた。採用時は、思い上がったバカな学生だった自分の話を何時間もぶっ通して聞いてくれ、自分をわかってもらえたと思い、リクルートに入社することにした、とても懐の広い器の大きな方。誰かにわかってもらうというのが、自分はどうも苦手で、いつも「わかってくれない」とか童貞っぽく思っていたのだが、それを突かれたとも言える。あの時のバカな自分からずっと知られているため、この方には頭が上がらないし、僕にとっては、「昔の自分を収めたタイムカプセル」のような方。節目節目で相談したくなる。あと、雰囲気は茫洋としていたりするのですが、その分、大局観があり、「木を見て森を見ず」になりがちな自分をいつも戒めていただいた。判断力がすごい。今は某大企業にヘッドハンドされて人事役員をされている。






現在、某ブライダル系リーディングカンパニーの人事部長をされているKさんも、すごい上司だった。とにかくカミソリのような切れ味。少しでも適当なことを言おうものなら、即座にずばっと指摘される。当時は話をするだけでも、緊張した。賞与月数を決定するシミュレーションをする時など、50回とか平気で書類を突き返された。なにくそ、と思い、くらいついていく根性を鍛えていただいたような気がする。そんなKさんも、実はとても優しい人であるということが、いろいろなことからわかると、「ドライな人だ」とか思っていた自分が恥ずかしくなった。関さんにも、「Kのことがわからんようでは、お前はダメだ」と言われていた理由もわかる。今でも、仲良くさせていただいている。






リクルートの最後に、自分の採用の師匠であるKさん。現在はRグループ某社の人事部長をされている。自分の採用の考え方はすべてKさんから学んだと言っても過言ではない。超採用オタク。情熱が半端ではない。採用界の長嶋茂雄。天才肌なので、時に凡人には意味がわからないことをおっしゃるが、よくよく後で考えると、かなり深いことをいつもおっしゃっている。自分の出世とかには何にも興味がなく、ただただ、いい人を見つけ、育てることに関心を集中させている採用の神様。しかも、石田純一風でかっこいい。天は二物を与えると思った方。



ライフネット時代の上司は、説明するまでもないくらい有名な岩瀬さん。初めての年下の上司だったが、なんら問題なく、上手に自分を操作していただいた。スーパースマートで、処理能力が桁違い。ただ、岩瀬さんの本質はそこではなく、「かわいいところ」ではないかと思う。あれだけの人なのに、ツッコマビリティが高い!あのかわいさは、人を動かせる。特に上向きのリーダーシップは抜群で、年長者や偉い人への影響力はものすごいと感じた。人へのリスペクトもあり、こんな自分でも、人事のプロとして処遇してくれた。人事部長というポジションを、未経験の自分に、期待値だけで任せていただいたからこそ、今があります。

最後の上司は、先般一部上場したオープンハウスの荒井社長。とにかく、リーダーしっが半端ない。500人の社員を全員覚えている。ご自身も大変ストイック。朝から晩まで働き、変に飲みに行ったりしない。社長が率先垂範するから、部下も本気になる。そして、鉄の組織になる。組織論を学んだと思う。また、短期間で辞めて、不義理をした自分になんと創業から1年以上も仕事をくれたのです。人材研究所が立ち上がったのは、荒井社長のおかげです。


他にもここには書いていない兼務上司や、ちょっとだけの期間の上司の方もいるが、ほんとのほんとに「全員」恵まれていた。






思えば、僕はついている。




これも運だと思う。






過去の上司の皆様、こんな自分を育てていただいて本当にありがとうございました。




今後ともどうぞよろしくお願いします。








曽和


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昔の上司から言われたことで、自分のマネジメント方針の根本になっているのは、「自分がいなくても、回る組織を作れ」ということだった。

人情としては、自分がいないてきに回らなくなることを喜ぶのが普通なのたろう。「な、おれがいなけりゃ、だめなんだよ」と。

しかし、要は永続する組織作りに失敗しているわけだ。マネジャーとしては失格である。

同じことが人事という仕事にもあるんだろうと、昨日某人事界(笑)の大物や気鋭の若手の皆さんと飲んでて話になった。

人事などという専門部隊が必要ないような組織作りをしなければいけない、と。

そういう意味で、早くいなくなりたいものだ。

ひっそり山奥の小綺麗なお寺とかで、余生を過ごしたい。

しかし、今の煩悩まみれの状態だと、あと何十年かかるのかな。

生きているうちになれるかどうか。

でも、まあ、まだ先だな…まだまだ僕のような若造は消えされない。手足を動かして働き続けないとなあ。

あと、数十年は、とりあえず頑張ろう…。

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ワークライフバランスについて。


慚愧に堪えないが、無論、僕はできていない。


京都に妻子を残したまま、東京で勝手に起業。合間をぬってたまに帰るが、家族に十分な時間を使っているとは言い難い。子どもは父親のいない日常をどう思っているだろう。このまま二十年くらい別居する可能性も高い。

子どもができたら、自分は人生の脇役になり、子どもを主役として生きるという考え方には共感する。やれるものならしてみたい。しかし、煩悩多き我が魂は成仏することなく、地縛霊のように現世に執着し続けている。

もちろん煩悩と言っても純粋な我欲ではない、という言い訳はある。本気で世の中を良くする一翼を担いたい一心で事業を始めたつもりだし、後悔はない。使命を知ってしまったなら、やるしかない。ついて来てくれる人もいる。自己犠牲は厭わない。ただ、その「自己」の中に、家族を巻き添えにしている自覚はある。

身近な人を幸せにできずに、世の中など変えることなどできるのか、ともう一人の自分は言う。最澄も、一隅を照らす、これ国の宝なり、と周りの人への貢献を説いた。身の丈にあったことをすればいい。お前は身の程知らずだ、と。

ただ、社会で活躍している方々を見ていると、公私の区別などなく昼夜働き、家庭を犠牲にしている人は異様に多い気もする。どういう因果関係かはわからない。公に人生を費やし過ぎて私が犠牲になるのか。それとも、私生活で満たされないことを社会に求めているのか。

昔、何かで読んだが、江副さんは子どもに「ごめんな。お父さんにとって一番大事なのはリクルートなんだ」と言ったという(うろ覚え)。いろんな感じ方があるだろうが、自分は、その時、すごいと思った。

子どもが大事でないわけがない。普通なら余裕で優先順位一番だろう。そんな大切なものを犠牲にしてでも、命をかけて事業を行い、社会に尽くすという気概。悲しみを背負いながら、非難を受けながら、信じる道を行く孤独。そんなエネルギーを注がれたから、今のリクルートがある。

結局、答えなどない。仕事と人生のバランスなんて他人が口出しすることではなく、極私的なものだ。他所がどうだから、ではなく、自分が自己責任でトレードオフを受け入れていくしかない。

人生で成し遂げたいことが沢山のエネルギーが必要なことであれば、一部の天才を除いて、有限な自分のエネルギーをそこに集中せざるをえない。

私生活はエネルギーをもらうものであって、使うものではないという考え方もあるが、時間や体力など、やはり使う方も大きい。楽しい時があったからと言って、残りの時間が伸びるわけでもないし、疲れないわけでもない。

だから、バランスさせることは本当に難しい。できる人を尊敬する。うちの会社でも、やれる人はやって欲しい。

だが、ともかく、自分はこういうワークライフバランスを選んでしまった。失うこと、迷惑をかけることも、わかっている。得ることも。

ものごころついてきた息子には寂しい思いをさせるかもしれないが、お父さんがこんな風に生きることを許して欲しいし、後々になって彼が成長した暁には共感は無理でも理解をしてくれたり、誇りに思ってもらえるように、世の中の役に立つ人間にならねばと思う。彼が生きる未来を良くしたいと思う。

バランスか…エキセントリックは自分には難しい…時代遅れだとは思うが…嗚呼…

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みうらじゅん先生を大尊敬している。

ゆるキャラとか、らく顔とか、仏像愛とか、もちろんそういうサブカルチャーへの天才的センスも理由だが、最もすごいと思うのは、性(というか、MJ先生的にはエロと言うべきか…)についての姿勢である。

あそこまで自分の性癖について素直に認めて真っ直ぐに研究し、追い求め、そしてその結果について極めてオープンにさらせる人はなかなかいない(知人のアルテイシアさんはかなりレアな一人)。

エロ本のスクラップブックを作り続けていたり、雑誌でリリー・フランキーさんとかとグラビアアイドルについての妄想トークを開陳したり、童貞的な思考や行動パターンを持つ人々に対し、自分もそうだと明るく告白しながら、逆にその素晴らしさを滔々と説いたり、挙げればキリがない。

彼の性=エロに関する様々な言動によって、明治新体制によって表面的に西欧を真似することでもたらされた我が国の性への考え方の歪み(過度な潔癖さ?)が、日本人が本来持っていたはずの、あっけらかんとして健康的で自然なものへ、以前よりもさらにピースフルな形で戻って来たのではないかとすら思う。

しかも、MJ先生の方法は、知性のかけらもない単なる露悪的なものとは違い、性が持つ神秘性や謎めかした部分についての配慮が深く、光を当てることで抑圧や嫌悪などとともに、魅力も失わせてしまうなんてこともない。

人類の財産である性エネルギーの正しい使い方、楽しみ方を発明してくれたとも言えるのではないか。

もし、世界各国に著書が訳されてMJ先生が大ブレイクしたなら、世界はもっと平和になるだろう。ジョンとヨーコにユーモアがさらに加わったイメージ。

ローマの賢帝の一人、マルクス・アウレイリウスが著書の「自省録」で言っていたように、所詮「性交などは性器の摩擦」(うろ覚え)。そんなものが、ある種の社会的集団的妄想を通じて多くの個人を苦しめるのはバカバカしい気がする。

かく言う自分は、性に厳格な家に育ち(生まれてこの方親とそんな話をしたことがない。ドリフ全員集合とかはたまに危なかった)、精神発達が遅く、男子校出身でMJ先生の言うところのDT的人間で、しかもそのことに先生ほどには悟りを開ききれていない。というか、まだまだ泥沼なステージである。

しかし、先の見えないthe long and winding road であれば、いつしか疲弊しきってしまうだろうが、幸い我々にはMJ先生がいたから、今まで堪えて生きてこれた。

まだ、自分は所謂「小乗」的な段階だか、いつの日か先生のように「大乗」思想的に、迷える衆生の行く先を微かにでも照らすことのできる灯明となりたい(先生やアルテイシアさんは太陽です)。

少しでも多くの方が先生やアルテイシアさんの著書に触れ、大久保とか伊藤とか一味によって作られた(嘘。よく知りません)共同幻想による束縛から解放されることを願ってやまない。

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