そういえば3月に宇都宮行った時、こーゆーの発見したひらめき電球





DSC04583.jpg




はははにひひ

 

空前の大ヒット作「跳んで埼玉」の栃木バージョンポスター音譜


まさか、これが二階堂ふみちゃんの代表作になるとは夢にも思わなかったわ。


それは置いておいて、回想。


宇都宮はギョーザの街。




DSC04612.jpg




おいしかったなあ。




DSC04613.jpg



ふたりとも箸の持ち方がおかしくてね、なんかごめん……あせる



いや、けっこう慌ただしい1週間だったので、以前の楽しかったことに軽く思いを馳せていたのです(笑)。



これは、ここ数年で身に付けたテクニックで、身も心も8割くらいにいっぱいになったら楽しかったことを思い出す。

 

できれば仲間たちと大笑いした思い出がいい。

 

信頼できる仲間たちは、大切だ。

 

人生の中で良い仲間に出会える、これはとても幸運なことだと思っている。


ゲラゲラ笑った時を思い出す。

 

一緒に泣いた時を思い出す。

 

ケンカしたことも、すれ違ったことも、やっぱりまた一緒に夢に向かえたことも、それから別れも。

 


その時の情景とか会話とか、どうしてそんなに大笑いしたのか、

どうしてあんなに怒ったのか、いろいろなことが紐付けされて思い出がスルスル出てきて、

なんていうか胸の奥の方がキュンとするのだ。


例えるならば、きれいな夕焼けを見ていると、悲しくないのに涙が出るみたいな不思議な感覚に陥る。




DSC_0838.JPG


オットと結婚して数年経ってからちょっと病になってしまって、あの時は辛すぎて今でもあんまり思い出したくないんだけど、

 

まだ若かったし、今ほどいろいろ強くなかったんだろうなって思ったり。



なんであんなに辛かったんだろうって疑問に思ったりもする。


たぶん、誰も自分の辛さはわからないって決めつけていたと思う、あの時私は明らかに今とは違う生き物だった。


 

ま、今もそんなに強いわけではないんだけど、

震災で死を目の当たりにして、選挙というガチンコのケンカを経験して、

崖に落とされ、笑われ、バカにされ、でも意外と大丈夫で、

なんとか崖を這い上がって、家族や親族の中でもいろいろあって、

いつのまにやらオットが物書きになっちゃって、おかげさまでそれでごはんが食べられて、

愛馬との日々とサヨナラがあって、

今日も空がきれいで、吹く風が気持ちよくて、

だからつまり何が言いたいかというと、

この長い日々で地味に筋肉は付いてきたんだろうなと思う。

 

おかげさまで鍛えられた。

その時はツラくてどうしようもなかったけどね、今はアレ乗り越えてよかったって思ってる。

たぶんさ、そんなもんじゃないのかな。


一生懸命力を尽くせば、なるようになるんじゃないのかな。


人間関係も、打算じゃなく、計算じゃなく、影響力でもなく、ただ純粋にこの人好きとか、この人のために役に立ちたいって思ったら、もうそれを信じていいんじゃないかな。


少なくても私は、そうしたいし、今そう努めている。


だから、自分が大切だと思う相手には「自分の気持ち」を伝える。

つまり怒るし、叱る。そしてちゃんとこうしてほしいと希望も伝える。


それで関係が悪くなったら、仕方がない。

そのくらいで壊れてしまう仲だったんだから、悲しいけど諦める。これが大事、辛いけどね。



でも、ここ最近叱った若者たちは、見込んだ通り大丈夫だった。

とても嬉しい。

今、うちの仲間が固まってきた。全員が揃うことはなくても、意思疎通は皆ができている。

私たちを支えてくれる存在は、本当に嬉しい。


今の仲間たち、本当にありがとう。


そして、これからもオットは多くの「仲間」を集めると思う。



今はまだ、小さな小さな種が蒔かれただけに過ぎないけど、これからオットを「支えてくれる仲間たち」が絶対に必要になってくる。



どこにいるかな。この日本の、どこにいるだろう。



まだ見ぬ仲間たちに、私は会いたい。



いつかあなたに会えるだろうか・・・・・・。