皆様お変わり御座いませんでしょうか?八条院暲子で御座います。
先週まで、台北市大同區延平北路二段27號の義美食品隣りでは、
[臺灣民眾黨與總督府的阿片戰爭]といふ展示が行われていました。
義美食品ではソフトクリームを食べましょう。間違いなくオイシーですから。
さて展示ですが、どうしても、對日、抗日、反日という構図が判り易ひのか、明治政府要人と総督府に対抗した民主勢力の対立を描くものになってしまいます。
以前お知らせしたかも知れませんが、臺灣民衆黨よりも、更に過激な政治組織が台湾にはありました。それが日本共産党臺灣民族支部で、神戸で日本語と漢字を学んだ謝雪紅といふ女性が上海で設立し、最終的には大陸へ逃れ、紅衛兵時代には失脚していきますが、過激なこと、この上なく
ゲリラ女とか、凶暴女とかと呼ばれています。*
イメージ 1←台灣史上最狂暴女 謝雪紅*
しかしその凶暴な彼女も反政府活動ではありますが、反日抗日ではありません。一党独裁、或いは民主的制度が遅れた民衆では、自由や民主化を進める活動は、すべて反統治国、つまり反日や反米という構図にする方が理解しやすいからでしょう。実際に中華大陸や朝鮮半島では、抗日といふ活動によって自由と民主の為の活動は停滞しています。
 
反日抗日ではない、台湾のアヘン戦争を皆さんにわかりやすく説明します。
 
1994年松本サリン事件が起こりました。1995年には地下鉄サリン事件が起こりました。警察当局は山梨県の旧上九一色村にあったオウム真理教の施設付近の土壌中からサリン分解物を検出することに成功したのですが、この時に、日本の警察当局にサリンの分析方法を指導した人がいました。
イメージ 2杜祖健博士 榮獲日本天皇旭日中綬章2009 /11/03

 *その方は、杜祖健(とそけん))といふ、アメリカの化学者で、コロラド州立大学名誉教授、千葉科学大学教授。英語名は(Anthony Tu)と言います。毒性学および生物兵器・化学兵器の専門家で千葉科学大学では毒性学の教授をされています。 

 で、この方の父上様が、もっとすごい方でして、名前を杜聡明(と そうめい)と言ひ、(1893825日― 1986225日淡水生れ)台湾で初めて医学博士号を取得した医学者です。戦後の功績もたいへん大きいのですが、この方が台湾のアヘン戦争に勝利した功績を我々は忘れてならないのです。
イメージ 3 ←杜聡明 博士 京都帝国大学卒業時の画像と思われます。
台湾総督府は台湾阿片暫禁令を公布していましたが、効果は期待できる状態ではなく、阿片中毒者による犯罪事件は深刻な社会の病根でした。
そこで、今では考えられないトンデモない方法を実施したのです。19009月(明治33年)台湾全土を網羅した調査で阿片常習吸食者名簿が作成され、1902年から名簿に登録された者には阿片を特別に許可する制度が出来ました。警察官の管理指導下に置き、吸食者の認定、登録者への鑑札交付、死亡等の確認事項、阿片令施行規則に基づく密輸や密製造の摘発、吸食者に対する取締罰則強化が行われました。つまりは登録制にして、警察の管理下で許すといふ、今では考えられない制度がず~っと台湾では行われていたのでした。
 
しかし、この制度はバカみたいですが意外と効果があって1924年のジュネーブ、1931年のバンコク国際阿片会議、1931年のフィラデルフィアで行われた世界教育会議では、医学博士の杜聡明が台湾の阿片政策の実態を報告して世界から高い評価を受けました。当時の国民党政府も大陸に蔓延する阿片問題を解決する為に調査団を台湾に派遣しましたが、大陸国内情勢が混乱のため実施するまでには至りませんでした。
 
 この台湾の阿片政策はオカシイけれど、吸食者が激減したことは良い事だと思われるのですが、実は別の側面もあるのです。それは阿片問題を逆手にとって、国民の健康を犠牲にした独占的事業経営だと言ふことです。つまり専売制による収益は総督府に大きな利益を生み出しました。吸食者が減少すれば収入は減るのでしょうか?違います。今の日本のタバコと同じで価格が、その分上がります。それを示す資料をジュネーブの国際連盟へ送りつけた人物がいます。
イメージ 4←蒋渭水 社会運動家ですが 本職は医師です。
 現在ソフトクリームが おいしい、義美食品が 彼の大安医院でした。
 *台湾人なら忘れてならない人、台湾民衆党の蒋渭水です。
残念乍ら、民衆党は解散させられ、蒋渭水は他界します。阿片常習者は激減しましたが根絶するまでにはいたりませんでした。 
 19449月(昭和19年)台湾総督府は阿片常習者の著しい減少を理由に阿片煙膏製造禁止措置を発令して特許鑑札者を矯正施設の「更生院」に収容しましたが、それで解決できる簡単な問題ではないのです。台湾阿片令施行規則との戦い、その後の「更生院」での戦い、杜聡明が台湾での阿片を根絶し勝利したのは、戦後になってからの事でした。*
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