「ガイドさんからのメッセージ」
の受け取り方はいろえろありまして
私の場合の「声なき声」にはじまり
「そよ風」や「鳥のさえずり」にいたるまで
「すべてがメッセージ」ですので
これは言い出したら無限にあります
「声なき声」に関しては「参照」を貼りますので
興味ある方はそちらを読んでいただけたらと
ここでは
「レトリーバル」(リトリーバル)
について、少し
フォーカス27(いわゆる成仏段階)の世界があります
(じつは、別のポータルの、いわゆる死後の世界の展開もありまして、非物質の世界を記述するには「フォーカス」という概念も要らない感覚なのですが、ロバート・モンローさんが「発見」された「フォーカス27の世界」は、私を含めた世界中のヘミシンカーさんが行っているので非常に強固な波動が形成されています。ですので、ここでは分かりやすく「フォーカス」の概念で話を進めます)
フォーカス27の存在さんをよく見て見ると
とにかく何かしら
「他の存在さんに関わっている」
のですね
ガイドさんに聞いてみると
「非物質の世界ではこれが当たり前であり
これを君(=私ジーナ)に見せたかったんだよ」
ということでした
C1(この世)では
「親切」「奉仕」「サービス」という「行動」は
「美徳」
「ええ話や~」
とされていますが
非物質の世界では
「んなもん当たり前やんか」
と、親切や奉仕がすでに「根底」にあって
「それがスタート」なのです
ですので自動的に「他の存在に関わり続ける」世界なのです
(肉体がないので「めんどくせえな」もないw)
「もっと楽チンチンな世界があるよ?」
「もっと軽くて楽しい波動があるよ?」
と、お誘いするのが一般的なレトリーバルの概念で
私もやってますが
非物質の世界は「レトリーバル」がデフォ(標準)
(↑世界はそれを愛と呼ぶんだぜ)
であることを知りますと
お釈迦さまが説かれた「慈悲」
イエスさまが説かれた「博愛」
を代表とした
C1(この世)での
「人にやさしくしたい!」
的な的なパッション(衝動)は「やっぱり当たり前」で
そのパッションを「行動」に移したとき
私たちは
「自分を尊く感じる」
のですね
↑このなかの≪非言語通信≫が参考になるかもです~