年のはじめに 夢売りは、
よい初夢を 売りにくる。
たからの船に 山のよう、
よい初夢を 積んでくる。
そしてやさしい 夢売りは、
夢の買えない うら町の、
さびしい子等の ところへも、
だまって夢を おいてゆく。
~金子みすゞ 夢売り~
今年が優しい年でありますように
年のはじめに 夢売りは、
よい初夢を 売りにくる。
たからの船に 山のよう、
よい初夢を 積んでくる。
そしてやさしい 夢売りは、
夢の買えない うら町の、
さびしい子等の ところへも、
だまって夢を おいてゆく。
~金子みすゞ 夢売り~
今年が優しい年でありますように
超個人主義の時代
SNSとスマホ
さらにAI
魔物に取り憑かれた時代
自分の考え、思った事だけの世界
他社がどう考え、どう思うかなんてない時代
なんでもAIに代わりをさせ、想像したり考えたりさえやらなかなった時代
昭和平成と生きてきた側から思うことは
そんなことしたらよそさんに迷惑かかるからやめなさい、
お天道さまがみてるよ、世間様に恥ずかしくない生き方をしなさい、
なんて言葉は死にました
相手がどう考えてるかなんて思いも馳せない人ばかり
経営者の友人との会話です
「また社員が3日でやめたんよ。
チームリーダーが手取り足取り教えてたんだけど、突然来なくなり、ラインでやめます、って。
そしたらさっきラインに、3日分の給料と交通費振り込んでくれってきたわ」
「給料は労働の対価だからたとえ3日分でもちゃんと振り込みしないとだめよ」
「もちろん振り込みするよ、、
でもね」
「気持ちはわかるけどそれはちゃんとしないと」
「わかってるよ。ただ、急にやめてご迷惑をおかけしました、の一言でもあると自分の気持ちもおさまるんだけどね」
人間は社会的動物です。
それが他の動物と違うところでした。
しかし今はどうでしょうか?
まるで世界は自分の周りにあるかのような振る舞いばかりです。世界があるからその中に自分がいれるんですよね。
自分だけ光っていても、自分ではわかりません。他者が光っている中にいるから、自分が光った時わかるのです。
もう、日本なんて国はないのかも知れません。
昔、昔、
三島由紀夫がこう書いていました。
「私はこれからの日本に大して希望をつなぐことができない。このまま行ったら『日本』はなくなってしまうのではないかという感を日ましに深くする。日本はなくなって、その代わりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない、或る経済的大国が極東の一角に残るのであろう。それでもいいと思っている人たちと、私は口をきく気にもなれなくなっているのである」
稲盛塾長が言っていた、利他の心こそ、
今だからこそ忘れてはいけないと思います。
十二支と十干を合わせて、組み合わせ60
日本ではそれを一回りした事を還暦て呼びます。字の如く、ふたたび帰り、ふたたびまた始まるのです。
初めの日に
なにも知らなかった日の
あの素直さにかえりたい
一ぱいのお茶にも
手を合わせていただいた日の
あの初めの日にかえりたい
慣れることは恐ろしいことだ
ああ
この禅寺の
一本一草に
こころときめいた日の
あの初めの日にかえりたい
坂村真民の詩を思いだします。
人生は終わりのない修行の道。
稲盛塾長の最後の講演会でおっしゃっていたのは、
「私達は魂だけを持って来世に行く。
財産も名誉も持っていけない。
一人で旅立たなければならない。
勲章はより美しくなった魂、
心の輝きだけなのである」
手術修行に終わりはありません。
輝きを灯せる手術医であるために。
そう、
一生小僧の気持ちを忘れずに。
素直な心を持ち続けたい。