本日、京都アニメーションの火災について、まず考えたのは・・・
1、防火施設はどうだったか?どういう通報経路だったか。
というものだった。
被害者の方には大変失礼なのかもしれないが・・・最近、防火施設の不備が多く、そっちの方に意識が飛ばされてしまったのである。
報道では、付近の住民が通報した、という話にも聞こえる。
京都アニメーションで、防火施設がどうなっていたのか、という思考に働くのは、最近の空き地空き家対策への意識もあるからだろうか・・・。
この点、お詫びしたい。
ただ、案外、ずぼらだったりする可能性があるので、注意する必要があるだろう。
2、思想・信条の自由と、本件の犯行原因
また、この会社を含め、漫画も出版社も、思想・信条を扱っている。
漫画は、図書館ではなかなか収納されないが、最近では、様々な人の思想信条に影響している。
2003年8月 2003年11月 フルメタル・パニック? ふもっふ
を元請作品として扱っている(とwikiで書かれている)等、今の憲法を揺るがすようなものも扱っている関係上、狙われる可能性はあったかもしれない。
過去、左翼系として、我が国では長らく、朝日新聞と岩波新書が糾弾されていた。
地理的な見方で言えば、京阪神は左翼のメッカ、だったのかもしれない。
そのような場所での、思想も操れるようなメディアへの放火は何を意味するのであろうか。
高度情報化社会では、捜査・調査においては、放火魔の実際の発言だけでなく、放火魔を取り巻く環境も視野に入れる必要もあるだろう。
放火魔だけが犯人。というだけでなく、放火魔にそそのかした者がいるとすれば、それは警戒しなければならない。
防火施設の設置以前に、放火した者が悪いのは明快な事実であり、まず責められるべきは放火した者である。
その点、注意が必要である。
人への犯罪は特に許容してはならない。
3、とりあえず、本件に対し、犠牲者にお悔やみ申し上げます。