小野幹さんの写真集

わらしこの昭和 昭和30年代、みちのくの子どもたち』



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【二代目編集長の時代に誌名が「白い国の詩」と改められました。】

幹さんの今年の年賀状に、この本の広告がありました。1月の中旬、河北新報1面の書籍広告で発売日の近いことを知り、本屋さんに行ったところ明日店頭に出ますといわれ、翌日、ようやく手にしました。なんだか、なつかしい人に会えるような気持ちで、気がせいていました。


この本のあとがきに、昭和30年に東北電力の広報誌「家庭と電気」が創刊され、その取材で東北を歩いた折、取材とは別に幹さんの目に飛び込んだ子どもたちの姿を捉えたものとあります。なるほどと思いながら、幹さんの隣には編集長の伊澤清さんが、そしてその脇には菅野廉さんがいたのだろうと想像は膨らみます。昭和50年代の半ば頃から、平成14年ころまで、この広報誌の二代目編集長木下耕甫さんとライターのみなさんと、毎月のように取材に歩いていましたので、現場の様子がよく分かります。


幹さんの写真は、見事に子どもの内面をとらえていて、感性の鋭さとともに昭和の貴重な記録となっています。河出書房新社2400円(税別)

七夕のような青猪忌

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2010年1月17日、山形市の大手門パルズで第25回青猪忌・真壁仁野の文化賞贈呈式が行われました。本年度の受賞者は米沢短期大学名誉教授の高垣順子さんで、米沢藩の上杉鷹山によって刊行された飢饉救済のための植物を紹介した書物「かてもの」研究で記念すべき業績の出版でした。書名は『米沢藩刊行の救荒書「かてもの」をたずねる』で、会津の歴史春秋社刊、4800円(税込)です。



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【謝辞を述べる米沢短期大学名誉教授の高垣順子さん】



お祝いに吉村美栄子山形県知事が駆けつけられ、野の文化賞、初の女性受賞者を讃えていました。米沢の博物館の角屋由美子さんに、昨年の大崎八幡宮の仙台・江戸学講座以来久しぶりにお目にかかりました。



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【祝辞を述べる吉村美栄子山形県知事】



星寛治さん、木村迪夫さん、斉藤たきちさん、比暮寥さん、高橋英司さん、菊池和博さんなど、「一年に一回の七夕みたいなものだな」といわれますが、私はとても楽しみにしています。真壁仁さんと東北電力の広報誌「白い国の詩」の名物編集長だった故木下耕甫さんの師弟関係の隅で、真壁先生の取材に同行したり、お宅にお邪魔したり、さまざまな経験をさせてもらいました。昭和53年から20数年間、木下編集長の側にいて「白い国の詩」の企画・編集をさせてもらった私には、その縁を守る役割があると思っています。



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【左 野の文化賞実行委員長木村迪夫さん、右 高垣順子名誉教授】


 山形新聞20091113日朝刊には


「半生を回顧―自伝出版 高橋元知事約300人集い祝賀会」の見出しで、


「発起人を代表して相馬健一山形新聞・山形放送相談役が、『正直な文章から郷土の発展を願い、県政の課題に立ち向かう情熱が伝わってくる』と著書を紹介。吉村美栄子知事、水戸部知巳山形日本電気元社長、岸宏一参議院議員、大川健嗣山形大学名誉教授が祝辞を寄せた」


高橋氏はみなさんから世話になったお礼の印として、こうして多くの方に集まってもらうと、本当によかったと思える。これからも健康で、少しは積極的に生きてゆきたいと、独特のユーモアを交え謝辞を述べた」



 翌土曜日の夕刊、「味読郷土の本」では、大川健嗣山形大学名誉教授が「郷土愛と誇りの人物」と題して、本書出版の経緯と本書が史的証言として意味を持つことを論評していました。


 私としては、こうした貴重な歴史的証言に立ち会い編集できたことが、私自身の今後への大きな励みとなりました。

 著書は非売品ですが、山形県内の中学校、高校、大学、市町村図書館、県立図書館などに寄贈されています。


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11月12日(木)、山形グランドホテルで開かれた元山形県知事高橋和雄著『自治の未来をめざして―自伝的回想・山形県政十二年』出版記念祝賀会にお祝いに行ってきました。16ヶ月という私の長期に及んだ編集作業がようやく終わり、394ページの大冊が完成しました。お祝いの会には、山形県の政財界の方々など約300名の人々が駆けつけていました。


 祝辞やご挨拶をされる方々数名の方を除いて、当日はじめてみなさんが本書を目にされることになったようです。



 私は高橋さんが平成17年に知事を引退されて3年後の、平成20年の夏前からこの本の編集に係わってきた関係で、現役の知事を全く知りませんでした。当夜は、その現役の頃の熱気を髣髴とさせるに十分な雰囲気でしたが、恐らく現役時代は、もっと華やかなスポットを浴び、周辺にはすごく熱い風が吹いていたのだろうと思われました。



 高橋さん御夫妻には、この長い編集時間のなかで何十回もお会いしてきたのですが、当夜のようにうれしそうで誇らしい表情に出会ったのははじめてでした。そのお顔を拝見しながら、この編集作業の結果が大きな波紋として広がってい行くことを望みました。


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平成5年から17年まで、山形県知事を312年務めた高橋和雄さんの回想録を現在編集している。編集作業は昨年6月から始まった。


原稿は高橋さんの誕生の地、山形市の成り立ち、昭和5年生れの高橋さんの育った時代を描写するところから始まる。


悪ガキ時代、勤労動員、敗戦、高等学校、大学と高橋さんの思想を培った青春時代。そして、昭和28年の山形県庁入庁から始まるユニークな県庁職員としての行動の軌跡。ここにはその後、知事になって実現する政策の芽がエピソードとしてさりげなく語られている。


最初の知事選のいきさつや周辺の動きは、山形県の政治史でもあり舞台裏が明かされ、興味が尽きない。


高橋さんが行った主要な政策が、詳細に綴られる。これは、全国に先立て自治の未来をどのように切り開いていったかの軌跡でもあり、高橋さん流のこだわりが随所に登場する。まさに高橋思想の実践の記録である。

 

高橋さんが落選する4度目の知事選は、詳細なドキュメントとしてその背景をえぐって面白い。


知事時代にゼネコンの献金疑惑として話題になった「笹かまぼこ事件」の事実関係も包み隠さず書かれるなど、時代の証言としても意義がある。

 

回想録が陥りがちな我田引水にならぬよう農業経済学の大川健嗣山形大学名誉教授とフランス政治思想の北川忠明山形大学教授の対談『高橋山形県政12年の検証』が収録されている点も、こうした回想録にはない編集といえる。

 

現代史の一齣として、あるいは一人の人間の自伝として読み応えがある一冊となる。

 

現在編集中、非買品。