2002年は、総合的な学習の創成期。
 学校の研究も総合的な学習。
 私のサイトも記事が総合に偏っている。
 総合的な学習にこだわるうちに、授業の目的・目標とは何かを追究していた。
 今、私の総合の授業は、子ども達の未来の探究を支える技能の習熟の時間になっている。

◇確かな言語意識を育てる指導…国語
 高千穂小で行われた国語研究大会に参加した。
 「伝え合う力を育てる国語科学習の創造」というテーマに惹かれたからである。

 研究は,言語意識というキーワードを中心に進められていた。
 研究で言う言語意識とは,次の5つを指す。
 
 ①相手意識<誰に伝えるのか>
 ②目的意識<どんな内容を伝えるのか>
 ③場面や状況意識<どこで伝えるのか>
 ④方法や技能意識<どんな方法で伝えるのか>
 ⑤評価意識<伝え合った成果を振り返る>

 私が感心したのは,この言語意識に関する各学年ごとの系統性をつなぐキーワードである。

 低学年 元気に生き生きと
 中学年 確かに
 高学年 豊かに

 高学年で豊かな言語意識の状態,つまり言語意識を使いこなせる状態を目指すには,中学年で様々な確かな言語意識を経験させておく必要がある。
 なぜなら,多様な言語意識の蓄積のない子どもに豊かな言語意識は育たないからである。
 中学年で様々な確かな言語意識を育てるには,低学年のうちの意欲的に生き生きとした言語意識の状態を体験させておく必要がある。
 なぜなら,意欲的に取り組める言語意識の授業を体験していない子どもに確かな言語意識の指導は苦痛となりがちだからである。

 私が見た中学年の授業,4年単元『クイズ「ものの名前」』では,子ども達が実際に「クイズショーをしよう」という場面が行われた。
 児童に確かな言語意識が身に付いた指導がしっかりと行われていた。
 参観者も楽しく授業に参加することができた。
 支援という言葉に惑わされ子どもに任せすぎる傾向がある中,子ども達の言語意識を確かに高めていた指導にとても好感をもった。
 これこそ中学年の授業である。

◇「伝え合う力」育成の課題…国語
 大熊徹氏は言う。
 遠藤栄氏に(朝日新聞「論壇」平成11年2月5日)によれば,米国の大学のテキストには「聞き手はコミュニケーションの責任の51%を負う」と書いてあるという。コミュニケーションは,話し手と聞き手とがいて初めて成立するものであるが,その責任は聞き手の方が大きいというわけである。聞くことによって話し手の話を引き出してあげる。そのような聞く力,つまりは,批判的に,あるいは積極的に,主体的に聞く力を育てることが,「伝え合う力」を育てるための要諦なのである。 『国語教育』NO627(明治図書)18頁

 情報リテラシーを重視する教師が増え,子ども達の発表力発信力はかなりついてきているように思う。
 どの研究授業を見ても子ども達の発表のうまさには感心するようになってきた。
 ただ,私の学級を始め多くの学級の発表の後の話し合いが今一つ。
 「とてもはきはきしていい発表でした。」
 「声が大きくて良かったです。」
のレベル,発表方法の賞賛・アドバイスに終始し内容に発展性のない話し合いになっている。
 先の高千穂小での授業でもりっぱな発表の後の話し合いは内容に乏しかった。
 よい聞き手を育てることがこれから先の「伝え合う力」育成の課題である。
 では,どうするか。
 以下のような常時指導の場を作ってみてはいかがなものか…。

・野口氏の言う「なぜか,本当か,正しいか」と質問する癖をつける。「~な所をもう一度教えて欲しいんですけど…。」
・自分の経験と比べてコメントさせる。「ぼくも以前,~なことがあったんだけど,…なところが似ているなあと思います。」
・自分の予想を比べてコメントさせる。「わたしは,~と思っていたんだけど,…のでびっくりしました。」
・「要するに」という言葉でまとめさせる。「要するに…ということですよね。」

◇文学教材の指導…国語
 4年国語『世界一美しいぼくの村』(東京書籍)の指導が難しい。
 文学の読みから読書に親しむ指導へと誘うのが目標になっているのだから…。
 『国語教育』2月号の特集<文学教材の新しい指導を工夫する>を読んだが,新しい指導法なんてどこにも見あたらない。
 やはり従来通りの文学教材の指導法がいいのだ。

 前掲書の中では井関氏の論稿がおもしろい。
 3頁の中に様々な情報が濃縮されている。
 その一部は…

 文学作品を読んで感動し,その感動を伝え合うことを「鑑賞」と言い,作者の意図に到達することがその目標となる。
 一方,文学作品の表現分析を通して,その効果を伝え合うことを「批評」と言い,読者による新しい価値の発見をその目標とする。
 鑑賞は主観を重視し,批評は客観を重視する。

◇角の大きさ…算数
 「自分のもっている分度器をそっくりそのままノートに写しなさい。」
 私の最初の指示である。
 雑に早く書いた子は私から100点満点中50点ももらえない。
 子ども達は1時間格闘しながら分度器をノートに丁寧に書いていた。
 それでも終わらず,「家で書きたい。」という子が多数。
 (家で3時間あまり書けて正確に書いてきた子どももいた。)
 
 次に定規と比べながら分度器の特徴を見付けさせた。
 分度器の特徴から地図帳の北緯,南緯へと話は発展。
 地図帳を見ながらの算数の授業となった。
 
◇知識と理解…総合
 知識とは,理解のための素材・事実である。
 例えば,A学級には次のような事実があったとする。
 ・A学級は,50m走の速い子が多い。
 ・A学級は,ドッジボールにたけている子が多い。
 ・A学級は,全員二重跳びができる。
 これらの事実をもとにA学級の担任教師が帰納的に自学級は運動能力の高い子が多いと判断する。
 理解が成立する。
 例えば,B学級には次のような事実があったとする。
 ・B学級は,バスケットボールのうまい子が多い。
 ・B学級は,全員逆上がりができる。
 ・B学級は,50m走の平均値が速い。
 これらの事実をもとにB学級の担任教師が帰納的に自学級は運動能力の高い子が多いと判断する。
 理解が成立する。
 
 今,総合で求められているのは自分の学校で何を理解させるかである。
 理解させる内容を決めるには,教師が多くの素材・事実を知識としてもち合わせなくてはならない。
 なぜなら,多くの素材・事実から偏りのない理解が生まれるからである。
 多くの素材・事実の発掘は,教師の地道なフィールド・ワークからである。
 自学校の校区内の全ての道を丹念に歩いてみる。
 道行く人と話をする。多くの発見,感動がある。
 総合の授業構想の大きなエネルギーになる。

◇目標の意味を問う…総合
 一瞬耳を疑った。
「総合では,目標という言葉は使わない。ねらいと言う言葉を使う。」
 先日の学校訪問の時のA指導主事の言葉である。
 
 協議会が中断することを承知で問い返した。
 誤った情報を他の学校で話されては困ると思ったからである。
「なぜ,教科で目標という言葉を使い,総合では目標という言葉は使わないのか。その意味を教えて欲しい。」

 A指導主事は答えた。
「教科の目標は達成できる目標である。だから目標という言葉を使う。総合では達成できる目標が書けない。だから,ねらいという言葉を使う。」

 やはり,目標に対して偏った見方をしている。

 私は説明した。
「目標には,大きく分けて2つある。
 到達目標と方向目標である。
 総合では普通,方向目標という意味で目標という言葉を使う。」
 *ちなみに教科の中にも到達目標と方向目標がある。   
 

◇思いや願いを作る…総合
 今年の総合(環境)は,あせらずゆっくりと取り組んでいる。
 子どもの思いや願いを無視した河川の水質調査や水生生物調査などの活動はやってない。
 そのかわり,校区内を流れる川に子ども達と頻繁に出かけた。
 中流,上流,源流にたっぷり親しませた。
 子ども達と川との出会いを大事にした。
 それらの活動の後のふりかえりカードには,子ども達の多くの思いや願いが記されていた。
 多くの情報が蓄積されてきた所で,次の活動を提案した。
  『参観日にふるさとの川のひみつを発表しよう』というものである。
 子ども達のふりかえりカードに書かれていたものである。

 「どんなひみつを発表したいか。」という問いに次のような意見が出た。
・川の源流の様子
・川の生き物の様子
・川のきれいさ
・中流の川の汚れ
 子ども達の意見は<ふるさとの川のきれいさ(よさ,わるさ)>ということにまとめられた。

 子どもから「どんな風に発表するんですか。」という質問がでた。
 質問に合わせて「何がやりたいか。」を子ども達は考えた。
・川の源流のポスターを作って発表したい。
・川の中流のパンフレットを作りたい。
・川のマップを作りたい。
・川の生き物を見せたい。
・探険した4つの地点の川を比べた劇がしたい。
・探険した4つの地点の川の水をもってきて見せたい。
・探険した4つの地点を比べたポスターを作りたい。

 次回は上にあげた7つのやりたいことを<ふるさとの川のきれいさ(よさ,わるさ)>が伝わるかどうかという基準で検討する。
 活動に対する目的意識をしっかりもたせるためである。
 やりたいことに対して次の4つの視点で意見を発表させたい。
A 質問「なぜ~?」「どんなこと~?」
B 賛成「~という活動は,…なのでとてもすばらしい。」
C 助言「~をすると,もっとよくなると思う。」
D 反対「~なので,やめた方がいい。」
◇やりたいこと検討会…総合
1 12月5日の参観日に何をするかを確認した。
 「ふるさとの川のひみつ発表会」

2 どんなめあてで発表するかを確認した。
 「ふるさとの川のきれいさ(よさ,悪さ)を伝えよう」

3 11/19から12/5へ向けて矢印線(→)を引いた。

4 説明 12/5へ向けて今日はやりたいこと検討会をします。
     どんなやりたいことがあったかな。

5 板書
   A 川の源流のポスターを作って発表したい。
   B 川の中流のパンフレットを作りたい。
   C 川のマップを作りたい。
   D 川の生き物を見せたい。
   E 探険した4つの地点の川を比べた劇がしたい。
   F 探険した4つの地点の川の水をもってきて見せたい。
   G 探険した4つの地点を比べたポスターを作りたい。

6 指示 今日のめあてを決めます。ノートに写しなさい。
      参観日に(    )よう,全力でやりたいこと検討会をしよう

7 指示 (    )に自分で言葉を書き入れなさい。  

8 説明 この後,やりたいこと検討会をします。
     7つのグループごとに質問や反対意見に答えられるように説明などを考える作戦会議を開きなさい。

9 やりたいこと検討会(やりたいこと検討会の方法については,『確かな力を育む総合学習』(明治図書)を参考にした)   
   ・質問   「なぜ~?」「どんなこと~?」
   ・賛成   「~という活動は,…なのでとてもすばらしい。」
   ・アドバイス「~をすると,もっとよくなると思う。」
   ・反対   「~なので,やめた方がいい。」

10 指示 今日のやりたいこと検討会は自分のめあて通りできましたか。◎ ○ △で自己評価しなさい。

◇総合はこうありたい…総合
 総合の授業である。
 思う存分地元の川に親しませる活動を行った。
 教師の方で参観日に地元の川を親に紹介する会を企画する。
 子ども達に問う。
 「どんなことを伝えたいか。」
 子ども達の意見は次のようにまとまる。
・地元の川の源流,上流のきれいさを伝えたい。
・地元の川の中流,下流のよごれを伝えたい。
 参観日のめあてが次のように決まる。
 『ふるさとの川のよさ,わるさを伝えよう』

 「では,参観日に地元の川のよさ,わるさを伝えるためにどんなことをしたいか。」
と問う。
 子ども達からいろんな考えが出される。
 そこで「なんでも検討会」である。
 子どもから出されたアイディアが参観日のめあての沿っているか検討するのである。

 Aグループは次のようなアイディアを出した。
<川の上流のきれいさを劇で伝えたい>

 子どもから実現性に関する質問が出る。
「どうやってきれいさを伝えるのですか。」
 Aグループの子ども達は答える。
「グラフにして伝えます。」
 再び質問が出る。
「グラフにすると言ったけど,きれいさをどうやってはかるんですか。」
 なんとか自分たちの思い・願いをAグループの子ども達は必死になって考える。
 そこで教師が助言する。
「川のきれいさは川に住んでいる生き物やクスリを使った水質調査で調べられるんだけど,Aグループのみんなはそういうことがやりたいんですね。」
 Aグループの子ども達はうれしそうにうなずく。

 かくして水生生物調査やCODパックによる水質調査の活動は,興味本位のはいまわる経験ではなく強烈な子どもの願い思いに支えられた自己の生き方と結びついた活動となるのである。

◇10年後…学級づくり
 A銀行の企画に本校の4年生が参加することになった。
 『10年後の自分への手紙』というものである。
 10年後の自分にあてた手紙をA銀行の方で10年間保存しておき,20歳になった時に投函するのである。

 A銀行ではないが,この『10年後の自分にあてた手紙』を私は2度ほどしたことがある。
 私たち教師にとってはわずか?10年で忘れることはまずないと思うが,子ども達にとってはかなり長い時間のようでほとんどの教え子がこの企画をすっかり忘れている。
 突然の過去の自分からの手紙にびっくりした感激したという報告が多い。

 今子ども達は10年後の自分の夢話に熱中している。 

◇絶対評価の誤解…その他
 『現代教育科学』1月号の特集<「絶対評価」で子どもはどう変わったか>を読んだ。
 首をひねらざるを得ない文を何カ所も見付けた。
 例えば,次のような文がある。

 「相対評価」が「絶対評価」になるとどう変わるか。
 絶対評価のためにどんな「評価基準」が設けられたか。
 (中略)
 もちろん,「評価基準」は「規準」ではなく「基準」であらねばならない。
 つまり明確な数値目標が必要である。(75,76頁)
 
 絶対評価=到達度評価のように読みとれる。

 目標に準拠した評価(絶対評価)をクライテリオン準拠評価と呼ぶ。
 クライテリオン準拠評価には,二つの解釈がある。
 一つは,ドメイン準拠評価。
 これは,明確な範囲や行動基準を示す日本で言う到達度評価のことである。
 二つは,スタンダード準拠評価。
 これは,明確な範囲や行動基準が示せない能力(例えば,思考力や判断力)に対して,言語表現と実例で評価基準を示す方法である。
 教育課程審議会の答申で「評価事例集」の作成を求めているのは,このようなスタンダード準拠評価を我が国でも必要とするからである。

 つまり,「絶対評価」の「評価基準」は明確な数値目標が示せない場合もあるのである。

UDの全国大会がZOOMで行われます。

講師陣に圧倒されます。

贅沢すぎる二日間になりそうです。