八木さやさん”餓えた心に栄養を。乾いた声に潤いを。”インスタライブをアップしました。

 

https://youtu.be/49vl05g09uI

 

このインスタライブの内容を詳しく解説してくれたはるちゃんのブログ。

はるちゃんの哲学・言葉は本当に美しく、毎度その世界観に圧倒されます。

今日のはるちゃんのインスタライブを聞いていて、

はるちゃんの話とはずれるかもしれませんが、

かつて自分の価値をとことん無くしていた自分を思い出しました。

 

私は、22歳の時に借金を300万こさえ、

自己破産している過去があります。

 

その時、私は自分が愛される、

人に好かれる自信がなく。

 

また、人との接し方も不器用で、

どうしたら人が自分に好意を持ってくれるのかわからない。

 

また、友達ができても、本当に友達が自分のことを好きなのか自信が持てませんでした。

 

いつも、みんな私に無理をして付き合ってくれている。

こんな私なんかのために、みんなに時間を割いてもらって申し訳ない。

付き合ってもらっているのだから、みんなが良い気分になるようにしないと!

嫌われないように、なにかしないと!

 

ていう、自分に対して失礼すぎる思いを抱えていたのです。

 

その結果、私がたどり着いたのは、

『多くお金を払う』ということ。

 

例えば、友達と一緒に映画に行くにしても、

映画のチケット代を払ってもらうのは申し訳ないから、

自分で友達の分のチケットを買い、

「チケットもらったから一緒に行こう」

と誘ったり。

 

友達が「ここいいよ」と教えてくれたエステや宝石屋さん。

友達は本当に自分が良いと感じたから私に紹介してくれたのですが、

私はそこのエステや宝石が良いとか悪いとかなんか度外視して、

友達に好かれたいがために契約をして、たくさんローンを組む…。

 

そんなことばかりをしていて、

気がついたら借金が300万になっていました。

(お金のお話はまだまだあるので、また別記事でまとめようと思います笑)

 

当時、私は本当に自己肯定感が低く、

自分の価値を認められない。

 

でも、認めてほしい、私がいるのです。

 

自分自身で認められないから、

外側にそれを求め、

 

お金を多く出したり、

ちょっとした出来事を大げさに言ったりして、

注目を集めようとしたり。

 

自己顕示欲と

承認欲求が

外側にむかって

噴出していたわけです。

 

すごくバランスが悪い状態でした。

 

けれど、そんな自分がいるなんて、

微塵にも思っていませんでした。

 

当時の憧れは、

「ちゃんとした大人になること」。

 

「ちゃんとした大人」とは

人のことを憎まず、

イラっとしても、軽く受け流して、

悪口なんて絶対に言わない。

 

自分のことを過大評価せず

いつも謙虚で、

世間に迷惑をかけない。

 

もう、この「ちゃんとした大人」への憧れが

今の自分の中に全くないので、

どんな感じか忘れてるんですが笑

 

多分、こんな感じだったと思います。

 

例えば仕事で評価されても、

「みなさんの協力のおかげで私はなにも…」

と周囲を持ち上げ自分を評価に加えず、

あるいは卑下して、

それを謙虚とはき違えて。

 

でも、本当は「私はすごい!」と思っているし、

すごいと認めたい。

 

けれど、「ちゃんとした大人」は

まだまだ修行中の身だと言うはず。

だから、私はすごくない!まだまだなんだ!

と、自分を「すごい」と認められない

消化不良の想い、無意識の不満が

自分の中に起こる。

 

そうすると、外側への攻撃に代わり、

当時、

「私、すごくない?」とか

「私天才!」と

自分がやりたくてもできないことをしている人、

自分褒めする人が、本当に大っ嫌いでした。

 

「いい大人が、何、自分で自分のこと褒めてるの?」

みたいな感じで、軽蔑、見下したりして。

 

すっごい嫌な奴でした。

でも、それが自分の中で「ちゃんとした大人」で、

自分は「ちゃんとした大人」でいるつもりでした。

(借金こさえてんのにwww)

 

その後色々あり、

自分の現実をなんとかしたくて

こういったスピ系にたどり着くのですが、

 

かつて自分の存在を認められず、

自己卑下の塊だったような自分が

どうやって今の

「自分が愛しくてたまらない」自分になれたのか。

 

それは「ちゃんとした大人」であるよりも、

今の自分を全肯定することにしたこと。

 

「ちゃんとした大人」になることを諦めた、

それはどうしたって自分にできないと知り、

 

自分の醜さ、脆さ、弱さ、だらしなさ、を受け入れた、

認められるようになったからだと思います。

 

もちろん、いきなりではなく、

少しずつ、一つずつ、一個一個

その自分を見出していったのですが。

 

だから、今は自分のネガティブさが愛おしいし、

見つけるたびに自分と両想いになっている感覚が強くなります。

 

そのネガティブさ、不器用さ、醜さがわたしであり、

だからこそ、私は美しい。

 

そのいびつさが魂の輝きのひとつなのだと、

今は思っています。

 

そして、このネガティブとの対話は愛おしい、

ということを私に教えてくれたのは、

はるちゃんでした。

 

今日のインスタライブを聞いていて、

それを鮮明に思い出し、

なんだかちょっと書いてみたくなって書いてます笑

 

自分の中に湧き上がってくるものを否定しない。

 

かつては「ちゃんとした大人」がしないこと、

例えば人への悪口。

 

アイツ嫌い、アイツ死ね、という思いも、

自分の中に生まれた自分の一部だから、

全然肯定していい。

(別に相手に言うわけでもないし)

 

もちろん、他にもいろんなことを

同時にやっているけれど、

(常識を取っ払って、自分の心地よさを追求するとか)

 

個人的に、このネガティブさを受け入れる、という行動は

わたしに合っていたようで

現実創造を加速させてくれたし、

今でも大切にしている

自分との対話時間です。

 

そうやって徹底して

自分なりに失敗しながらも

自分に合った方法を模索しながら

実践したおかげで、

 

毎日が夏休み、と思えるほど

好き勝手なことをして

過ごせるようになりました。

 

だからやっぱり、

「やってみる」というのは大事だな、と。

 

特に自分のタブー領域に触れてみるというのは、

確かに怖いことだけれど、

発見も多いし、

それまでに味わったことのない視点や

得難いものを運んできてくれると、

私の経験として思います。

 

そして、ネガティブさ

イライラや、悲しみ、モヤモヤなどを

受け止めれば受け止めるほど

自分自身にどんどん還っていくように

思うのです。

 

全然はるちゃんが伝えてくれた内容とずれてるかもしれませんが笑

 

ちょっと思ったことをつらつらと書かせていただきました笑

 

 

 

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ヽ(*・ω・)人(・ω・*)ノ

 

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クローバージブンチャンネルでしたクローバー

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