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前世療法―米国精神科医が体験した輪廻転生の神秘

『前世療法―米国精神科医が体験した輪廻転生の神秘』

(著・ブライアンLワイス 翻訳・山川紘矢、山川亜希子 PHP出版)



デジデリオ・ラビリンスを読んだ後「前世ねぇ~」なんて思いながらインターネット検索をしていたら

『ワイス博士の前世療法~瞑想CDブック』

がひっかかりました。

某ネットショッピングサイトのレビュー評価はかなり高く、実際に前世体験できたなんて口コミも。

気になりつつもなんか怪しい&購入して後悔しそうな気もしたので、取り合えず同じ著者の違う本が図書館にあったので借りてみました。

それがこの『前世療法―米国精神科医が体験した輪廻転生の神秘』でした。


精神科医である著者は前世や輪廻などの非科学的なことは信じていませんでした。

あるとき、患者に退行催眠をかけたところ前世と思われることを話始めたのでした。

その患者は幾つかの前世について話し、死んでから次の前世の話が始まるまでの間にマスターと呼ばれる人たちが語るのです。

そのマスターたちの言葉の数々はとても素晴らしく、私が捜していた答えはこれだ!!と強く思いました。


この本の中で語られた前世については本当かどうか検証されていません。

なので、作り話の可能性もあると思います。

しかし、その思想はとても素晴らしく私達を様々な苦しみから開放してくれます。

信じる信じないは貴方次第(パクリ♪)ですが、前世や人生哲学に興味のある方は一読されてみるといいと思います。


そして、瞑想CDブック買っちゃいました。

まだ一度しか聞いてませんが、はっきりとした前世は見えませんでした。

前頭葉の辺りを凄く使っている感じがするのと、断片的な映像が見えるのですが私が瞑想CDを聞く前にみたものをリプレイしているだけのような気もして。


ちなみに前世が見えるのは数%の人だけらしいです。

トレーニングによって見えるようになる人もいるそうなので、続けてみようかなと考えているところです。

固く辞退…

最近あった出来事でとても悩んだことがありました。

現在仕事をしている会社の上司のご家族が亡くならました。

私が所属している部門の責任者なので、聞いた時点では当然のように香典を包み、参列する方に持って行って頂こうと考えていました。

しかし、弔事連絡を見てみると


『香典・供花は固く辞退させて頂きます』


との一文。


とても悩みます…


最近、このように書いてあること多いかと思います。

香典辞退の意図として
①周りに対する気遣い
②なるべく簡素にして、御返し等の手間を省きたい

というような事が考えられると思います。


今回の場合は…???

思わず腕組みして考え込んでしまいました。



私とこの方の関係を整理すると、

〈私の状況〉
・私はこちらの会社の社員ではなく他社の人間(出向中)
・同じ部門になって半年程度
・年齢も離れているし、特別仲が良い訳ではない


〈相手の状況〉
・今回の葬儀の喪主
・数年前に親会社から転籍になったが、今回の件は大袈裟にしたくないので親会社には伝えないで欲しいと言っていた
・香典辞退と書いてあるものの、のどかな地域なので葬儀は通常通りおこなっていそう


〈周囲の対応〉
・社員は参列するしないに関わらず全員出した


さて、貴方ならどうしますか?



私は結局ご遠慮して出勤されてきたときに
『ご辞退とのことでしたので、香典は遠慮させて頂きました。お悔やみだけ申し上げます。』と伝えました。


今回の場合、『辞退』は周囲に対する気遣いの言葉であると考えました。

この方との関係はそれほど深くなく、他社の人にまで香典包まれたら恐縮させてしまうのではないかという思い

周囲を気遣って香典辞退としたこの方の意思を尊重してあげたかった

というのが理由です。


日本人には『他の人がするなら私も』というところがあります。村社会の歴史だから仕方ないのですが。

でも、それって相手を想ってのことではないですよね?

他者と違うことをするのは勇気が要ることですが、『皆がするから私も』と安易に考えるのではなく、相手にとってどうすることがベストなのか考えることがマナーであり、大切だと思いました。

今回、私は↑の答を選択しましたが、本当にそれで良かったのかはわかりません。

人によって、様々な考え方があると思います。

そして、何が正解というものでもないと思います。

デジデリオラビリンス

『デジデリオラビリンス~1464フィレンツェの遺言』
(著・森下典子 集英社)

1995年に出版されたノンフィクションです

現在は違う題名になっています


著者の森下典子さんが他人の前世がわかるという女性に会い
「あなたの前世は15世紀のデジデリオ・ダ・セッティニャーノというイタリアの彫刻家です」
と言われたことから、嘘か真実かを確かめるためにイタリアまで調べに行った実話です


スピリチュアルもヨーロッパも大好きな私にはドキドキとワクワクでたまらない本でした

偶然というには多すぎる一致から真実なのでは?という気持ちと疑いの気持ちが交錯しながら物語は進みます

著者のとても疑い深いところが読み手の気持ちを代弁しているようで、すんなりと世界に入れました


誰でも何かひとつくらいは理由もわからず好きなものってあると思います


著者の森下さんが何故かイタリアに惹かれるように、私はフランスが何故か大好きです

なかでも教会がとくに好きで、教会内にいると気持ちがとても落ち着き何時間でも居られる気がしてしまう

家系はおもいっきり仏教徒なので変な感じなのですが

フランスには一度だけ行ったことがあって、教会をいっぱい観て回りました

とある教会では、ラビリンスに立ったときに体がフワッと軽くなる不思議な体験をしました

その教会を描いた絵画が旅行後に働き始めた職場に飾ってあったという偶然も

前世があるとしたら、私は修道士または修道女あたりでしょうか


フランスに行く直前にアランの『幸福論』を読んでいたのですが、アランが一時期住んでいたルーアンを偶然にも訪れることになってビックリしました

アランに呼ばれたのかな?ってのは考えすぎですね(笑)



この世の中には科学では解明されていないことが沢山あります


『輪廻転生』


あるのか私にはわかりません

でも、あることにしておいたほうが良いことは沢山あると思います