7月14日のNHKテレビ日曜美術館で「岡倉天心」を観た後のことだった。

山梨県立美術館の向山さんから、電話が入ったのです。

明治35年に開校した山梨県高等女学校に、大正元年から大正13年まで、美術教師をしていた「萩谷秋琴」についてのお尋ねだった。初めて耳にするお名前だった。

萩谷秋琴「本名、伴雅 (ともつね)」 の出生地の高萩市から、県立美術館に「作品が残っているでしょうか」との問い合わせがあったのです。6月に「西美会展 国文祭スペシャル」を開催するに当たり、学校の収蔵品を全部観ましたが、心当たりはなく、昭和20年の甲府空襲で学校は全焼しているので、そのことは、無理だったのですが、学校創立90周年記念誌にお名前が見つかったのです。

西美会の初代会長の輿石 妙、二代会長の横山けい先輩が通われていた時代でした。

西美会50周年の年に、何か不思議なご縁を感じました。

この時代は校長が教師を任命していたそうです。




拡大してご覧ください、日本画のそうそうたるメンバーの中に萩谷秋琴(○印)がいます。



なほみの視点







なほみの視点


なほみの視点


水が減った千代田湖と、朝陽を写す千代田湖です。

横山大観が日本の風土に合った表現方法を編み出した、もうろう画そのものです。

岡倉天心のロマンスの話や東北大震災後再建された六角堂のことなど、思いめぐらし、

一時の脳内避暑地に行った思いがしましたよ。

アクションを起こすことはエネルギーのいることですが、広がりの中に新しいものが出てくるという魅力

もあるのです。「老いて、益々好奇心を」を信条に