私は所謂リベラルが嫌いだが、自分は自由主義者だと考えている。
そもそも日本人はリベラルは自由主義者でそれ以外は保守主義者と思っているきらいがあるが、それは大きな間違い。日本ではどちらかというとソーシャルリベラリズム、つまり社会民主主義に近い傾向があると考えてよいだろうし、アメリカでも民主党のリベラル派はどちらかというとケインズ主義や社会民主主義に近い経済志向を持っていると考えていいだろう。
そういう点では世界的にリベラルの役割は終わったと見るのが正しいのではないだろうか。つまり、もはや先進国ではケインズのような少数の賢人による経済運営が間違っていることが証明されてしまい、どこの先進国でもバラマキで景気対策をするようなことはなくなった。また社会主義国家群の崩壊で社会主義的な計画経済も否定されたから、いまさら社会民主主義はないだろう。一時期ヨーロッパで第三の道という政治路線が唱えられたが結果的には自由主義経済の改革を微調整しただけで終わったし、イギリスでは保守党が完成しきれなかったものを逆に完成させた位である。
そう考えるとリベラルは少なくとも1980年にレーガン政権が出来た時点でアメリカやイギリスでは敗退したと考えて間違いないだろう。クリントンもリベラル派のように見えるが推し進めた政策はレーガン政権と哲学的にはかわらないと考えていいだろう。その逆の例がニクソンであれだけ保守主義者の権化のように見える彼は、実はアメリカで統制経済を志向した人物だったことは意外に知られていない。
リベラルが一時期正しいと考えられたのは、資本主義は暴走するから誰か賢人がコントロールするべきという発想が根底にあったのではないだろうか。確かに戦後の経済はインフレと経済成長率と生産性の向上がピークに達した時点でオイルショックが起こり、一見しただけでは統制経済のように見える日本が市場を席巻した。実際は通産省がそれだけ経済政策が巧かったのではなく、成功したのは通産省がむしろ反対したことの方だったのかもしれない。
ところが実際はそんな賢人はいなかったし、政府も巨大化してしまいコントロールが効かない状態になってしまった。
リベラルの理念は確かにヒューマニズムに通じるものがあり、一見すると正しい。でも経済は現実で皆がまずしくなれば社会福祉など出来なくなるのが現実。理想であっても金がなければ何も出来ないのが政治の現実なのだ。
先日放送されたザ・ホワイトハウス5で大統領代行に就任した共和党の前下院議長が政府の無駄をカットして減税をやろうとしたのを首席補佐官のレオ・マクギャリーが止めた台詞があった。「政府は何もしないのです。」そう。政府は何でも出来るように見えるが意外に何も出来ない。その何も出来ない状況に国民は怒りを覚えるだろうが政府の政策決定には多くの利害が絡み合い縺れ合っているからそう簡単に動かすことは出来ないのだ。少数の賢人すら危ういのだから大統領になる準備のなかった下院議長では難しいだろう。
勿論、市場は完全に万能ではない。情報は誰にとっても情報だが、それを分析して正しい行動への判断となるとその人の能力の差がでる。市場参加者が等しく情報を仮に持っていたとしてもその判断は皆同じではない。その不完全さが市場の良いところだと私は考えている。
つまり人間が完全ではない以上、その人間が運営する経済や政治が完全であるはずがないと。
そういう批判的な見方を自分のベースにおいていれば、すべてをコントロールできるという幻想から逃れることが出来るのではないだろうか。
本当は人間の能力に全面的な信頼をおいて人間の福祉の向上を図るのが理想だろうが、残念ながら人間は完璧ではないし間違いを犯す。だから私はリベラルの人を信用しないし、リベラリズムを嫌うのだが。。。