専門教育の主体は大学か企業か | JetClipper's Bar

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東京生まれですが、沖縄、多摩ニュータウン、横浜、尼崎、川崎を経て、三鷹市民になりました。

今日の日経ビジネスの特集は工学部志望者が減っているという話。同じような話が週刊ダイヤモンドにも寄稿として掲載されていた。
今までは技術者として厚遇されてきたのに、採用減と待遇がそれ程よくならないどころか業種によっては劣悪な場合があるので志望者が減っているという論考。最終的にはものづくり大国日本だから何とかしないとという結論が出ているようなものなのだが、私はそんな簡単な問題ではないと思う。

一番の問題は、日本において一流企業では大学卒業時に就職しないとほとんどチャンスがないという悪しき労働慣行があることだと私は考えている。昔のようにジョブローテーションとOJTだけではこれからの国際競争に勝つことが出来ないのに、日本でもしエリートであろうとすれば大学を卒業して就職するか、中退でも公務員試験でキャリア官僚を目指すしか方法がないことが問題なのだ。
何かのブログか記事で読んだが、中央銀行や財務省の国際会議があると、外国の出席者の大半が大学院を出て、かなりの数が博士号を取得している。ところが日本からの出席者はほとんどが大学学部卒。下手をすると経済学や数学の学士すら持っていない法学部卒業の官僚である。これで国際的な議論に参加できるのかどうか疑問だというのがその記事の主張だったが同じことは技術開発でもマーケティングでも企業経営でもいうことができる。

日本の労働慣行では大学時代に何を専門にやってきたか、ということが面接以外で問われることはまずないだろう。私のようにマーケティングを専攻してきたのに総務畑が専門というゼミOBを多く見てきているし、ゼミも一時期は金融が就職先のトップだった。
ところが、欧米では企業経営者や管理職クラスではMBA相当の学位はかなりのシェアで持っている。企業経営に全く関係ない学位を持ってやっているという人はよほどのたたき上げか後継者として地位が約束された人ぐらいだろう。ところが日本では未だに法学部卒が会社の事務職ではトップになってしまう。経営学部や商学部が企業での出世に有利とは断言できないのだ。

日本企業は大学は何も教育しない、というが、企業の専門教育だって私の目からみればいい加減。体系化もしていないしマーケティングは未だに調査とか販売促進ぐらいの話でとまっている。
必要なのは大学でまともに勉強してきた人が就職してその学んだことを活用できるという状況が必要なのだと私は考えている。企業の経営管理者になるには経営学部・経済学部・商学部系を出ていないといけない、というくらいの風潮に傾いてもらいたいくらいである。
だからといって大学は実務を教えるところではない。専門職に必要な思考方法や情報分析手法をきちんと学ばせ、ディベートをして、まともな論文を書けるようにすることである。そのベースと最低限の専門知識があれば就職してから学ぶことで十分戦力になる。
逆に企業も猛省する必要がある。即戦力を求めるとか言いながら、雑巾がけしかさせない企業の姿勢は矛盾している。そもそも学生に即戦力を求めていないのに高いハードルを課すのは殆ど体育会のサディズム的な思考だと私は考えている。

そして企業内の専門教育はOJTや適当な外部講師ではなく、トップクラスはきちんと大学院に入れる方がよい。適当な数日の研修や長期に渡る飛び石の研修より集中的に三ヶ月ぐらいのセミナーに叩き込んだ方がよほど戦力になるだろう。(それくらい外部講師の質は疑わしい時があるし、そもそもそれを選択する人事部の人にそれだけの見識があるとは到底考えにくい。)

そして出来れば理系出身者も最低限社会人として就職するならば、経済学やマーケティングの基礎知識を、文系出身者も最低限の確率統計論やポピュラーサイエンス、教養としての科学をきちんと学ばせるべきだ。
そうなると適当な大学では対応できない。求められるのはリベラルアーツだろう。
そういう教養だけ今の高校では対応できない。教養があれば対応できることも増えるというものだ。