諏訪大社と鹿肉とユダヤ

テーマ:

仏教伝来に伴って肉食はタブー視され、
ほとんどの神道でも肉を食べない。

但し鹿肉は、
一部の神社にとっては例外らしい。


先日、
『旨鹿カレー』開発のきっかけを作ってくれた、
木村悠方子さんが来社され、
長野県の諏訪大社から帰って来たばかりだと言う。

御柱(おんばしら)祭で有名な諏訪大社ではあるが、
それよりもっと重要な祭事である『鹿食神事』というものがあり、
「鹿食免(かじかめん)」と「鹿食箸(かじきばし)」のお札セットを頂いた。



お札の裏には、
「諏訪の勘文(すわのかんもん)」が記されていた。


 

※「勘文」とは諸事を考え、調べて、上申したもの。
諏訪の勘文は別名「諏訪のはらえ」と言います。


《諏訪の勘文》

前世の因縁で
  宿業の尽きた生物は

放ってやっても長くは
  生きられない定めにある

したがって人間の身に
  入って死んでこそ

人と同化して
  成仏することができる


…つまり、
鹿肉を食する事は残酷な事でも可哀想な事でもなく、

その命が成仏するのだ…との考え。

一見人間の身勝手な考え方に感じるが、
木村さん曰く決してそうではないと言う。

野菜も穀物も魚も動物も、
全て大宇宙大自然から授かった命。

私たちはその命を刈り(狩り)取り、
命をいただく事で生かされている。

特に鹿肉は日本民族にとって特別だそうで、
今ジビエ(野生)料理で鹿肉が脚光を浴びているのも、
決して偶然では無いとの事。

むしろこの時期だからこそ、
日本の神々が日本民族に“備え”として、
積極的に食べて欲しいのが鹿肉なんだそう。

単に鹿肉が、
脳に良いとされるDHAが豊富に含まれているからではない。

単に世界のアスリートが好んで食べ、
身体のスタミナやパワーがみなぎるからではない。

そして今ここに来て、
国公立大学の栄養学の研究でも盛んに注目され始め、
オリンピックの候補選手や、
プロサッカーチームなども鹿肉が取り入れ始めた。

牛や豚とは全く異質の食物が鹿肉なのだ。


「諏訪の勘文」の下にこう書いてある。

殺生は罪悪として狩猟を忌み嫌う時代にも、
お諏訪様から神符を授かった者は、

生きるために鹿肉を食べることを許されました。

こうした信仰により諏訪の人々は、
長く厳しい冬を乗り越えてきたのです。

この「鹿食免・鹿食箸」は、
諏訪大神とともに時代を生きた先人たちに思いを馳せ、
皆さまが
今の豊かな時代に感謝し、
安全な食生活を送れる事を祈念し奉製しております。


…つまり、
神に仕える者や信仰の篤い人は、
牛や豚は食べる事ができなくても、
特別に鹿肉だけは食べる事が許される…と解釈できる。

なぜ、
神に仕える者は鹿肉以外の肉を食べる事が許されないのだろう。

理由はいくつかあるらしいが、
一番は『霊格が落ち神への祈りが通じないから』らしい。

但し鹿肉だけは牛や豚とは違って霊格が落ちないので、
食べても良い肉と言う事になる。

鹿肉は日本の神々が認めた身近な食べ物…
と言う事にならないだろうか。

全国の神社に鹿が多いのも何となくこれでうなずける。

 

ある意味、

食する事を許された神の御使いでもある。

また「日本書紀」に、
天皇が神とともに狩猟をする事を「徳」とする記述があった。

王である天皇の狩猟は、
大地が生み出す豊穣を神に捧げる儀礼であり、
さらに大地を象徴する鹿を狩ることにより、
大地に王の領有権を確認する儀礼でもある。



そしてそれを実証するように、

諏訪大社は毎年4月15日、
鹿の頭(剥製)を神に捧げる御頭祭(おんとうさい)の神事が伝わっている。



狩猟の神とされる諏訪大明神は、
かつて御頭祭で鹿の頭が75頭分供えられていた。




また、
その鹿の中には必ず耳が裂けた鹿が1頭混じっていた。

耳が裂けた鹿は狩猟を好む神の矛(ほこ)に掛かった鹿であると言われ、
諏訪大社の七不思議のひとつ、
「高野の耳裂け鹿」と呼ばれている。

並べられていた鹿の頭(写真右端の鹿)の耳も、
確かに先端が2つに裂けている。


※現在は剥製が使われています。

さて、
全国に分布する諏訪大社の御分社は一万有余社を超え、
数多くの謎や説が語り継がれている。




その最も大きな謎は、
諏訪大社と古代イスラエル(旧約聖書)との関係性。


言い換えれば、
日本人とユダヤ人は先祖が同じだと言う説だ。
(日ユ同祖論)

私は若干別な見解を持っているが。。
(※縄文人と、

シュメールの流れをくむユダヤ人との血の混ざり合う民では?)

それはともかく、
旧約聖書と諏訪大社の共通点について紹介しよう。


《イサクの燔祭》

旧約聖書「創世記」22第1節~19節にかけて記述された物語。




アブラハムが不妊の妻サラとの間に年老いてからもうけた愛すべき息子、
イサクを生贄に捧げるよう、
彼が信じる神によって命じられる。

結末は、
イサクの上にアブラハムが刃物を振り上げた瞬間、
天から神のお使いが現れて、
その行為を止め代わりに雄羊を捧げたというもの。


《諏訪大社の御頭祭》

毎年4月15日に諏訪大社で行われ、
かつて江戸時代までには神の使いとしての役割が与えられた、
御神(おこう)と呼ばれる少年を柱に縛り付け、
神官が少年の上に刃を振り上げる仕草をする。

丁度その時、
別の男が現れて神官の動作を止めさせ、
少年は解放される。

そして少年の代わりに鹿の頭やウサギが捧げられる。


《モリヤ山と守屋山》

アブラハムがイサクを連れて登ったのがモリヤ山で、
諏訪大社が御神体山とするのが守屋山。




《守矢史料館と御柱祭》

資料館によると、
諏訪の御頭祭と御柱の神事を代々司って来た守矢(モリヤ)家。



諏訪大社では7年に一度、
宝殿を新築し社殿の四隅にある縦の木を建て替える。

この縦の木《=御柱》を安置所から社殿まで曳行する山出しと里曳きが行われるが、
この行程が一般に御柱祭としてよく知られている。

特に山出しの時に行われる木落としは最大斜度35度、
長さ100メートルの急坂を、
巨大な御柱が氏子達と一気に駆け下りるその迫力から、
最大の祭の見せ場として有名である。

 


この御柱祭では、
《柱=神》として柱を神と見なす信仰がある。

古代イスラエルでは柱をアシラと呼び、
アシラ信仰というものがあった。

諏訪大社では、
長さ五尺あまり幅は五寸ほどで先の尖った柱を押し立てる。

これを御杖とも、
御《贄》柱(おにえばしら)ともいう。

※生贄と言う字が入っておりイサクをイメージさせる。

御神(おこう)といって八歳ぐらいの少年が紅の着物を着て、
この御柱にその手を添えさせられ、
柱ごと人々が力を合わせてかの竹の莚の上に押し上げて置いた。

(中略)そこへ上下を着た男が藤刀というものを小さな錦の袋から取り出し、
抜き放って長殿に渡す。

長殿がこの刀を受け取り、
神官に渡す。

その藤刀を柱の上に置く。

また長い縄を渡す。

神官は、
藤刀で柱の先端を刻みつけたり、
縄で枝を結んだりした後に、
例の神の少年を桑の木の皮を縒りあわせた縄で縛り上げる。

その縄で縛る時、
人々はただ「まずまず」と声をかける。

その後、使者が現れ、
御宝が到着し、
縛られていた少年が釈放される。

そして少年の代わりに、
神の鉾にかかった耳の裂けた鹿(耳裂鹿)が捧げられる。


《75頭という数の一致》

諏訪大社の御頭祭では、
75頭の鹿が奉納される。

イスラエル王国時代にも、
モリヤ山において過越祭という行事が行われ、
その生贄の羊の数は75頭。


《耳裂けの一致》

旧約聖書では、
「この時アブラハムが目を上げてみると、
後ろに《耳の裂けた一頭の雄羊》がいた。
その雄羊を捕らえ、
それを子イサクの代わりに燔祭として捧げた」…とある。

御頭祭では生贄となる75頭の内、
1頭はなぜか必ず耳が裂けており、
《耳裂け鹿》と呼ばれている。


《神官の服装》

神官の袖から垂れ下がる房(糸)は、
古代イスラエルのツイツイツイートと同じデザイン。




…この御頭祭は謎に満ちている。

御神(おこう)という少年を御贄柱と共に押し上げ、
その後、
立木に縄で縛りつけるのは何故か?


まさに、
子供がこうして縄で縛られ、
竹のむしろの上に置かれるあたりは、
アブラハムの子:イサクが縄でしばられて、
薪の上に置かれた光景を思い起こさせる。

また、
アブラハムがイサクを小刀で屠ろうとしたように、
少年の元には小刀が出されている。

また江戸時代においては、
馬に乗った使者や、
御贄柱を肩にかついだ神官が現われている。

彼らは使いとして現われているわけだが、
彼らが現れた後に少年は解放されている。

旧約聖書でも、
「主の使い」(天使)が現われて後、
イサクは生け贄になることから解放されている。

このように、
御頭祭の様子はまさにイサク伝承にそっくりなのだ。


ただ疑問もある。

なぜ羊ではなく鹿なのか?

調べてみると、
羊は渡来した動物であり、
縄文時代には日本に存在していない動物だった(笑)。

よって日本に渡来したユダヤ人は、
羊の代わりに鹿を使ったのではないか?

室町時代初期に記された『諏訪大明神画詞』によると、
古い時代に守矢氏は、
「神長」という筆頭神官の位についた。

守矢氏は以後、
代々、この地の祭祀と政治の実権を握ってきた。

現在、守矢家の御当主は、
78代目であるという。

※一代平均30年とすると、
初代は2340年前。


諏訪大社のとなりにある「モリヤ山」(守屋山)も、
守矢家の聖地である。

モリヤ山(守屋山)は、
守矢家の祖先神とされる「モリヤの神」にかかわる地でもある。

守矢家の祖先神は、
伝承では「モリヤの神」、
「洩矢神(もりやのかみ)」、
または「守矢神(もりやのかみ)」という事になっている。

「洩矢神」は「もれやのかみ」と読まれる事もあるようだが、
『神長官守矢史料館のしおり』によれば、
やはり「もりやのかみ」と読む。

この「モリヤの神」、
元々あのイスラエルのモリヤの地でアブラハムに現われた、
神ヤハウェではなかったか。

「モリヤ」という名は、
このようにモリヤ山(守屋山)、
モリヤの神(洩矢神、守矢神)、
モリヤ家(守矢家)というように様々にその痕跡が残っている。

漢字ではいろいろに書くが、
いずれも当て字であって漢字自体には意味はないと思われる。

大切なのは「モリヤ」という発音である。

これらは全て同じルーツに違いない。

また、
「おこう」は漢字で「御神」とか「神使」と書いたりするが、
これらも無理な当て字に思える。

はじめにあった発音はきっと「おこう」であろう。

実は創世記22の2の「ひとり子イサク」の「ひとり子」は、
ヘブル原語では「ヤ アコウ ド」という。


「おこう」は、
この「アコウ」が訛ったもの?

さらに御頭祭は、
「ミサクチ神」の祭とも呼ばれているが、
これについて『諏訪神社 謎の古代史』(彩流社刊1995)の著者:

清川理一郎氏は、
「ミサクチ」は、M・ISAKU・CHI(接頭語子音)、
(イサク) (接尾語)で、
「イサク」の事に違いない…と述べている。

「ミサクチ」は、
もとは『御・イサク・チ』だったのであろう。


よって御頭祭は、
イサクを記念した祭ではないのか。

 

そもそも、

ユダヤと神道には共通点がいくつもある。

 

御祓いの儀式、お神輿(契約の箱)のデザイン、

白の祭司服、阿波踊り、神輿の水中渡渉(ヨルダン川)、

神前で裸足になる天皇(モーセのシナイ山での神との対話時)、

狛犬、獅子舞、拝殿と本殿(聖所と至聖所)、柏手(かしわで)、

手水舎(洗盤)、鳥居(アラム語で門)、賽銭箱、しめ縄、

塩で清める、盛り塩、人型を川に流す(タシュリック)、

イザナギとイザナミが結婚式に「あなにやし」と言ったがその意味はヘブル語で「私は結婚します」、

イエスも衣に神道の房が付いていた、

祇園祭の囃子言葉「エンヤラヤー(ヘブル語で、私はヤーヴエを賛美します)」…等々。

もう一度、
創世記22章9-14節からの引用を読んでみたい。


神が命じられた場所に着くと、
アブラハムはそこに祭壇を築き、
薪を並べ、
息子イサクを縛って祭壇の薪の上に乗せた。

そしてアブラハムは、
手を伸ばして刃物を取り息子を屠ろうとした。

そのとき天から主の御使いが、
「アブラハム、アブラハム」と呼びかけた。

彼が「はい」と答えると御使いは言った。

「その子に手を下すな。
何もしてはならない。
あなたが神を畏れる者であることが、
今分かったからだ。
あなたは自分の独り子である息子すら、
私に奉げることを惜しまなかった。」

アブラハムは目を凝らして見回した。

すると、
後ろの木の茂みに一匹の雄羊が角をとられていた。

アブラハムは行ってその雄羊を捕まえ、
息子の代わりに焼き尽くす献げ物として奉げた。 

アブラハムはその場所を、
ヤーウェ・イルエ
(主は備えてくださる)と名付けた。

そこで人々は今日でも、
主の山に備えあり(イエラエ)」と言っている。


備え…

私はこの用意された鹿肉が、
単なる栄養的または物質的な価値ではなく、
今後の民の備えになる気がしてならない。

 

※宝徳大社の奥の宮(主の山)も、

日本民族覚醒のための『備え』との伝説がある。


旨鹿カレーのご縁、
宝徳大社に現れた鹿ウサギ、
夢に現れた大白鹿、
1万食の廃棄処分の決定、
翌日には鹿の群れが挨拶…

宇宙に偶然など一つも無いと思えるのだ。

※綺麗の「麗」、

「麗(うるわ)しい」も『鹿』の漢字が使われている。

これも偶然?…その解説と見解はまた後で(笑)。


ヒント:汚れなく清々しい霊

●近況報告

精肉業者さんを含め、
旨鹿カレー」製造をお願いしているISO認定工場では、
徹底した安全管理に務めております。

 

よって製造時において、

一部の方が危惧されている鉛成分の検出がない事を確認して、

出荷しております。

その後のJES独自の検査でも、
下記データのように鉛成分が含有している心配はございません。

ミネラル処理も施しておりますので、
安心して美味しくお召し上がり下さい。




●おまけ

 

もし、

『旨鹿カレー』を食べられた後の感想を、

「コメント欄」に書いて頂けたら嬉しいです。

 

コメント頂いた方の中から、

抽選で10名様に4袋ずつ進呈致します。

 

締め切り:10月31日