10年のキセキ(1) | 私、BABYMETALの味方です。

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アイドルとメタルの弁証法
-May the FOXGOD be with You-

★今日のベビメタ
本日4月5日は、2016年、米CBS「The Late Show with Stephen Colbert」に出演し、スタジオライブで「ギミチョコ!」を披露した日DEATH。

■武漢ウイルス関連データ
●累計
・世界 感染確認者1,093,276人>死者58,133人
・日本 感染確認者2,935人>死者69人・退院575人・入院治療を要する者2,291人
>無症状311人・病状確認中573人・治療中1,407人>重症者69人
●10万人当たり
・世界 感染確認者14.17人>死者0.75人
・日本 感染確認者2.32人>死者0.05人
出典:厚労省「新型コロナウイルス感染症の現在の状況について」(4月4日正午現在)

武漢ウイルスについては、「肺炎を併発して重篤化することもある風邪である」というぼくの意見と根拠は変わりません。「風邪」なので、検査数が増えるにしたがって、感染確認者数は増えていくでしょうが、世界最強の対ウイルス戦コマンダー尾身茂氏を始めとした専門家会議の「積極的疫学調査」体制による高齢感染者の早期発見と、肺炎のための設備・人員が確保できている限り、この感染症での日本の死亡率は欧米をはるかに下回る状態が続くはずです。非常事態宣言も不要だと考えます。
BABYMETAL公式サイトからは、EpisodeⅩの具体的インフォメーションは未だなく、ファンブログなのにこの話題ばかりじゃさすがに気が引けるので、10周年を記念して、BABYMETALの歴史を「10年のキセキ」というタイトルで書いていくことにしました。
2016年にこのブログを始めた時、それまでのBABYMETALの歴史をまとめたのですが、あれから4年経って、「あれはこういうことだったのか」という気づきもあります。
武漢ウイルスの話は、新たなデータが出た時、あるいは状況が大きく変わった場合に、挟んでいくことになりますが、当面はこの連載を続けます。お楽しみください。
「♪はっじまっるよー!」

2008年、一人の痩せた色黒の男が、音楽事務所アミューズの「バラエティ班」に異動してきた。

小林啓、のちのKOBAMETALである。
小学生の頃、テレビに出た聖飢魔Ⅱを見て衝撃を受け、大学時代にはバンドを組むほどメタルにのめり込んでいた彼は、入社後、「音楽班」に配属され、SIAM SHADEやCASCADEの広報を担当し、その後、社内インディーズレーベルを立ち上げて、ラウド系バンドのプロデュースと販促を担当した。だが、大ヒットは生み出せなかった。
異動はそれを受けたものと思われるが、第2マネジメント部第2制作室長として担当したのは、サンプラザ中野くんなどのミュージシャンや、アミューズ所属の俳優、パティシエの柿沢安那、大学教授など、文字通りバラエティに富んだ12組だった。
アミューズには、2004年にウィルコーポレーションを吸収合併して設立したモデル関連のWILL事業部があり、その中のキッズ部門をアミューズキッズと称していた。
アミューズキッズには、多くのキッズモデルが所属し、その中には2005年から2006年にかけてオリコンのキッズファッション誌『Kids Style』のモデルになっていた武藤彩未、飯田来麗、佐藤日向、水野由結、2006年に飯田来麗とともにパナソニックのCMに出演した磯野莉音、2007年、小学館のコミック誌『ちゃお』の準GPに輝いた菊地最愛、入賞した堀内まり菜、杉崎寧々、2008年に雑誌『ニコラ』のモデルだった三吉彩花、そして、アミューズと業務提携していたアクターズスクール広島出身、抜群の歌唱力で2007年にアミューズ主催のスターキッズ準GPとなった中元すず香がいた。
2008年、武藤彩未と中元すず香は、2005年からキッズモデルをしていた島ゆいかとともにテレビ東京のアニメ『絶対可憐チルドレン』の主題歌を歌う可憐Girl’sを結成して、メジャーデビューする。


可憐Girl’sは、同じアミューズ所属で、アクターズスクール広島時代からMIKIKO師が指導しており、中元すず香と鞘師里保の先輩でもあるPerfumeの「妹分」という位置づけで、アニメ中にも登場し、全国の小学生女子に大人気となった。
同年、アミューズキッズ所属のモデル・子役たちは、さまざまな媒体に登場する。
マクドナルド・ハッピーセットのCMに、佐藤日向、杉崎寧々、菊地最愛が出演、バンダイ・プリキュアインナーのCMには水野由結が出演した。
2009年には、飯田来麗、堀内まり菜、杉崎寧々の三人が、農林水産省の食育推進キャラクターとして、パティシエをモチーフにした「ミニパティ」として、各地のイベントに出演した。マネージメントしたのはKOBAMETALだった。
また、同年、構成作家の倉本美津留をフィーチャーしたトヨタのネット配信番組『新しい子ども番組』が制作され、そこには飯田来麗、杉崎寧々、佐藤日向、水野由結らが出演していた。
2009年3月14日。
武藤彩未と中元すず香が所属していた「可憐Girl's」の「任務完了コンサート」がSHIBUYA BOXXで行われた。武藤彩未と家族ぐるみのつきあいをしていて、可憐Girl’sの大ファンだった水野由結も見に来ていた。
ミニパティが出演していたため、同行していたKOBAMETALは、中元すず香の歌を聴いた瞬間、中元を中心とした「少年少女メタル歌劇団」を構想したという。

中元すず香の歌唱力はキッズタレントの中で群を抜いており、2009年3月に行われ、2010年6月に再演されたミュージカル「冒険者たち」に”潮路”役として抜擢されたほどだった。


2010年4月、アミューズ初のローティーンアイドルユニット、さくら学院が結成される。
日本特有のアイドル文化=「未成熟なメンバーの成長と卒業」を前提とし、スタッフを「先生」、ファンを「父兄」と呼ぶ、学校生活をモチーフとした「成長期限定ユニット」だった。
当初のメンバーは、武藤彩未、松井愛莉、三吉彩花、中元すず香、堀内まり菜、飯田来麗、杉崎寧々、佐藤日向の8人だったが、8月に初開催された東京アイドルフェスティバルで、最年少メンバーとして水野由結、菊地最愛の2人が「転入」して10人となった。
水野由結と菊地最愛は、さくら学院メンバー選定オーディションで、可憐Girl’sの「Over the Future」を歌い踊って「合格」となった。
前述したように、この10人はすでにモデルや子役として実績を積んできた選りすぐりのメンバーだった。最年長の松井愛莉だけが2009年に『ニコラ』のモデルオーディションに受かったばかりで、芸能経験がなかった。
さくら学院の楽曲は、音楽事務所アミューズだけに有能な作詞・作曲家が担当し、振付はPerfumeを育てたMIKIKO師が担当した。いきなり東京アイドルフェスティバルに出演できたのも、アミューズのプッシュによるものだろう。
さくら学院発足後、秋の「学院祭」とデビューアルバム制作のために、派生ユニット=「部活」が作られることになった。
ミニパティは女子校によくある「クッキング部」として、そのままでいいが、その他の「部活」はどうするか。
マネージャー=先生の一人として参画していたKOBAMETALは、このとき、自分の担当ユニットをどうするか、アイドルに詳しいニッポン放送の吉田尚記アナウンサーに相談したという。KOBAMETALが「メタル好き」だと知った吉田尚記アナウンサーは、「それでいいんじゃないですか」と背中を押した。
そうして結成されたのが、軽音部をもじった「重音部」だった。


中元すず香をリードボーカルとすることは決まっていたが、メンバーをどうするかで悩んだKOBAMETALは、クイーンの回りで踊る「双子の天使」というイメージで、最年少の水野由結と菊地最愛を選んだ。
自分を「すー」と呼び、さくら学院メンバーにも「すーさん」と呼ばれていた中元すず香はSU-METALに、水野由結と菊地最愛は名前から、それぞれYUIMETAL、MOAMETALという“メタルネーム”がついた。
デビュー曲「ド・キ・ド・キ☆モーニング」は、中元の学院日誌によると、「最初カワイイと思った曲が、アレンジとダンスが入ってどんどん変わって」いったという。
KOBAMETALは、作詞・作曲家が作ってきた曲を、DTMで打ち込み、自分好みの重音部=ヘヴィメタル風にアレンジしていったが、そのDTMソフトにはドラムサウンドのモデリングとして、ヴィニー・ポール(元PANTERA、HELLYEAH)のセットが装備されていた。
2017年にBABYMETALのハリウッド単独公演でHELLYEAHが前座を務めたこと、2018年に初披露された「Elevator Girl」のサビの合いの手で、「Going up、Going down、Going up、Going down、Hellyeah!」と歌われるのは、偶然ではない。
KOBAMETALがメタル入門者のためにリストアップした60枚のアルバムの中には、のちに前座として帯同したMETALLICA、Judas Priest、単独公演のOAにピックアップしたAmaranthe、Bring Me The Horizon、ミュージシャンとしてレコーディングに参加したArch Enemy(イジメ、ダメ、ゼッタイ、Distortion)、Dragonforce(ROR)、THE MAD CAPSULE MARKETS(ギミチョコ)、神バンドのメンバーになったLedaがいたDELUHI、「紙芝居」や楽曲のネタ元にした聖飢魔Ⅱ、X-Japan、Slipknot、Limp Bizkit、Linkin Park、Korpiklaani(Oh!MAJINAI)などがある。
KOBAMETALは、自分が好きなバンドを自らの作品に参加させていく自己実現タイプのプロデューサーなのだ。
ヘヴィメタルのハンドサインとして、メロイック・サインを教えた時、SU-、YUI、MOAは影絵の狐と間違えて「わぁ、キツネさんだ!」とはしゃいだ。
これにより、キツネサインはBABYMETALのハンドサインとなり、キツネ様は「メタルの神」となった。Kawaii3人の少女は、降臨したキツネ様に憑依され、ライブ中は意識がなくなるという設定が生まれた。
だが、KOBAMETALは知らなかった。
左右に狛犬ならぬ狛キツネを従えたキツネ様=稲荷神は、素戔嗚尊の後妻で歌と舞踏の神アメノウズメから生まれた豊饒の神ウマノミタマであり、三匹の狐=ミケツ神とも呼ばれることを。
そして、アメノウズメの後添えで、キツネ様にとっては「義理のお父さん」に当たる猿田彦が天孫一行の道案内をする旅の神であり、BABYMETALにとって、その役割を担い、メタルワールドを道案内することになるのが、重音部顧問=「芸能界のお父さん」である他ならぬ自分だということを。
(つづく)