東日本大震災から6年 | 私、BABYMETALの味方です。

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アイドルとメタルの弁証法
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★今日のベビメタ

本日3月11日から15日までの5日間は、2013年、BABYMETALの3人が、さくら学院中等部3年生徒会長中元すず香、中等部1年水野由結と菊池最愛として、TVK「サクサク」に出演していました。

 

東日本大震災から6年。BABYMETALの結成とほぼ同じ時間が経過した。

震災直後、アミューズ公式ホームページで、生徒会長武藤彩未は次のように書いた。

――引用――

私たちが出来ることは小さいかもしれないけど、まず自分たちに出来ることから始めます。

みんなでやればきっと大きな力になります。

被災者の皆様へどうか一日も早く暖かい春の日差し、そして桜が降り注ぎますように。

さくら学院生徒会長 武藤彩未

(「東日本大震災に対するアミューズの取り組みについて」>アーティスト>さくら学院」

http://www.amuse.co.jp/torikumi2011/from_artist/sakuragakuin/

-引用終わり―

そして、予定されていた「さくら学院 2010年度〜message〜」の発売記念イベントは、約1カ月延期された。

公式ブログ「学院日誌」では福島県出身の松井愛莉を皮切りに、毎日交代で10名全員がメッセージを寄せた。

――引用――

みなさんたくさんのご心配ありがとうございます!!!!

私はちょうど東京に向かっていたので福島にわいませんでした。

でも、なかなか家族と連絡がとれなくて、不安だったんですが、ちゃんと、れんらくがとることができて、よかったです☆

みんな元気だったのでホッとしました。

まだまだ余震も続いているので、みなさんも絶対危ないところへは、近づかないでください!!!

たくさんの方の心配と、はげましのコメント本当にうれしかったです。ありがとうございました!!!

あいりでした♡♡

(さくら学院公式ブログ「学院日誌」2011年3月分)

http://ameblo.jp/sakuragakuin/entry-10829600814.html

―引用終わり―

 

中元すず香の番は4月1日だった。

――引用――

日本中の人たちが今自分のできる事をしている中で、広島で過ごす私にできることは、何だろう?って自分なりに一生懸命考えました。

大きなお金は持っていないけど、ずっと貯めてきた1円玉を募金しようと思います。これから復興には何十年という長い年月がかかると聞きました。今の私に出来ることは少しかもしれないけど、これからも自分に出来る事を見つける度にやっていこうと思います。これからの小さなコツコツがいつか大きなパワーになると信じています。

http://ameblo.jp/sakuragakuin/entry-10847920874.html

――引用終わり――

そうして、SU-は小学生の頃から大切に集めてきた1円玉貯金を全額寄付したという。

SU-は、これに続けて、原爆投下ですべてを破壊されても復興した広島の歴史を踏まえて、「きっと今の光景の方が信じられないと思う日が来ると思います。それまでもうこれ以上悲しいことがおこらないように祈っています」と述べている。

 

水野由結は4月4日。

――引用――

みなさんは地震大丈夫でしたか?

毎日ニュースを見ていると悲しい気持ちになります。

でも由結も自分の出来ることを頑張らなくちゃ!!って思います。

電気やガスや水、牛乳、トイレットペーパー…

今まで当たり前にあった物が今回のことですごく大切なんだなって思いました。

一人でも多くの人に元気になってもらえるように

さくら学院みんなでこれからも頑張っていきたいと思います。

http://ameblo.jp/sakuragakuin/entry-10851331572.html

-引用終わり―

声が聞こえてきそうなメッセージ。しっかりと自分の生活に引きつけて考え、自分の出来ることとして、「一人でも多くの人に元気になってもらえるように」さくら学院での活動を頑張っていきたいと決意を述べている。

 

菊池最愛は4月6日。

――引用――

今回の地震で悲しい思いをしている方々がたくさんいると思うと胸が苦しくて涙がこぼれてきます。(中略)

今もまだ、そんな暗い世界で生活している人がたくさんいるなんて…。

最愛は、少しでも明るい希望ややさしさをとどけて、あかりを灯したいけど、いったい何が出来るんだろう?…って、毎日考えています。でも、最愛が出来るのは、ほんの少しの事だけ。本当に少しの事だけど何かをしなきゃ!!

それで今は、電気を使う量を減らし、買いだめをやめ、おこづかいからぼ金をしています。

1人では、これくらいの事しか出来ないけどさくら学院のみんなで、歌ではげませれたら良いなって思います。

http://ameblo.jp/sakuragakuin/entry-10853277732.html

-引用終わり―

最愛らしく、苦しみの中にある人々の心情を思いやっている。そして、自分に何が出来るのかを考え、さくら学院の仲間とともに「歌で励ます」ことを宣言している。

 

ぼくは、震災から約2か月後の5月、大船渡の小高い丘の上にあり、奇跡的に残ったカトリック教会で、近隣の在日フィリピン人信徒を集めて行うミサのギタリストとして現地に行き、支援物資の配布やタガログ語の歌の演奏を行った。福島を経由して大船渡へ回り、陸前高田へ回っていくバスの車内から、倒壊した家屋や陸に乗り上げた漁船など、津波の惨状をつぶさに見た。大船渡では、瓦礫の中で泣いているような天使像を発見した。

 

 

今でもはっきり覚えているが、震災直後、福島原発事故の報道があると、当時日本に在住していた留学生や永住資格をもつ外国人は、我先にと日本から逃げ出した。フィリピン政府は専用機を仕立てて、自国民を「救出」しようとした。

当時のマスコミ、特にワイドショーなどでは、招かれた学者が科学的な知見を解説するものの、放射性物質と放射線と放射能の区別、自然放射核種と人工放射核種の区別、ベクレル、シーベルトという単位や量の意味を明らかに理解していない芸能人コメンテーターの情緒的な「感想」を垂れ流していた。

放射性物質は人体に蓄積するけれど、放射線は蓄積しない。放射能を持つ放射性物質でも、自然放射核種(カリウム40やラドンなど)と人工放射核種(ストロンチウム90など)は人体への蓄積や体内被曝の危険性に著しい差がある。

「人体に影響のない放射線でも1年間浴び続けると…」みたいな論調が広がり、「放射能はほんのわずかでも危険=毒」というイメージを煽っていた。それでは雨の銀座の石畳は歩けないし、ラジウム温泉にも入れない。日焼けしない蛍光灯に1年間当たったって日焼けしないでしょ。

関東の古い民家で高い放射線量が検出されたので、「東北から風に乗って放射性物質が運ばれてきたのだ」とマスコミが大騒ぎしたら、実は昔の蛍光塗料が床下に保管されていたのがわかったという事件もあった。その家に何十年もあったのに、住人に放射線被害はなかった。

今考えれば明らかにおかしいのは、福島原発の事故により、当時の民主党政権はただちに「地震による損傷リスクのチェック」のために、全国すべての原発の稼働を止めたことだ。

事故調査委員会の最終報告で、福島原発の緊急発電機や建屋の損傷は、当時から言われていたように、地震ではなく、津波によるものだということがはっきりしている。しかし当時の東電は、政府の指示にしたがって、原発稼働停止による電力不足を補うために計画停電を行い、由結や最愛が書いているように、首都圏は何日かおきに暗い夜を経験することになった。見事だったのは当初数か月続くはずだった計画停電が、1か月ほどで解消され、少なくとも一般家庭の日常生活にはなんら支障がなくなったことだ。

さらに当時の政府は、福島原発周辺の放射性物質の量、放射線の正確な数値を、データはあったのに公表せず、段階的かつ強制的に住民を避難させた。完全防護服で、ガイガーカウンターを片手に、脅えた声で現地取材するニュース番組のレポーターの姿が映されると、この世の終わりのような印象を持った。

IAEAの基準値以下に除染された水を海に放出したのを、ロシアや韓国に非難されると、ただちに放出を止めさせ、驚くべきことに今でもALPS多核種除去設備によって除染された膨大な量の水が原発周辺に貯水されている。そのくせ、当時の菅首相は、風評被害が出た福島県の農家が作った放射性物質が基準値以下のレタスを、マスコミの前で食べて見せた。

ぼくは、理科の参考書を書いたこともあるので、教会にいる在日外国人向けに、放射線量や放射性物質の単位の意味や人体への影響を説明する英語のパンフレットを作って、チェルノブイリと比較して、少なくとも福島から数百キロ離れた関東では、何も心配することはないことを説明した。それでも相当数の外国人が日本を去った。

一方、米軍は「トモダチ作戦」として空母や輸送艦を派遣し、自衛隊と協力して津波被災地や空港の物理的な支援をしてくれた。台湾の李登輝元総統は3月12日に、日本語で「日本の皆様の不安や焦り、悲しみなどを思い、私は刃物で切り裂かれるような心の痛みを感じている」、「自然の猛威を前に決して運命だとあきらめず、元気と自信、勇気を奮い起こしてほしい」と心が震えるようなメッセージを送ってくれ、台湾からの支援金は、4月15日に140億円を超えて世界各国中最多となり、その後200億円に達した。そのほかの国については、ウィキペディア「東日本大震災に対するアジア諸国の対応」に詳しい。

アイドルもまた、決して逃げ出すことなく被災者、被災地への支援を行った。

余震がまだ残り、放射性物質の拡散が報道されていた時期でさえ、モーニング娘。、AKBグループ、ももクロをはじめ、多くのアイドル、アーティスト、ミュージシャンが、何度も東北へ赴き、無料コンサートをやって被災者を励ました。その活動は数年続き、直接腹が膨れるわけでも、死者が生き返るわけでもない音楽に何が出来るかを示し続けた。

アイドルは人気商売だから、当然のことなのかもしれない。外国人が、異国でわが身に危険が迫っていると思えば、逃げ出すのはしかたないのかもしれない。

だが、誰であろうと、目の前に困難に陥っている人たちがいる状況で、少しでも自分に出来ることは何かと自問し手を差し伸べようとするのか、とりあえずそこから逃げようとするのかは、人間性が表れるところだろう。

政府の対応はともかく、東日本大震災で被災者および日本人が示した、パニックにもならず、略奪も起こらず、助け合い、支えあう姿は全世界に驚きと感動を与えた。

今、日本の文化や民度、日本人そのものに憧れや関心が集まるのは、この時の印象がもとになっている。

BABYMETALが世界に驚異と感動を与えている理由のなにがしかは「日本から来た」という部分にもあるだろう。さくら学院日誌に記された、幼い、だがしっかりとした「自分に出来ることをやろう」「歌で励まそう」という決意こそ、BABYMETALの原点だと思う。

現地へ行ってみるとわかるが、復興はまだ半ばである。今なお困難な状況にいる方々も多い。

命を落とされた方のご冥福をお祈りし、これからも震災を風化させず、復興に向けて自分に出来ることをやっていこうと思います。

 

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