家族を亡くすということ 母の悲しみ
1986年に私の父が心筋梗塞で急死した。あわただしく通夜、葬儀が続いたが、母は気丈に忙しく用事をこなしていて人前で涙を見せずにいた。しかし斎場で火葬されて骨上げから戻ってきたとき、小さな骨壺を抱えた母は「こんな小ちゃい小ちゃい骨になってしもて・・・」とさめざめと泣いていた。それから30年余りたち 私の弟が食道がんを患い2年闘病したの ち2016年に亡くなった。当時母は脳出血の後遺症で要介護状態にあって サービス付き介護住宅に住んでおり、私が必要なものを届ける生活をしていた。弟が亡くなっても母が人前で泣いたりはしなかったが、数か月後 私と話していたときに「ユタッペもおらんようになってしもて・・・」と泣きそうな顔で言った。どういう会話のどういう文脈でその言葉を言ったのか私は思い出せないのだが、その悲しそうなフレーズだけが記憶に鮮明に残っている。息子が親より先に亡くなることのつらさと自分の不自由な体、また自分の寿命もそんなに続かないだろうという悲しみが入り混じった気持だっただろうと思う。その母も弟の死から約1年後2017年に力尽きるように病院で亡くなった。で、私はメルキゼデクのような独り者になって今も生きているのだが。18歳からエホバの証人になっているおかげで、復活の希望を強くもっており、家族の死をさほどつらく思うこともなく過ごせている。でも復活の希望を持たない人たちにとって家族の死はどれくらいつらいことなのだろう。母の悲しみを時々思い出しては「良い知らせ」を伝えることに励みたいと思っている。