家族ってむずかしい。
久しぶりに家族問題に直面していて、なかなか自分の中ですっきりした結論が出ない。
ふと「疲れたなぁ」とつぶやいたら、あぁそうか、私は疲れたんだなとわかった。
良かれと思って潤滑油になったり裏方にまわって手を回したりしたけど、相手にしてみたら「そんなの知らんわ」というわけだ。期待した私も悪い。割り切ってやればよかったな~。
でも、実家のリフォームのために「あんた結局、なにもしてないじゃん」と言われたときには「おまえの目はどこについとんじゃー」と言い返したくなった。言わないけど。
相手にとってはそれが事実なんだろうしね。
相手は自身のふるまいや行いを改善しようと思っていないから、言わない。言う方も言われる方も傷つき損だ。変わりたいと願わない人にとっては、助言ではなく『ありがた迷惑』だろう。
困るのは、相手の一人は「恫喝」というコミュニケーション手段をとること。
気に入らないと物をたたく、投げる、壊す。大声を出す。今回は本当にこわくて、帰宅する頃になると動悸がして、食欲は減退。眠れない。
なるべく別の部屋にいたり、食事時間をずらしたりするしかない。笑っていてもいつ怒り出すかわからない恐怖。
だから「うっかり会話をしたくない」のだ。
身内の恥をさらすのは情けないが、いい大人が物にあたるなんて、幼稚すぎて心配になる。
ふいに怒り出す相手も、それをかばう相手も、私が怒りを表現しないのをいいことに、自分の機嫌次第で態度をコロコロと変える。嫌味を言う、まずいと思うと下に出る。それに私が応じないと怒る。
とにかく話にならない。会話ができない。
「この人たちがこんなに自由にふるまうなら、私も思いのままにしていいんじゃないか」
そう思ったので、今はなるべくひっそりと生活をしている。話しかけられたら(尋ねられたら)もちろん答えるが、自分からは会話を振らない。
話したくないから話さない。相手からは「あいつは何が不服なんだ」と思われているかもしれないが、それは私の知るところではない。尋ねられたら答えればいいだけなんだ。
それでスッキリするはずだったのに、しないんだよな~。
本当に私はそんなことがしたかったのか?
相手をぎゃふんと言わせたいだけじゃなかったのか?いや、きっとそうなんだろうな。
『相手に固執している自分』が最も情けない。
おまえは一体どうしたいんだ…?