おはようございます!!


寒くなってきましたね。


朝起きが辛さを増してきましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか?


 


家族を送りだした後、夫の机(リビングにあります)を見てみると本が一冊。


 


夫はたまに、本だったり、資料だったりを、日中家にこもっている私の目につきそうな場所に置いていきます(*゚.゚)ゞ


 


口で言わず、視覚で訴える・・・・。


素晴らしい方法です(笑)。


 




 



おいおい、かなり重~い表題だな・・・・と思ったのですが、



一気に一読しました。



経験談が語られる形で、読みやすい一冊でした。



 



我が家は、精神障がいの私と、夫と小学生の息子で生活しています。



周りの支援に助けられ、情緒の不安定さはまだまだあるものの、



生活は随分落ち着いてきたように感じます。



 



息子のことが気がかり。



 



地域には、自分の障がいは隠して生活しています。



「子供が自分自身を守れる大人になるまでは隠す」



正しいかどうかはわかりませんが、それが私が夫にお願いした方針です。



 



隠すということは、その分夫自身が支援は受けづらいですから、夫は大変ですよね・・・・。



 



 



差別の目がまだ怖いんですよね。



差別の目が怖いということは、



私自身が自分の事を差別しているんだろうと思います。



 



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私自身の経験から、隠すことを選んでいます。



小学校高学年の頃の出来事です。



 



担任の先生から、



「不審者がうろついているので、気を付けて帰ってください。」



と言われる出来事が、数回あったんです。



田舎で不審者って言われると、どこの誰かすぐにうわさされます。



 



叔父だったんですよ。



 



その時はわからなかったですが、



どうやって分かったかはあまり覚えていないのですが、



叔父のことを言われていたと、後から気付きました。



 



叔父は、仕事で精神を病んで田舎に帰ってきていました。



叔父の母は、隠すことなく、外に出す方針の人だったので、



外を遠くまで歩いて、どこまでも歩く人でした。



 



私たち家族にも、



どこどこのだれだれということで影響がありました。



親は親で必死で自分自身を守っていたようです。



(大人になって話す機会がありました)



 



子どもの私が傷ついていることまでは、



気が回らなかったようです。



(大人になり、親に話す機会がありました)



 



 



子どもの頃、話せる人がいたら、随分違ったと思います。



 



叔父は、長子である私の顔しか覚えていなかったので、



兄弟姉妹を巻き込みたくなくて、妹や弟にも、



叔父さんのことや、自分の辛い気持ちは話しませんでした。



 



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病気の発症によって困難を抱える配偶者を支えることは、子どもたちの支援につながります




 



きっと夫は、この言葉で救われているんだと思います(*^o^*)



 



子どもの支援がこのように語られる世の中になったことに、心が震えます。



 



精神障がいのある親に育てられた子供たちの力になる活動が広まること



配偶者の気持ちが分かる支援者が増えること



それ等の活動や支援によって、当事者も安定すること



 



そして家族としての機能維持がしやすくなり、子どもたちが健全に生活出来るようになりますように。