深まるばかりの日中関係の溝。
それを埋めようとするどころか、火に油を注ぐが如く、「非はすべて相手にある、日本は毅然としていればいい」と威勢のいい言葉を論い、言ってやったぞとばかりにしたり顔のおじさんコメンテーターのなんと多いことか。
またそうしたコメントを良しとする情報・報道番組のなんと多いことか。
毅然とした態度をとることと、相手の尊厳をいたずらに傷つけることとは、天と地ほども違う。
彼らは一体何を目的として、このような発言や報道を繰り返すのか?
両国の分断を決定的なものにして、日本の経済や暮らしを疲弊させ、一日も早く戦争への道を開こうとでもいうのか?
以前からタカ派だったならいざ知らず、ついこの間までややリベラルな良識派といったスタンスだった人や報道機関までもが、内閣支持率が高く、批判すれば政権やネット右翼を敵に回すからと、手のひらを返すようにその主張を変化させる、その信念や品性の無さに唖然とする。
ただ、こんな嘆きをいくら書き記してもお見苦しいだけなので、今日は一編の漢詩をご紹介しよう。
中国盛唐の詩人、杜甫の七言絶句『貧交行』。
1500年前に生きた杜甫も同じことを嘆き、つまり1500年前から人の世なんて所詮こんなものなのだと教えられる一編。
翻手作雲覆手雨
紛紛輕薄何須數
君不見管鮑貧時交
此道今人棄如土
〈読み下し文〉
手を翻せば雲と作り 手を覆せば雨
紛紛たる軽薄 何ぞ数うるを須いん
君見ずや 管鮑 貧時の交わりを
此の道 今人 棄つること土の如し
〈意味〉
手の平を上に向ければ雲となり、
手の平らを下に向ければたちまち
雨。
世の中には軽薄な人たちが
いっぱい溢れていて、それを
いちいち数え上げて何になる
だろう。
見たまえ、かの管仲と鮑叔が
まだ貧しかった時の友情を。
彼らのような友情を、今の人たち
は、まるで土くれのように捨て
去ってしまっている。
ちなみに、管仲と鮑叔については、『史記』や『十八史略』などに、次のような逸話が記されている。
春秋時代、斉の管仲は鮑叔と共に
商売をした。儲けの多くを管仲が
取ったが、管仲の家が貧乏なことを
知っていた鮑叔は、彼を欲張りと
責めることはなかった。
管仲が事業に失敗した時、物事には
時の運があることを知っていた鮑叔は、
彼を愚かと咎めることはなかった。
管仲は戦に出るたびに敗走したが、
管仲には老いた母親がいることを
知っていた鮑叔は、彼を臆病者と
呼ぶことはなかった。
のちに、管仲は鮑叔の進言によって
桓公に仕え、斉の名宰相となる。
旧恩に感じた管仲は、「我を生む者は
父母、我を知る者は鮑叔なり」と
語った。
この逸話に由来する故事成語「管鮑の交わり」とは、生涯変わらぬ人と人の深い絆、互いのことを本当に理解し合える真の友情を意味する。
また、「翻雲覆雨」という4文字熟語は、『貧交行』の「手を翻せば雲と作り手を覆せば雨となる」を略した言葉で、手のひらを返すように、人の態度や人情が移ろいやすいことの喩えで、信念がなくきわめて軽薄なことを表す。
日本の長い歴史において、漢籍に明るいことは教養の証であり、文化伝統を継承するための基礎として尊重されて来たが、今の世では媚中派の誹りを受けるのだろうか。
そうだとしたら、今の日本こそ文化大革命下の中国と同じではないか。
〈出典・参考文献〉
【心に響く漢詩】杜甫「貧交行」~古今得難い良き友、真の理解者
https://note.com/kanshikanbun/

