激動の令和元年も暮れようとしていますが、今年も一年ありがとうございました。
 
天災が打ち続いた今年、被災地ではまだまだ寒風の中、日常生活を取り戻せずにご苦労されてらっしゃる方も多くいらし心苦しい限りですが、クリスマスには学院の子どもたちから各地にお便りを送らせていただき、年明けには学院でも復興支援に向けていま一度「さくしろう募金」を実施する予定です。
 
天災と並行して我が家では、夏の甲子園で母が骨挫傷、入退院を繰り返す日々でしたが、年末にはようやく杖なしで歩けるようになり、リハビリの甲斐あってか骨折以前よりグッと背筋が伸びて、ある意味「怪我の功名」でありました。
 
怪我の功名と言えば、昨年に心臓発作で倒れた父も、母の入院により上げ膳据え膳の日々が一転、生涯初の“主夫”を引き受けねばならない状況に置かれギアが入ったのか、目覚ましい体調の回復を見せ、その回復を支えた潜在的生命力と責任感(そして、おそらく母への愛)の強さには、我が父ながら胸が熱くなりました。
 
両親がリハビリなどでいつもお世話になっている皆様方には、この場を借りて心から御礼申し上げます。
 
そして普通ならとっくに親の介護に時間を割かれ、自分の仕事も抑制せねばならない年齢に達していながら、いまだ仕事に没入することを許される環境にあることを、誠に有り難く思い天に感謝する次第です。
 

母の退院と入れ替わるように今秋、股関節脱臼から大腿骨の一部切除という人生(犬生?)初の

手術を経験した愛犬・時晴(ときはる)も、手術前と変わらぬ俊足を取り戻し、今では夫の目を盗んでは洗濯物入れからパパのニオイ付き靴下を奪っては家中に散乱させています😥

 

そんな家族の取るに足らぬ“由無し事”を愛おしいと思えるようになり、他人様にお見せする原稿を書いてみようかなどと考えるようになったのも、天災に病気や怪我が重なって、ありふれた日常の有り難さ、儚さがつくづく身に沁みたからであります。
 
ラテン語で「死を忘るなかれ」を意味する「メメント・モリ(memento mori)」という言葉が、これまでになく真実味を持って感じられるとともに、死が忌避すべき恐ろしいことではなく、「生」と同様に誰にも訪れる血の通った意味のある出来事であるように思えたのも今年でした。
 
生の終わりが死であるならば、意味ある死を迎えるためこれからの人生は、生きてる!と実感できる瞬間を少しでも多く重ねたい、ささやかでも生命(いのち)きらめくような日々を送りたいと願っています。

 

それに向けた身辺整理の第一弾が、クリスマスに立ち上げた新オフィシャルサイトでありました。

http://www.k-hata.jp/

でもその一方で、人生生き直すなんて、そう容易くできることじゃないとわかってる、今の自分の心を見透かされたような深い歌詞と、圧倒的な音楽性の高さで心を揺さぶるのが、今夜の紅白歌合戦にも初出場する人気バンド「King Gnu」の「白日」。

 
紅白でもこの曲を演奏してくれるようで、ミュージックビデオを超える圧巻のパフォーマンスが期待されますが、人生の曲がり角に立たされた者にこの歌詞は世代を超えて刺さります💘
 
今年の締めにはまったくならない、実にまとまりのない駄文を並べてしまいましたが、何はともあれ皆様、どうか良いお年をお迎えくださいませ。
 
来年もどうぞよろしくお願い致しますm(_ _)m